中編

 ふと瞼を開くと、無機質な白い床が視界に入った。

 

 そこは見知らぬ空間だった。そして目をこすりながら顔を上げると、何故か首が痛い。

 よく見ると私は頭をやや左下へと傾けた状態で白く全体的に丸みを帯びた椅子に座っており、どうやら今までかなりの長時間この姿勢でうたた寝をしていたようだ。


 周囲を見渡すと、白を基調とした広い室内は様々な謎の機器類に囲まれ、その中心部分に私が座っている椅子が置かれている。


 そして暫くの間、何が起きたのか私には理解できなかった。


 すると、後方からガラガラとスライド式扉が開くような音が聞こえ、ほどなくして何やらガサガサと物音がする。

 私は恐る恐る背後を振り返ろうとするも、まるで金縛りにでもったかのように身体が動かない。

 訳もわからず混乱していると、背後から足音が聞こえた。しかもそれは徐々にこちらへと近づいているようだ。

 そして、足音は徐々に私の右手に移動したかと思えば、スッと視界の隅から人影が現れる。


 その人物は不健康な程に痩せていて、宇宙服のような服装をしていた。

 頭部に髪はなく、顔はというと色白で、まるで動物のような顔立ちをしている。

 そして左手には白いヘルメットのようなものを持ち、腕が異常に長い。


 ……その顔には見覚えがあるような気がした。はて、彼(とは言っても性別は不明だが)とは何処かで会ったことがあるだろうか。


 そんなことを考えていると、右手から歩いてきた彼がこちらへと向き直る。そして、ゆっくりとこちらへ向かって真っ直ぐに歩いてきた。

 そして、まるで私の全てを見透かしているかのように丸く大きな目が私の姿を捉える。


『やっと見つけたぞ』


 すると、何処からともなく誰かの声が聞こえてくる。いや、“聞こえる”というよりは“脳内に反響する”と表現したほうが正しいだろうか。

 しかし、その野太い声の主が見当たらない。

 ますます訳がわからず、私は恐怖におののいた。

 そんなことを考えていると、彼はさらに続ける。


『地球人よ、我が地球調査部隊の母船へようこそ』


 ……ということは彼は恐らく宇宙人か何かなのだろうか。


『キミを探していた理由は他でもない。漫画の続きを描いてもらいたいのだ』


 意外な展開に私は思わず拍子抜けした。

 妙に見覚えのある顔だと思えば、目の前にいる人物はまさか……


「マース!?」


 私は思わず声を上げる。それは私自身が創作したキャラクターだった。

 思い出してみれば、私は数年前まで趣味で宇宙人を題材にした漫画を描いていたのだ。

 ずっと忘れていたのだが、マースとは当時描いていた漫画の登場人物の一人である火星人だ。

 しかし、何故そんな彼が私の前に現れたのか、全く検討もつかない。


『そうだ、思い出したようだな。我々はキミの漫画のお陰で地球に来ることができた。しかし、現在は行き場を失い困っている。だから続きを描いてもらいたいのだ』

 

 やはり声の主はマースだったようだ。しかし、当の本人は表情ひとつ変えず私をただ見つめているだけのようなのだが……

 これはまさか“テレパシー”というものなのだろうか。

 すると彼は、さらに私のほうへと歩み寄り私の数十センチ程前で立ち止まったかと思えば、しゃがみ込んだ。

 そして私の左手を掴んだのだろうか、よくわからないのだが手のひらに何やら冷たい感触が伝わる。

 しかし、確かめようにも私の身体は思うようには動かず。


『どうか我々のことを忘れないでくれ』

 

 すると、彼は立ち上がり元の体勢へと戻ると、そのまま左側へと向き直りそのまま直進し、私の視界から消えて行った。


 しかし、まだ手のひらは冷たいままだ。ということは、私は手に何かを握っているのだろうか。


 そして、暫くすると室内が徐々に暗くなり、視界は暗闇に包まれた。

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