三話 ソルティテイスト 3

 旅館で問題が噴出した。


 ざっくりした鶺鴒先生の性格を鑑みなかった俺が悪いのだが――


「鶺鴒様ですね。大部屋一つでお取りしておりますが……」


 男女別じゃなかった。鶺鴒先生も「あ」と言っていたし、桜子と椋鳥は厳しい視線を鶺鴒先生に向けていた。お前何やっとんねん、と、言語化するならそんな視線。


 が、それ以外はあっさりしたものだった。


「あっそ。部屋行こうか、泰斗。どんな部屋なんやろー」


 まず、もはや裸の付き合いがある小春はどうでも良さそうだった。桜子は真っ赤になりながら抗議をしている。


「よ、良いのですか!? 男子と同じ部屋なんて……!」

「うるせえなあ、白鷺。別にいいだろうが、お前も泰斗のこと好きなんだろうが」

「なっ!? い、いや、それとこれとは……!?」


 目代先輩も意外に寛容派だ。これも俺と先輩の信頼のなせる技……なのかは分からないが、まぁ、良しとしよう。男子と思われてない説もあるが、それは俺が悲しくなるので断じて認めない。


「減るもんじゃないしさー。それに普段あれだけお世話になってるのにのけ者はあんまりだよー。別にいいじゃん、彼女持ちの泰斗くんが何かするとも思えないし」

「むぐぐ……!」


 瑠璃ちゃん先輩にも裏切られ、いよいよ味方がいなくなった桜子だった。哀れ。


「桜子、諦めましょう。正しい道理を説いているのは我々ですが、この国では最大公約数が強いのです。我ら弱者の意見は黙殺されます」

「……はい」


 少し不貞腐れたような桜子だったが、頬を叩き、前を向いた。


「こうなったら、旅館の浴衣姿で泰斗さんをメロメロにしてみせます!」

「それくらい前向きな方が幸せですね」

「お前は嫌じゃないか、椋鳥」

「特には。賑やかな方が好きですし」

「そういう問題ではないのですが……」


 鶺鴒先生は「わりーわりー」と言いながら頭を掻く。反省しねーな、多分。


「あ、素泊まりだから夕飯確保しねーと」

「え!? 素泊まりなの!?」

「うるせえ! 車と宿泊費出してやっただけありがたいと思え!」


 受付の人に聞くと併設されてる大浴場は自由に使えるらしいが、夕飯や朝食が出ないのだそう。


「ま、そういうと思ってちょっと持ってきてるから、金は。川蝉先輩、買い出し行きましょ。焼肉でもしましょうか」

「いいねえ。よっしゃ、おいで、羽斗君」

「おっす」


 一通りの材料を買って、機材を海の家でレンタルをして借りてから、焼肉を行う。やっぱ海を見ながら外でやる、というシチュエーションのせいか、いつもより美味い。


 肉は見切り品、下味も塩コショウと特に代わり映えもせず、その代わり炭火の香ばしさが移って、いつものホットプレートとはやはり何か違う。風が強いとじゃりじゃりするのだが、穏やかな天候にも恵まれ、星空の下、俺達は食事をありったけ楽しんだ。


 片付けを行いながら、花火に興じている一同を眺める。楽しそうにしてくれている。それだけで、俺は幸せな気分になった。


 桜子が、俺の隣にくる。


「混ざらないのですか?」

「……なんか、俺が混じったらあの景色が台無しになる気がしてさ」

「貴方が作っているのですよ、この素晴らしい光景を」

「そうかねえ」

「そうですよ。相変わらず、自己評価は低いですね」

「意外にそうでもないと思うけどな。……どうした、桜子」

「いえ。はしゃぐ彼女を眺める感想でも聞こうと思いまして」

「最高だぞ」


 泰斗ー! と遠くから呼ばれ、手を振る。振り返して、小春が輪の中に戻っていった。


 様々な輝きが点る中で、三者三葉の少女達が刹那の火花に興じる。その光景は、いつまででも見ていられる。写真を撮り――


「桜子、混ざってくんねーか?」

「いえ、それなら」


 彼女はスマートフォンを奪うと、彼女達を背景に、自分の画像を撮った。


「はい、これで良し」

「……こんなん持ってたら彼女への裏切りだから消す」

「ああっ、せめてわたくしに下さい!」

「お前なあ……」

「……アピール、し続けますからね」


 彼女は微笑んだ。ぴろん、と電子音が鳴る。ずっと眺めていたい光景が画面に映る。明るくなった画面で、桜子の姿が映される。


「……好きですよ、泰斗さん。報われなかろうが、これがただ一つの真実。愛しています」


 ……色んな事が、明らかになった。


 彼女の白い嘘。百舌鳥ちゃんの言葉で明らかになった真実。それは、俺の気持ちの根幹を揺るがすには重大過ぎた出来事だった。


 あの日以来、何かがおかしい。好きだったはずの小春への意識が、微妙にそれかけている。その自覚がある。


 その証拠に。


 目の前の幼馴染から、目を離せない。


「…………桜子。しつこいぞ」

「分かっていますよ。それでも……貴方は、わたくしを無視できない。わたくしは卑怯者です。わたくしは嘘を吐きました。もがくのが美しくないと思っていたから。美しい白鷺のように、優雅であれ。けど、それが、どれだけわたくしを……」


 洟を啜る音が聞える。が、背を向けて、顔が見えない。


「……けれど、わたくしも学びました。だから、強引に行くことにします」

「何を――」


 最悪なタイミングだった。小春が駆け寄ってきた。そして、桜子が、俺の唇を奪う。俺は、どんな顔をしている? 小春に掛けるはずの言葉が、何故か出てこない。


 小春は、見なかったふりをした。そのまま集団に戻っていった。その姿を見て、不義理なことをさせた桜子の方を見て、手を振り上げたが――


「――叩かないのですか?」


 ――叩けなかった。


 だって、彼女は――泣きながら、俺よりも悲しそうな顔をしていたから。


「何で泣く」

「こんな方法でしか、アピールできない……想い人に振り向いてもらうのは、もう、こんなことしかできないわたくし自身に……嫌気がさしまして」

「……」


 俺はハンカチを差し出し、小春を追った。


 小春はそう遠くない砂浜にいた。並が足元を攫うか攫わないか、ギリギリのライン。


「……小春」

「いい。分かっとる。あのタカビー女が無理やりしたことも、見てた。泰斗の意思じゃないのも、知ってる」

「じゃあ――」

「でも! ……割り切れない。しばらく、気持ちの整理が落ち着いたら、うちから話しかけるから。それまで、ほっといて欲しい」

「……分かった」


 その日の夜。女性陣が以外にも静かに寝息を立てる中、俺はずっと寝れずにいた。


 唇に残る感触と、塩味。


 甘い牙城を突き崩しにかかる苦い初恋の人というトゲが、確かに、俺という存在を苛むのを――どこか、遠く感じていた。

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