小屋の中

「分かりました。お気持ちは理解しました。有難う御座います。もちろん、勝手に電話をしてあなたの悩みを聞きだしたのは私です。そうです。私からあなたに近づきました。そのことは謝罪します。悩みを聞いたことも、解決できるように取り組んだのも、あなたにとっては迷惑だったかもしれません。最終的には、納得していただいたようなので、とても嬉しいのですが、私の個人情報を探るのはやめて頂きたいのです。私の望みは相手の悩みを聞いて、それを解決するということだけです。それ以上のことをする気はありません。これで終わりなんです。ですから、神であるとか、そう言われると非常に困るといいますか。そうですね。では、折版案として、あなたの住んでいる住所を教えてくれませんか。もし、私が今後、あなたの協力を仰ぎたいと思った時に、あなたのところにすぐに行けるようにしておきたいんです。えぇ、どんな形であれ、私のために活動をしようとして下さる方のことを忘れたくないんです。いえいえ、とんでもない。なので、はい、住所を教えて頂けると。あぁ、ありがとうございます。はい、承知しました。メモしましたので、大丈夫です。有難う御座います。では、失礼します。また、どこかで。はい、お元気に、はい。失礼します」

 私は相手の電話番号を着信拒否に設定する。

 崇められたいわけがないだろう。

 ただ悩みを聞き、解決をするという娯楽を楽しんでいるだけなのに、非情に不愉快だ。

 皆、同じようなことをしようとする。

 さて、住所も聞いたことだ。早速。

「また、お前は爆弾でも送るってのかよ」

 私は男の方を見た。

 天然パーマの髪に、サングラスが埋もれており、その下には木の実のように丸い顔がついている。肌は綺麗で、髭も一切ない。清潔感そのものである。ピンク色のシャツの上には血のような赤黒いロングコート。スパイクが全面に付いている銀色のスニーカーを履いている。

「いつから、いた」

「おい、さっき話しただろ。お前が、少し待っててくれって言ったんだぞ」

「覚えてないな。すまない」

「まぁ、いいけども。で、どうするんだ」

「爆弾か。もちろん送る。お手製の爆弾を作って、悩みの解決祝いとするつもりだ」

「まさか、悩みを解決してくれた相手が、爆弾を送り付けてくるとは思ってもいないだろうなぁ」

「あちらは、完全に私のことを信頼している。爆殺される寸前で時が止まっても、犯人の候補の中に私が出てくることはないだろう」

「なんで殺すんだよ」

「面倒だ」

「面倒ってのは、どういう意味だよ」

「そのままの意味だ。私に深く関わろうとした人間を生かしておけない」

「殺すほどのことじゃあないだろう」

「私は人と深く関わりたくないんだ。悩みと呼べるものの八割から九割は人間関係のせいだ。だとしたら、排除すれば悩みなんてきれいさっぱり吹き飛ぶ。私は悩みたくないんだ。悩まない人生を歩みたいんだ」

「悩まない人生なんて、人生じゃないだろ」

「しかし、悩まずに生きていけるならそれに越したことはない。そうだろう」

「確かに、な。でも、だったら、最初にお前から相手に電話をかけて悩みを聞く行為だっておかしいだろう。まさに、人間関係を作り出す行為なんだし」

「まず第一に、私は電話をランダムにかけている。頭に思いつく数字を、なんとなく押し、繋がった先にいる相手の悩みを聞いている。軽薄な繋がりだ。人間関係ではあるが、非常にか細く、いつでも切ることが可能だ。まぁ、最近は、この番号が有名になったのか、逆にかかってくることも多くなったな。第二に、目的は悩みを聞いて解決することであって、人間関係の構築ではない。相手が求めていようと、私は関係ない。私が望んでいないのだから人間関係は必要ない。第三に、私は自分の考えを相手に伝えている。相手も承知の上での歪な関係を作り出している。何もおかしくないし、問題が起きたら自分で処理もする」

「爆弾を使って、だろ」

「そうだ。人間関係と呼べるものを作り出す要因である、相手を吹き飛ばす。これで、目に見えないし定義できない上に不確かな人間関係は霧散する。結果、電話をする前の状態に戻る」

「まぁ、そうか。ということは、自己紹介もしないのか」

「もちろん、しない」

「私が世間を騒がせている爆弾魔のナキメソウですって言わないのかよ」

「言ってどうする」

「相手は、わっ、有名人と話せるなんてラッキーって、思うだろ」

「ラッキーか、アンラッキーかは人による。とにかく、自分が何者であるかなど一切伝えない。そういうルールでやっている」

「お前は、会話一つとっても自分のことを縛ってばっかりだな。そんなんで、よく携帯なんか持って、他人と繋がろうと思うよな」

「この携帯電話を私に買ってくれたのは、君だぞ」

「あぁ、そうだっけ」

「そうだ。こんな寂れた場所で生きていくのはつまらないだろうから、社会と繋がる手段を渡そう。そう言って、この携帯を買ってきて、私に渡したじゃないか」

「あぁ、そうだった、そうだった。じゃあ、きっかけを作ったのは、俺か」

 私は返事をしなかった。

 男は笑っている。

 分かり切っていることを口に出すのは無駄そのものである。

 私の住んでいる小屋は、森の中にある。一階建てで、強い風が吹いてもびくともしない。ただし、見た目は非常に粗末で、巨大な犬小屋を想像するといいだろう。木の板や柱を釘でつなげて作った手作りである。もうここに、十五年以上住んでいる。

 たまに鳥が家の中に入ってくることがあるが、気にしない。鳥が私に危害を加えたことはないし、私が鳥に危害を加えたこともない。助け合って生きているわけではないが、迷惑をかける害悪な存在からは程遠い。顔見知り、隣人、赤の他人以上の関係、そのあたりが妥当だろう。

 この場所に住み続けて、困ったことがない。

 友人などはいないが、話し相手として、この男がたまにやってくる。

 一体、なんの仕事をしているのか。どこでその服を買っているのか。社会の外で生活をしている私には分からないが、男のファッションはお洒落という部類に入るのか。などなど。

 もう十年以上の関係になるが、分からない所が多い。たまにこの家に入って来て好き勝手に話をして、帰っていく。それだけである。最初の出会いがどうだったかなど、記憶に入れる価値もないと判断し、忘れてしまった。

 私がこの男に持つ印象は、生きているというよりかは、ただコンテンツとして存在し役目を果たしているだけ、という所である。会話をしている気にもなれない。どことなく、思考や言葉選び、間や、話す内容に無駄が多いように感じる。

 元々、私が誰かとまともに会話をしたことがあるか、という問題については、棚に上げる他ないが。

「お前ってさ、会話したいの。したくないの」

「どちらでもいい」

「そんなことないだろ。会話について深く考えてるはずだって」

「何故、そう思う」

「俺が携帯をあげてから、お前、毎日のようにどこかに電話をかけるようになったじゃん。会話に餓えてるんだよ」

「事実ではあると思う。だが、満足するような会話はできていない」

「満足できるのかよ、会話なんかで」

「会話だからこそ満足できることもあるだろう」

「ねぇよ。あるわけない。会話はあくまで、その先にある目的のための事前の段階だろ」

「そんなことはないだろう。会話自体に意味がある」

「会話をまともにできない、お前から言われてもな」

「深海魚を見たことがなくても、深海魚がいることは自信をもって言える。それと同じだ」

「理解できるかどうかじゃなくて、納得できないって言ってんの、俺は」

「お前が理解できなくても、現実は変わらない」

「どんな会話が望みなんだよ」

「心と心の会話だ」

「何それ」

「そのままの意味だ」

「いくら何でも怪しいだろ。心と心の会話って、おいおい。童貞が想像するセックスみたいな話だな」

「私は童貞だが、意味のある会話があることを信じている」

「それは、もう宗教だぞ」

「宗教でいい。私が信じているなら、それでいい」

「いいわけないだろ」

「何故だ」

「会話だぞ。お前一人でできることじゃないだろ。同じ内容のものを、同じ質で信じている人がいなかったら、体感することはできないだろ」

「確かに」

「そんなこと言ってると、満足できるような会話なんて、死ぬまでに一回もできないぞ。それでいいのか」

「今、この瞬間も、完璧ではないにしろ、ある程度の会話はできている。この延長に求めているものがあると信じるしかない」

「じゃあ、俺との会話には、ある程度の満足をしているわけだ」

「ある程度だ」

「嬉しい話だねぇ。そりゃどうも」

 男は、私のことを遊び道具だと思っている。面白い会話をしてくれるロボット程度にしか思っていないのだろう。

 私には、ここしかない。

 この場所以外では生きられない。

 どこかに飛ぶこともできないし、移動することもできない。

 過ごしやすい、生きやすい、死にやすい場所だ。

 生まれたところこそ別だったが、できれば生まれもここに変えたいくらいだ。そして、死ぬのもここがいい。爆死はごめんだ。自殺もする気はない。老衰がいい。この場所で、いつものように眠って、そのまま起きない。そうすれば、爆弾魔ナキメソウの死体ができあがる。

 第一発見者はきっとこの男になるだろう。

 非情に不本意だが。

「なんだよ。何か言いたそうな顔だな」

「別に」

 私と男の間で生まれているのは偽物の会話だ。けれど、繋がりはある。

 私にとって、この男は非常に価値のある存在である。社会的に見ても、私と比較して優秀なのはこの男の方だ。私の方が知的で、哲学的で、思考をよく巡らせているとしても、この男は私よりも社会と上手く折り合いをつけている。その姿をどこかで見たわけではないのだが、何となく分かる。子どもの頃に私の家にやって来て、ミシンを押し売りしたセールスマンに非常によく似ているのだ。

 社会の中で汗水を垂らしている。

 それだけ、私よりも一段、高い所にいるように思えてしまう。

 そんな男が、私に携帯を買い与えている。

 これは、ホームレスに施しをするのと同じなのではないか。

 ここでは勝っていて、この部分では負けている。このあたりでは負けてしまうかもしれないが、ここだったら圧勝できる。

 口には出さないが、小さなマウントの取り合いを自分の中で繰り広げてしまうほどに、私は矮小な存在である。人間という器の中に入り、その隙間のせいで少しの振動でも体を揺らしてはぶつかり、けがをする。弱々しい命である。

「じゃあ、そろそろ帰るぜ」

「あぁ。さようなら」

「お前は、いつもそっけないよな」

「そんなことはない、さようなら、と言っている」

「さようなら、なんて誰でも言えるだろうがよ」

「私は、さようなら、をお前にしか使わない」

「ここに来るのが俺だけだからだろ。それは屁理屈だろ」

「人間という生き物は、往々にして理解できない理屈を屁理屈と言って遠ざけたがるものだ」

「それも屁理屈だな」

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