主人公を知る者
森に住んでいる男。
あぁ、いますね。彼が、はい、いますよ。一人だけね。
それがどうしたんですか。
え、どんな人なのかって。
まぁ、自分で調べた方が良いと思いますけど。率直な印象で言わせてもらえれば、まともですよ。普通です。一般常識を持ったただの男性ですね。
何か変なことをしているわけでもないです。森の中で一人、何もない小屋みたいな家に住んでいるくらいですかね。
もちろん、変な所はあると思いますよ。一つ一つあげていったらきりがないくらいにね。でも、それは私もそうですし、あなただってそうですよ。皆、変です。まさに個性的というやつですよ。
言葉にしたら奇妙でも、文字にしたら奇妙ではないことは数多くあります。奇妙な人だと思えば、その人の行動はすべて奇妙に見えてくるし、まともな人間だと思えば、その人の行動には理屈があるように見えます。
結局、周囲の人が雰囲気をどう解釈するかというのがすべてなんじゃないかと思いますね。
それに、森の中で静かに暮らしている人というのは数多くいますよ。まぁ、都会の人からしたら、理解できないかもしれませんけどね。でも、生活するのに必要なものは、この森に溢れています。加えて、町に出て簡単な労働さえやればお金は手に入りますし、それでなんでも買えます。
彼のような生活を実行に移せるなら、やりたいと思う人は数多くいると思いますよ。
皆、疲れているんです。
人間が人間に飽きているんです。
私は、元々都会に住んでいたんですがね。
ビルから飛び降り自殺をするところを見かけたことがありますよ。
驚きましたね。
大きな音がしましたから、ほんの数メートルのところを歩いていた何人かが、何事かと思ったのでしょう、あたりを見回していましたね。でも、それだけでした。何かが起きたことは確認したけれど、何が起きたかは別に興味がないという風に歩いていったんです。
言葉を交わしていないのだから、精神的な繋がりが薄いとは思います。でも、その瞬間、同じ場所にいて、同じようなものを見ていたわけですよ。それなら、何か会話の一つや二つするのが普通じゃないですか。別に飛び降りた人に駆け寄るべきだとか、視界に入っていなくても察して行動するべきだ、なんて言いませんよ。ただね、何か音が聞こえましたね、とか、今の何ですかね、くらい会話をしても良いと思うんです。
状況が把握できていないという、できるかぎり避けた方がいい状態において、周りの人と会話をするという一番簡単な手段すら選べない。
私はね。
末期だと思いました。
その点、森の中で暮らす彼は同じように会話をしたり、誰かと触れ合ったりしませんから、都会の人たちと似ているかもしれません。でも、決して、自分から情報を遮断しようとはしない。住みにくい場所にわざわざ移動する都会の人たちと違って、住みやすい場所を自然に選ぶことができる。
彼のことを奇妙だと言う人もいますがね。
このあたりに住んでいて彼を知っている人たちは、彼ほどまともな人間に会ったことはないと言うでしょう。
愛するよりも、愛される方が難しく、愛されるよりも、愛されていることを鼻にかけずに生きていく方が難しい。
彼は、それができる男です。尊敬に値しますよ。
私には、とてもできません。
ははは。
あぁ、あそこに巨大な犬小屋みたいなものがあるでしょう。彼はあそこに住んでいます。
たまに話し声が聞こえてくるから、きっと友達なんかを呼んでお喋りをしているんでしょう。
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