第4話 牛丼は遊園地

 なんだかアミューズメントパークに入るような気分で牛丼で有名なチェーン店に三人で入ると、深夜バイトの店員さんはすこし不思議そうな顔をしたものの「お好きな席へどうぞー」とお決まりの台詞をくれた。変な組み合わせの客には変に触らないほうがいいに決まっている。コスプレまがいの格好の子供と、会社帰りの事務員女と、黒スーツの男。奇妙以外の何者でもない。他にお客さんがいなくて良かった。

 

 ルカの安堵をよそに、カウンター席に並んで座ったティニはきらきらと目を輝かせてメニューを見ているし、山田さんはもう注文を決めている。

 自分は何にしようとルカが迷っていると、山田さんが「ネギ玉牛丼も美味しいですよ」と言ってくる。それはまだ食べたことがない。キムチはまた今度。

 ティニはキムチ牛丼、山田さんは牛丼特盛り、そしてルカはネギ玉牛丼。山田さんが豚汁もついでに注文していたから、ルカの分とついでにティニの分もいっしょに注文した。たまには一汁一菜もいいよね。

 早い安い旨いのうたい文句通り注文をしたらほとんど間を置かず、甘辛いタレと白米がふかふかの湯気を漂わせてやってくる。この香りだけでおなかがバカ正直に空いてくる。いっしょにやってきた豚汁と並べて、お手拭きで手を振いてから割り箸を手にとる。


「いただきまーす」


 ルカが手を合わせると、様子を見ていたティニも手を合わせた。豚汁にすでに口をつけていた山田さんまで、ちょっと気まずそうに「いただきます」とお椀のふちから言う。

 そんな様子にちょっと笑って、ティニはルカの真似をして口を開いた。


「いただきます」


 牛丼は相変わらず美味しくて、三人そろってほとんど無言で食べきった。山田さんは本当に大量に紅ショウガを載せるし、ティニもそれを真似してキムチと牛肉を紅ショウガまみれにして食べた。ネギ玉牛丼も美味しかった。また食べよう。ティニは最初は箸に苦労していたけれど、すぐに慣れたようだった。ドラゴンの学習能力は高いのだ。ルカはパソコンが苦手だが。

 最後に豚汁を飲みきってひと息をつくと、カラになったどんぶりが残った。


「ごちそうさまでした」


 ルカが箸を置いて言うと、ティニも真似をする。そのようすをお茶を飲んでいた山田さんも見ていて、湯飲みを置いて手を合わせる。


「ごちそうさまでした」


 友達でもない、さっき会ったばかりの人とほぼ会話もなくご飯を食べる不思議な夕食は、思いの外楽しかった。

 支払いはなんだか知らないうちに山田さんがまとめて支払ってしまっていた。

 店を出てから山田さんをつかまえる。


「わたしの分、払いますよ。いくらですか?」


「電子決済で支払ったので」


 そう言って結局受け取ってくれなかった。ルカも自分で払うとなったら電子決済していただろう。でも知らない男の人におごられるのは何だか居心地が悪い。


(そういえばこの人、知らない男の人なんだった)


 長命のドラゴンの良くないところだ。人間なんて種族で十把一絡げにしてしまうので、性別で認識していないときがある。

 山田さんは人間の姿のルカよりも頭ひとつ分は背が高いし、痩身に見えるのに足運びに迷いがなくてどっしりとしている。きっと体幹がおそろしくしっかりしているのだ。見た目だけなら、平均的な女性の形をしているルカより丈夫そうだった。

「大西さん」と呼びかけられて、先へ行ってしまっていたティニと山田さんを追いかける。


「駅まで送りますよ」


 山田さんは何でもないような口振りでそんなことを言う。

 ルカをドラゴンと知って、まだ女性扱いができる人なのか。うっかり感動しそうになるじゃないか。ティニもうなずいているので、駅までお世話になることにする。紳士的な男性はどんな年齢でもかっこいいよ。


「ご協力、本当にありがとうございました」


 助かりました、と山田さんが口にするので、ルカは苦笑する。


「万が一揉めたりすれば、辺り一面火の海になりますし」


「火の海……」


 ルカが口を滑らせると、今度は青年のほうが微妙な渋面になった。火の海はまずかった。それに正確には都市が消える。


「とにかく問答無用で災害にするより、話して分かる相手なら穏便に済みますから」


 ドラゴンは長く生きるだけあって対話は重要なコミュニケーションツールだと思っているし、基本的には気も長い。怒らせるための地雷が多いだけで。


「ルカ」


 ティニに呼びかけられて歩きながら振り返ると、少年がやけに真面目な顔をしている。


「成人したら、また会いに来ていいか」


 おお、これは少年にありがちな年上のお姉さんに初恋イベントか。実際に目の当たりにするとこそばゆい。


「あなたのような偉大な先達に、再び見合えるよう努力したと認めていただきたいのだ」


 ああ、そういうこと。

 内心ちょっとはしごを外された気分で、ルカは笑った。そりゃそうだ。ルカはティニより軽く見積もっても師匠と呼べるほどには年上だ。


「うん、いいよ。今度は自分でゲートを開いてきてね、ティニ」


 ルカが笑って答えると、ティニは満足したように鼻を鳴らした。

 その様子を見ていた山田さんはちょっと小声で尋ねてきた。


「参考までお伺いしたいのですが……ゲートを開けるようになるまで、どれほどの年月かかるのですか?」


 遅い早いはやはり各ドラゴンの才覚によるところが多い。一般的な年数なら答えられる。


「だいたい百年か二百年ぐらいですね」


「百年……」


 山田さんはまたしても微妙な顔で繰り返す。そういえば人間には長い年月だった。


 駅が近づいてきたところで、山田さんが連絡先の交換を提案してきた。


「何か困ったことがあったら、連絡してください」


 思い返さなくてもこの人公務員なんだった。兄も知っている人らしいし、連絡先を知っておいても損はないだろう。ルカがうなずくと、さっそく二人でスマホを付き合わせる。

 そういえば初対面の男性とアドレスを交換するなんて、仕事以外では初めてかもしれない。まぁ、これも仕事の延長みたいなものかもしれないけれど。正直合コンへ行っても人間の男性と付き合う気にはなれない。どうせみんなすぐ死んでしまう。


「……大西、ルカさんとおっしゃるんですね」


 山田さんはスマホ画面を確認しながら、ルカの名前を転がすように口にした。なんだか落ち着かない。


「じゃあ、わたしはこれで」


 スマホを持った意外と大きな手から視線をはがすようにして、ルカが顔を上げると山田さんは無表情な顔をすこしだけ崩して緩めた。これでこの人、案外微笑んでいるのかもしれない。


「じゃあ、またね。ティニ」


 ティニに声をかけると、彼も手を振ってくれる。そのとなりで無愛想な黒スーツも片手をあげて手を振った。

 ルカもそれに応えて手を振って、駅へと歩き出す。

 ティニとはいつかまた会えるだろう。何せ彼はドラゴンだ。けれど、人間の山田さんとはもう会うこともないだろう。

 それが人間とドラゴンの大きな違いだ。人間はいつも瞬く間にいなくなる。

 ルカが振り返ると、まだふたりはそこに居た。律儀なふたりだ。 


「元気でね!」


 どんな相手にも、いつだって別れの挨拶なんてこれで十分なのだ。


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