第6話 会社は社会

 言われてみれば思い当たることはたくさんある。

 人間に変化しているドラゴンの正体を容易く見破ったこと。

 異種族対策というどう考えても人外対策の仕事に就いていること。

 それに実際に目にしたわけではないが、山田さん自身は常人離れした身体能力を持っているはずだ。ドラゴンの目はごまかせない。


(だったらなおさらドラゴンの頑丈さなんか百も承知でしょうに)


 ドラゴンを殺す生業なのだ。誰よりもドラゴンの厄介さは理解しているだろう。

 結局、あの夜は驚いたルカを「駅まで送ります」とほとんど連行に近い様子で連れていって、山田さんはルカが改札をくぐるまで見送った。

 心配したり怒ったり、よく分からない人だ。


「大西さん、この計算間違ってる」


 となりからそっと声をかけられて、キーボードから思わず両手をあげる。隣の小西さんが席を立つついでに指摘してくれたらしい。


「……ありがとうございます」


 小西さんに指摘された箇所を辿ると、ほぼ最初からやり直しだった。魔法を使えば一瞬で修正できるけれど、そういうズルは極力やりたくない。テンキーを叩いて直していると「大西さん」と向こうのデスクから呼ばれる。あの評判の悪い上司だ。


「すぐ第三会議室に行って。課長に呼ばれてるから」


「君、何したの」と呆れた顔で、それも大声で言うからフロア中に知れ渡った。そういうところが嫌われているんだと思うよ。

 上司に言われたとおりに席を立ってフロアを出ると、ドラゴンの無駄に精度のいい耳にひそひそ声が聞こえてくる。


「警察から電話があったんだって?」


「引ったくり捕まえたとか」


「身元保証人が家族じゃなかったらしいよ」


 不安になる噂の回り方だ。

 嫌な予感を抱えたまま会議室に入ると、課長と人事部の偉い人が並んでいた。

 告げられた話を端的にまとめると、身元は大丈夫なのか。警察から連絡があったことは他言するな。逮捕に協力したことは立派なことだがこれが会社での評価には繋がらない。

 別にご褒美が欲しくてやったことでもないから、会社での評価なんて思いもよらなかったことだ。けれど、最後に人事部の人から言われた言葉がいちばん堪えた。


「人助けもいいけれどね。うちは会社なんだから仕事ができないと意味がないんだよ」


 仕事ができないことなんて、ルカ本人がいちばんよく分かっている。親類のコネで入社したくせにと影で嗤われているのも知っている。

 身元保証人については、兄に会社に来てもらうことになって一応決着させた。実体のない身元保証人ではダメだということになったのだろう。

 その日は、ルカにしては珍しく定時で帰った。


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