小屋の外

「事件の捜査のためです。ナキメソウを御存知ですか」

「まぁ、知ってる」

「あなたは、森からは出ないと聞いていますが」

「たまに自転車に乗って散歩するときがある。その時に図書館で新聞を読んだりする。他にも、私に話しかける変わった人間もいて、社会のことを教えてもらえることもある。そうか、ナキメソウは捕まっていないのか」

「恐ろしいですか」

「まぁ、それなりに。ただ、私の家に何かが届くことはない。ここに住んで十年になるが、五年に一度くらいだ」

「なるほど。ナキメソウから届けられた爆弾の調査を行った結果、配達記録から犯人がこのあたりに住んでいる可能性があります」

「それは、本当か」

「はい。ただ、ご安心ください。かなり低い確率です。実際、多くの捜査員たちが、他にも幾つかの街に行き、私のように情報収集に勤しんでいます」

「なるほど、ご苦労なことだ」

「私としては、あなたに協力を仰ぎたいと考えています」

「私を犯人だとは思わないのか」

 女性はほんの少しだけ下唇を突き出すようにしてから、視線をずらし、すぐに私の目を見つめなおした。

 何か隠しているな、と思った。

 正確には、私がそう推測したことを客観視した。

「実を言うと、あなたも容疑者の一人です」

「正直だな」

「ただ、個人的には、それはないかと。一つは、その小屋で暮らしている点。爆弾作りは、繊細な作業です。清潔にしておく必要がありますが」

「まぁ、その要素を満たしているとは言えないな。中を見るか」

「先ほど、あなたと扉の間から少しだけ見えました。まぁ、予想通りでした」

 女性は笑顔である。

 信頼されるために見せてくる警戒心のある笑顔には思えなかった。どちらかというと、世間話の延長で見せる、間を埋めるための笑顔に近い。

 まぁ、これも私の主観を通した景色でしかない。

 この会話をしている間は、自分を疑い続ける必要があるだろう。

「あなたは、複雑な人間関係に頭を悩ませてはいないように思います」

「正しい」

「つまり、かなり客観的にこのあたりの情報を握っていると推察します」

「買いかぶり過ぎだ」

「お仕事は何かしているんですか」

「家庭教師のアルバイトだ。毎週や毎月というわけではない。必要な時に必要な額を稼ぐ」

「シンプルですね」

「そう、シンプルだ。だから、一切の無駄がなく余計な色眼鏡で物事を見ることはない」

「最近、町の人たちとナキメソウについてお話をすることはありましたか。もしくはナキメソウについて、話している人たちはいましたか」

「ここにやってくる男とは、よく話す」

 男の名前を出すべきだと感じていた。

 一つ目は、警察が来たくらいで狼狽えるような男ではないから。

 二つ目は、私は嘘をつくのが上手いから。私と男がナキメソウについて語っていたのは事実だ。けれど、そこから先は当然嘘をつく。すべて嘘で塗り固めるようなことはしない。寸前まで真実にしておけば、矛盾が生まれにくくなる。

 三つ目は、単純に面白いと思ったから。男がどのように誤魔化すのか、私と話をすり合わせる必要も出てくるだろうが、どのような会話が生まれるのか。

「その方はどこの誰ですか」

「分からない。数年前から交流がある。町に行っても、会うことがないから、おそらく町の人間ではないだろう。もし、その男からも話を聞きたいなら、話をつけておこう」

「その男性の連絡先を教えていただけますか」

「申し訳ないが、分からないんだ。長年付き合っておきながら、ただ会話をするだけの関係を維持し続けている」

「なるほど、よく分かりました。では、私の番号を教えますね。そちらに連絡をください」

「すまない。今は持っていなくて」

 私は家に戻ろうとした。

「いえ、大丈夫です。メモがありますので、はい。どうぞ」

 受け取ったメモには、癖のある字体で数字が並んでいた。この女性はハイフンを入れないタイプのようだ。

「ちなみに、町の人たちは、特にナキメソウについて話したりはしないな」

「かなり世間を騒がせている存在ですが」

「それは、君が警察官で捜査を行っているからだ。皆、自分は殺されないはずだから無関係だと決め込んでいるし、やはり六年という期間の長さが慣れを生んでしまっている。新聞やネットニュースでその名前を確認しても、また起きたと思うだけだろう。このあたりじゃ、農家が多いからナキメソウよりも天気のことや、害獣の駆除、野菜の価格について話すばかりだ。爆弾魔の話題が入る余地はない」

「なるほどですね。まぁ、確かに爆殺される方は後を絶ちませんが、話題性が薄まって来たのは事実です。警察としても、その点は非常に危惧しているところです。他にも、町に気になる人はいませんか。例えば、引きこもりであるとか」

「六年前から始まっている異変とか、だろうか」

「察しがよくて助かります。六年以上前でも構いません。些細な事件でもいいんです。正直、このあたりの方は」

「余り、よそ者に心を開かない」

「えぇ、仰る通りです」

「どこも、そうだとは言わないが、このあたりは特にそうだ。ただ、よそ者に厳しいというだけで、この町の人間はいたって普通だ。私の知る限り引きこもりはいないし、危険な思想を持っている者もいない。一応、犯罪者はいるが、信号無視やスピード違反の常連くらいだ。目立ったことと言えば、一件、流産をして病院を相手に訴訟を起こした人がいた気がする」

「えぇと、町長の娘さんですね」

「あぁ、そうだ。裁判はまだ続いているはずだ」

「分かりました。有難う御座います。また、お話を聞かせてください」

「今話した以上の情報はないと思ってほしい」

「時間の経過と共に何か思い出すこともあるはずです。それに」

「それに、なんだ」

「私が受け持った区域にこの町が入っているので、用がなくても決められた期間は情報収集する必要があるんです」

 そこまで言っていいのかと思ったが、そうやって信頼を勝ち取る作戦の可能性がある。少しばかり、注意した。

 もうすぐで、空は赤く染まり始める。

「このあたりに、ホテルなんかはあったりしますか」

「あぁ、この森を北に向かって抜けると十字路に出る。そこから急な坂があってそこを進めば、モウドホテルだ」

「モウドホテルですね。有難う御座います。泊まれると思いますか」

「あのホテルは、サービスが最低だ。賑わっているところを見たことがない」

「良いニュースと悪いニュースが一気にきました」

 風が吹いた。心地いい。

「捜査を頑張ってくれ」

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