小屋の中

 数時間前。

「連続爆弾魔ナキメソウは、世間的に滅茶苦茶有名になったぞ。良かったじゃねぇか」

 男は、天然パーマの髪の毛をいじりながら、椅子に座ったままロングコートの裾を軽く直していた。本当に、軽くなので直す前と後で変化があったかどうかは、私には確認できなかった。

 きっと気持ちの面で行っているのだろう。

「あちこちで爆弾が爆発をして沢山の被害者が出ている。良い訳がないだろう」

「いやいや、お前が送った爆弾で爆殺しまくってんだろうが。何言ってんだよ」

「まぁ、確かに」

 男は意外にも常識を持ち合わせている。そのため私にツッコミを入れることが多い。

 私は、次に送る爆弾の構造を想像して頭を悩ませていた。同じようなものでは、マンネリである。もう少し捻りを加えたいところだ。たとえ、被害者が爆弾について理解がなかったとしても、警察が気付かなかったとしても、私が私を満足させることに意味があるのだ。

「まだ、続けられると思ってるのかよ」

「あぁ、問題ないだろう」

「そんなことないさ。こんな爆弾を使った遊びなんて他人様からしたら迷惑極まりねぇだろ。目ぇつけられてるぜ」

「そんなことはない」

「まぁ、見ろって、ほらお前の記事を持ってきたから」

「いや、別に記事になっていないだろうとか、ニュースになるわけがないと言いたいんじゃない」

「なんだよ。言ってみろよ」

「私は捕まらない」

 理由としては単純だ。

 まず、第一。

 証拠となるようなものを残していない。ありふれたものを使った、誰でも作り出せる爆弾である。最悪、運ばれるまでの記録を調べることは可能だが、私は自転車に乗って三十キロでも四十キロでも移動してランダムにポストの中に放り込んでいる。一貫性はない。私の影は掴めない。

 そして、第二。

 私は自分のことを知らせようとしていない。特に何も表現したいことがない。ただ、爆弾を送って人が飛び散っている様を想像するのみである。近づいたところで、私には私の世界があり、その中で私の命は閉じている。言うなれば、石を他人の家に投げ込むようなものだ。悪意があるわけでもなく、なんとなく行って、きっと窓ガラスが割れたのだろう、と想像する。その行動がルーティンとなっているだけだ。

 驕り高ぶっていると言えばまさにその通りだが、私は私の実力に見合ったプライドの高さと自信を持っているだけなのだ。決して間違いはない。

 失敗を恐れているし、その失敗を次の挑戦へ活かそうなどという呑気な思考回路など持っていない。

 成功しかない。

 失敗するなら挑戦はしない。

 誰にも挑まない。

「気持ちは分かるぜ。お前は完璧だし、自分の持っている能力を詰めて爆弾を作って、行動を起こしてる。でも、駄目なんだ。どれだけ注意を払ってもボロは出る。これはマジだぜ」

「私もマジだ。私が今まで積み重ねてきた行為に穴はない。例えば、爆弾一つとっても」

「違う。そういうことじゃねぇんだよ。お前は、お前が無知であることを分かってない」

「私は無知ではない」

「お前は、自分よりもレベルの高い人間が社会にいることを想像できてねぇんだよ」

「私の想像に間違いはないし、私が想像していないことは、起こりえない」

「起こらないことが、起こるかもしれないから、社会なんだよ」

「社会を過剰に見下そうとは思わないが、質の低い基準の中で競争をするよう迫ってくる世間知らずの教員にしか見えないな。少なくとも私は、私の立ち位置が社会を客観的に観察するのに最適だと自負している」

 男が机に手を伸ばして、置いてあった携帯電話を持ち上げる。

「お前にとって、社会と繋がる手段はこれしかないだろ」

「君もいる」

「確かに、そうだな。それは事実だな。うん、でも、この携帯で電話をしている時間の方が多いはずだ。そうだよな」

「それは否定できない」

「この時、お前は、社会をここからしか覗いていない」

「正確には覗いているんじゃなくて、聞いている。もっと言うなら、聞いているだけではなく喋っている」

「お前って本当に面倒だな。マジで友達なくすぞ」

「友達がいないので、性格が悪くても友達が減る心配がない」

 男は携帯電話を机の上に置いて、ため息をついた。

 私はできる限り表情を変えないようにした。

「いいか、お前は何も知らねぇんだ。社会がなんたるかを知らないってことは、自分が社会のどこにいるのかも分からないってことだろ。最下位かもしれないし、十位かもしれないし、三位かもしれない」

「一位の可能性もある」

「まぁ、そうかもしれねぇけどよ」

「というか、その前に」

「なんだ」

「携帯は机の斜め左下の角のところに合わせて置いてくれ」

 携帯は、机の真ん中よりも少し左にずれたところで、右斜めに傾いている。定位置はそこではないのだ。

「その指示の仕方だったら、座っているところによって変わるだろ」

「君の視点に合わせて説明しているから大丈夫だ。そこに置いてくれ」

「携帯って携帯するものだからな。机の上に置いておくものじゃなくて、ポケットに入れておくものだぞ」

「私の持っているすべての服には、ポケットがない」

「じゃあ、携帯のためにポケットを作れ。そうじゃないと、失くすぞ」

「失くさない。それに、失くさないようにするための定位置と言える。さあ、そこに置いてくれ」

 男は億劫そうに携帯を持ち上げると、わざとらしく手の中で二回ほど回してから斜め右下の角に置いた。

「私は左の下と言った」

「あぁ、悪いな」

 男の細かい遊びに付き合っている暇は一切ないのだ。私は次の相手の悩みを解決するためと、爆弾を作るために、頭をリラックスさせる必要がある。どんな行為にも、休憩があり、それは行為自体の時間を削ることと同義だが、その行為の質を上げるためには必要な時間だ。

 男は、そのことを分かっている。

 分かった上で、邪魔をしてくるのである。

「とにかく、もういいだろう。爆弾魔ナキメソウはこれで終わりにしろって」

「捕まるわけがないのに、やめるべきというのは理解できない」

「ここで爆弾を作っていて、いつかそれが誤爆したらどうする。死んじまうぜ」

「死なない。失敗などしないからだ」

「爆弾づくりの知識もなかったくせに、どこで覚えたんだ」

「この世の中で、手に入れられない知識などない。無知である一番の理由は求めないからだ」

「普通は、爆弾の作り方なんて誰も知ろうとしないぜ」

「あくまで、教養だ」

「爆弾づくりは、教養に入らねぇって」

「広義の意味では、入るだろう」

「広義って言葉に頼り過ぎだ。甘えるなよ」

「甘えているんじゃなくて、正しく使っているんだ」

「なんで、そんなに爆弾を作るんだよ。人は死にまくってるし、注目も浴びれたじゃねぇか。もうリスクの方が大きいし、別に頼まれてやってるわけじゃないんだから、義務でもねぇだろ」

「言いたいことは分かるが、やめる気にはなれない」

「なんでだよ」

「例えば、送っているのが爆弾ではなくお金だったらどうする」

「止めないかな。まぁ、良いことだし」

「では、悪人を爆殺していたら、止めたりはしないと」

「いや、それは、それで駄目だろ。捕まえたり罰するのは、お前じゃないんだから」

「でも、誰かがやらないと、逃げおおせてしまうかもしれないし、被害は拡大するかもしれない。気が付いた人間が、自分の人生を使って行うのは、社会にとって必要なことだ」

「つまり、社会を考えて行動してるって言いたいのかよ」

「私なりに考えている。まぁ、今のはたとえ話であって、現在の私のやっている行為とは無関係だが」

 私は立ち上がると扉を開け放ち、外に出た。

 水の香りがした。

 しかし、まだ遠い。

 今日の夜くらいに雨が降りそうな気がする。

「ナキメソウが生まれた切っ掛けの一つとして、携帯電話がある。これを使用することで、次の爆殺対象を見つけているわけだ。つまり、君も、私の行為の片棒を担いでいると言える」

「だな」

「罪悪感はあるか」

「ないね」

「だと思った」

「誰かが包丁で子どもをめった刺しにしても、その包丁を売っていたスーパーの店主も、レジでバーコードを読み取ったバイトも罪悪感に苛まれたりはしねぇだろ。お前は、お前の能力を信じているが、それと同じくらいに社会の可能性を信じるべきだな。お前が大きく問題に巻き込まれずに済んだのは、社会と関わってこなかったからだ。理解できないものと距離を置いたから、結果として、弊害も受けずに済んだだけだ。今、お前はこの森の中にある小さな小屋から、爆弾を使って社会と繋がり始めてる」

「今年で、六年目だ」

「そう、六年もあれば、今度は社会がお前に会いに来る」

「信じられない」

「なんで、そう思うんだよ」

「社会は、私に興味がないはずだ。あと百人殺したとして気にもかけないだろう」

「バカだな、お前。話聞いてたか。もう爆弾魔ナキメソウは、トレンドになった。ネットミームにもなってる。確かに、六年もかかったのは不思議だけど、社会なんてそんなもんだよ。流行り方に例外なんていくらでもある。積み重ねによって認知が生まれた分、これは分厚くて濃厚だ。逃げきれねぇよ」

「賭けるか」

 私は靴を脱ぎ、裸足のまま地面に触れた。

 冷たくて心地いい。しかし、すぐに温くなる。

 これがいい。

 これが会話なのだ。

 この世のどこを探しても見つからない心が、あると思い込んで繋がっていると想像する。これが会話の究極であり、本質なのだ。

 私は、すべてが下手糞だ。口から呪文を吐き出しているだけで、何の効果もない。マジックポイントも減らない。そもそも、会話をしていること自体、怪しい。

 会話など幻だ。

 意味はない。

「賭けるってなんだよ」

「賭けるかどうか。ギャンブルだ」

「だから、何のことだよ」

「私が捕まるかどうか」

「縁起でもない」

「縁起でもないというのは笑えるな。私は君のことを全く知らないが、君がまともな人間ではないことを知っている。そして、私と比較して社会の中に身を置いている時間が長いだけで、君も社会の中で異分子であると分かっている。だから、この賭けを提案したんだ。君は、私のように罪を犯す人間を見たことがあるんだろう。だったら、今までの経験も含めてこの賭けは君にとってかなり分が良いんじゃないのか」

 私と会話が成立している時点でまともなわけがない。

 男はその後少しばかり沈黙した。

 私は男のことを考えている自分に驚いた。

 私の中では、この男は対象物としての条件を満たしているのだ。

 自問自答したくなる。

「賭けに勝ったら、何かもらえるんだよな」

「まぁ、そうだな」

「どうしようかな」

「私は、私が捕まらない方に賭ける。私が勝ったら、毎月、ミネラルウォーターとチョコチップクッキーを買ってくれ」

「それは、つまり、お前が死ぬまでってことかよ」

「もちろん、そうだ。それに、どうせ、君は毎月、私のところに話をしに来るんだろう。その時に、どこかのスーパーに寄って買ってからここに来るだけだ。難しいことじゃないだろう」

「まぁ、そうだけどな。うん、でもなぁ」

「何が不満だ。それなら、ミネラルウォーターだけでもいい」

「いや、俺もさ。お前は捕まらなそうだなぁって、思ってるんだけども」

「今までの言いようだと、捕まる方に賭けるものだとばかり思っていたが」

「なんていうか、お前が賢いのは本当だしなあ」

「賭けが成立しないな」

 私は鼻で笑った。男も鼻で笑った。

 悪い気分ではない。

「ちなみに、賭けに勝ったら、何をもらおうと思っていたんだ」

「爆弾の作り方を教えてもらおうと思ってた」

「意外だな。誰か爆殺したいのか」

「教養だよ、教養」

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