主人公への電話

 あっ、大丈夫ですか。誰か、お客さんが来たみたいですが。

 続けてもいいですか。すみません。じゃあ、続けますね。

 あの、さっき確かにルールを守るとは言ったんですが。私だけ特例で、そこに行くことはできませんかね。駄目ですか。

 いや、その、一度だけでも会ってみたいというか。なんというか。

 私は、あなたのファンになってしまったんです。声を聴くだけでは満足できない体になってしまいました。

 どうですか、お願いします。

 もし、会えないのなら、写真を一枚。それが駄目なら、あなたの出身とか、年齢とか、血液型でもなんでもいいのです。あなたの情報を私に下さい。記憶として持ち運びできるお守りが欲しいんです。

 お願いします。

 絶対に忘れません。

 絶対に他人に渡しません。

 絶対に感謝し続けます。

 あなただって、私があなたのことを尊敬していることに気が付いていたはずです。

 もし、私に何かをくれるなら。

 私は自分の寿命を削ってでも、あなたのことを世界に宣伝します。なんでも言うことを聞きますし、あなたという存在の偉大さを世の中に広めます。

 宗教にしましょう。

 そうだ、それがいい。

 あなたを神にすればいい。

 あなただって、望んでいるはずだ。

 自分の力や、言葉、思考、そういうものが伝播していく様を眺めたいから、こんなことをしているんでしょう。そうじゃなかったら、こんなものはただの無意味だ。会話にすらなっていない。

 でも、もし、今この瞬間も言葉が交わされているのであれば。

 私とあなたは繋がっている。

 そして。

 相手に影響を与えたいと思っている。

 他人の人生に自分の色を落としてみたいという欲望。それは人間関係の根源だと思いませんか。

 あなただけが特別なんじゃない。私だけが特別なんじゃない。

 ありふれた人間関係だけれども、それが僅かばかり濃いということ。それ以上のなにものでもない。

 私は、仕事をやめてもいい。貯金をすべて使い果たしてもいいと思っています。自分の持っている力も、時間も、お金も、すべてあなたに捧げたいんです。

 たとえ。あなたが。拒否をしても。

 押し付けてしまいたい。それが愛です。

 私はあなたを愛している。だから、あなたにも愛されたい。

 私を助けてくれるのでしょう。今までだって、助けてくれたでしょう。それが繰り返されるだけです。これからも助けて下さい。私の心を救ってください。

 不躾であると自覚はしています。

 でも。

 やめられないのです。

 このチャンスを逃してしまったら、私はもう前に歩くこともできません。道の途中で事故に遭いへし折れていた足が、ようやく完治したのに、自分で折ってしまいそうな気分です。

 私を救ってください。

 あなたの礎になることが私の望みなのです。

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