第2話 天使
シトルリーが天界に侵入する20日前、天使アンリウムは自身が所属する第3兵団花月隊隊長から招集を受け、いつもの訓練場ではなく、食堂に向かう。
アンリウムは天使の中でも異質な存在であり、堕天したことで天界から追放されかけたことがある。
堕天した経緯が仲間を救う為に力を欲したからであったことと、その力を天界の為に使うことを誓うことでなんとか追放は免れたが、白く美しかった羽は今でも黒いままだ。
アンリウムが食堂の扉を開けると、テーブルには豪華な食事が並べられており、既に何人かの天使兵達が席に座っていた。
「前から順番に詰めて座りなさい」
副団長に言われてアンリウムは言われた通りの席に座る。
目の前には豪華な食事が並んでいるわけだが、当然手を付けている者はいない。
アンリウムはしばらくお預けを食らい、花月隊、蓮華隊、桜花隊の3部隊から招集の掛かった幾名ずつが集まったところで第3兵団団長が前に出て話を始める。
「ここに集まってもらった桜花隊、蓮華隊、花月隊から選び抜かれたそなた達を合同部隊とし、アデスモス城に向かってもらうこととなった。アデスモス城周辺は生きて帰った者がいない危険な地。精鋭揃いのそなた達であろうとも命の保障は出来ない。今回の任務の目的は城の奪取ではなく、情報を持ち帰ることになる。アデスモス城周辺のみ帰還も許されない原因を解明し、対策をとらなければならない。危険な任務になる。出立は3日後、目の前の食事は天使長より労いとして頂戴した。英気を養い万全を尽くしてもらいたい」
第3兵団団長は招集した理由を説明した後食堂から出て行く。
つまり、目の前の食事は死地に向かう前の最後の晩餐ということだ。
「アデスモス城には天使を殲滅する為の化学兵器が設置されているって」
アンリウムの向かいに座っていた女性の天使が口を開く。
先程の説明が天界の為の犠牲となれということはここにいる皆がわかっていることであり、第3兵団団長から口にする許可が出た後もあまり喉を通っていない。
精鋭と言われたが、実際には堕天して追放されかけた経緯のあるアンリウムのように、上に逆らうことが許されず、いなくなっても影響の少ない者が選ばれただけだ。
本当に精鋭と呼ばれるような猛者はここには1人もいない。
「自分は魔王が怪物を飼い慣らしていると聞いた」
男性の天使が話に乗る。
「魔王ではなくあそこには魔神がいるって聞いたわ」
先程とは別の女性の天使が別の噂を話す。
「異次元に繋がっていると聞いた。魔王にやられたからではなく、異次元から帰ってこられないだけだと」
「それ俺も聞いたことある」
各々が好き勝手に確証も何もない話をする。
情報が何も得られていないからアンリウム達が招集されたのだから、確認する必要もなくどれも誰かが適当に流しただけの噂だとわかる。
そんな噂話を話し合うことで対策をとろうとしているわけではなく、この重苦しい雰囲気をなんとかしたいという気持ちの現れだ。
当然何か解決策が見つかるわけもなく、豪華な食事を味のしないまま胃に入れて解散する。
それから訓練は休みとなり、食事だけは豪華なものを与えられること3日、アンリウム達は魔界へと繋がる門をくぐる。
アンリウムが魔界を訪れるのはこれで3回目であるが、魔界がどんなところなのか浮遊島から眺めただけであり、魔界の大地に足を付けたことはない。
「経験不足ではあるが、今回の指揮は俺が執らせてもらう。生きて情報を持ち帰る為、皆の命を預けてくれ」
寄せ集めの合同隊の為、指揮を執ったことのある者はおらず、今回集められた全員で話し合い、傭兵として魔界で戦ったことのあるボランスが指揮官となった。
傭兵といっても戦闘経験はなく、後方支援を担当していたことをボランスは包み隠さず話しているが、それでも魔界を上から眺めたことのあるだけのアンリウム達よりはマシだという判断であり、頼りないからといって指揮官を決めないという馬鹿な判断にはならなかった。
「前もって伝えていた通り、今回は城下町に潜入し情報を集めることを目的とする。目立たずに潜入する為に、まずはあそこに見える平原に降り立ち、森を歩いて抜ける。森には魔物と呼ばれるモンスターが多く棲んでいる。天界の力を使えば悪魔達に気付かれる可能性が高くなる。武器は剣と弓だ。対応出来ないモンスターが現れた場合には、賭けにはなるが、アンリウムさんが頼りとなる。闇魔法を使ってほしい」
ボランスが作戦内容の確認をし、天界の者だとバレる恐れの高い魔法の使用を禁止。
アンリウムが堕天したことで使えるようになった、本来天使には扱えないはずの闇魔法を切り札とする。
「モンスター以外と出会した場合の判断は俺がするが、ここにいる者の内誰か1人でも命を落とすような事象が起きた場合、すぐさま撤退すると覚えておいてほしい。俺が最初に死んで指揮を執る者がいなくなった時の為の決め事でもある」
ボランスは最悪の場合も想定して話し、全員の顔を見てから平原に降りる。
この平原はまだアデスモスが支配する土地ではなく、これから入る予定の森を半日ほど歩いた辺りからがアデスモスの支配地となる。
この平原は魔王バウルが支配しているが、主要部に入らない限り迎撃されることは少ないとボランスは情報を得ている。
支配地の中の情報が何一つないのはアデスモスが支配する地だけであり、バウルの支配する地の警備が薄いわけではない。
それは天界も同じであり、今は門を天界側が管理出来ているが、門を管理出来ていない頃は悪魔達が自由に天界に出入りしており、街や神殿などの守備は強固であったが、主要部以外は警備が行き届いていなかった。
「慎重に進む。後方の警戒を怠らないように」
ボランスを先頭に合同隊は森に入る。
寄せ集めだとしても正規の天使兵であるアンリウム達は出会したモンスターにやられることなく、アデスモスの支配地近くまでやってくる。
「あそこに立てられている支柱が魔王達によって支配地を示す為に建てられたもののはずだ。警戒を強めて今以上に慎重に進む。まずは俺が。何かあれば即時撤退しろ」
ボランスが森の中にあるにはあまりにも不自然な柱を指差しその先へとゆっくりと足を踏み入れる。
「ふぅ。入った瞬間に死ぬということはなかったか」
緊張から汗をダラダラと流すボランスが息を吐き、問題ないことを確認出来たところで他の者も中に入る。
「シトルリー様、侵入者です」
領域への侵入を感知したエリゴールはシトルリーに報告する。
「懲りない奴らだな。案内しろ」
「我の休息を邪魔するとは、何度殺し続ければ貴様らは学習するんだ」
アンリウム達がアデスモスの支配地に入って30分ほど歩いたところで、後ろから声がする。
男の声であり、声だけでイラついていることが伝わる。
「撤退!!」
アンリウムが振り向いてすぐ、ボランスが撤退の指示を出す。
ボランスが撤退を決めたのは全く気付かれることなく背後を取られたからだけではなく、その悪魔が首だけとなった仲間をぶら下げていたからだ。
「シトルリー様、早すぎます」
今度は女の声がし、アンリウムが羽を広げながらそちらに目を向けると、仲間の天使の姿があり、その胸には腕が貫通していた。
阿鼻叫喚の中、アンリウムはただひたすらに逃げることだけを考えて飛ぶ。
どんどんと静かになっていく中、アンリウムは森の木々より高くまで飛び上がりそのまま天界への門がある浮遊島まで無我夢中に飛び続ける。
そして、アンリウムは浮遊島まで辿り着く。
門を警護していた上級天使シャラークに事情を話し、他の仲間の帰還を願うが、アンリウム以外誰一人帰って来なかった。
アンリウムだけが逃げおおせた理由は、アンリウム自身にもわからない。
天界への門をくぐったアンリウムはすぐに第3兵団団長から呼び出される。
「何があったのか話しなさい」
第3兵団団長より改めて事情を確認され、アンリウムは門をくぐったところから順に説明をする。
「状況は理解した。いくつか質問に答えてもらう。まず、背後をとられた悪魔の特徴は?階級が分かるものは身につけていたか?」
「階級まで確認出来ませんでした。ツノは2本の悪魔で、体格からアークデーモンと思われます。しかし、その強さは話に聞くアークデーモンとはかけ離れていると感じました。もう一人の悪魔がシトルリー様と呼んでいましたので、少なくともハイデーモン以上の存在ではあります」
「アデスモスではないのか?」
「手の甲には王の証である紋章は無かったと……思います。申し訳ありません。離脱するのに必死のあまりほとんど情報を得ることが出来ませんでした」
「今まで誰一人と生きて帰ることすら出来なかったのだ。謝る必要はない。もう一人の悪魔については何か情報はないか?」
「仲間の死体が影となっておりほとんど姿も見えていません。声から女の悪魔だろうということだけです」
「最後に何故君だけが逃げることが出来た?君の話ではボランスはすぐに撤退を命じた。君以外の者も一目散に逃げようとしたはずだ。君が死の淵に立たされたことはその顔を見ればわかる。疑うつもりはない。何か理由がないか知りたいだけだ」
「わかりません。運が良かっただけだと思います」
「過去アデスモスに挑んだ者達のことを考えると運が良いだけでは考えられないのだが、思い当たる節がないなら聞いても無駄か。シトルリーと呼ばれていた悪魔を可能な限り忠実に絵に残して提出すること。今日は下がって休め。必要であれば呼ぶ」
アンリウムが天界に帰還して5日後、まだショックから立ち直れずにいるアンリウムに招集が掛かる。
次の戦いに参加するように言われ、作戦目標が特級指定悪魔シトルリーの討伐だと伝えられる。
アンリウムの情報から、次は少数ではなく第3兵団、第5兵団、第7兵団による大規模部隊を結成しての作戦となった。
そしてまたもやアンリウムだけが生きて天界へと帰ってくる。
今回は目標を討ち取ることが目標の為、アンリウムも前線に立ち戦った。
大隊長となった第3兵団団長が撤退を指示するまで戦線を離脱していない。
しかし、アンリウムは死ななかった。
アンリウムに直撃するはずだった悪魔達の魔法は、ことごとくアンリウムに当たる前に他の誰かによって放たれた魔法に巻き込まれる形でかき消された。
目の前を通り過ぎていったのは全て闇魔法。
堕天した経歴のある天使兵はあの場でアンリウムだけであり、あれは悪魔が放ったものとしか思えない。
アンリウムはまるで悪魔によって守られているかのような錯覚を覚えつつ、帰還となる。
アンリウム以外の全員が死に絶えてしまったことで、アンリウムが逃げずに戦っていたと証明する者は誰一人として残っていない。
そして、アンリウムは裏切り者であり、虚偽の報告で部隊を壊滅させたと疑いを掛けられ、魔法の発動を阻害する魔導具を付けられた上で地下牢に入れられることとなった。
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