三話 ソルティテイスト 1

 深夜。飯を作る気にもならず、コンビニに向かうことにした。


 取り立てて、何が食べたい、とか言うのはないが、適当に腹に入れたいと思っていた……のだが。


 コンビニの隅にうずくまる小さな影は――見覚えがある姿で。血を流すその姿に、思わず戦慄した。


「目代先輩!?」

「おう、羽斗か……ってどうした、そんな怖い顔で」

「誰にやられたんすか! ってそれはどうでもいいや。勝ったんすよね?」

「ったりめーだろ。不意突かれて金属バット貰っただけだっつの」

「頭の出血って思ったより派手っすからね。祝勝会でもします? コンビニチキンで」

「そりゃいいな! あ、ついでに炭酸ジュース」

「りょーかいです」


 買ってくると財布を出されたが、断った。不服そうだったものの、「後輩の顔を立ててくださいっす」ということを主張すると、めんどくさそうにそれをしまっていた。


「へへっ、もうしばらくあたしに楯突いてくるよーなやつはいねえから。てかお前は何でコンビニに?」

「小腹が空いて、作って洗い物をするのが果てなくめんどーで」

「家事万能なお前でもそう思う時ってあるんだな」

「経験者の方が、労力知ってるだけに彼女とか人の作った飯をありがたがるんすよ」


 おにぎりとチキンを目代先輩と頬張った後、コーラを飲む。口の中が切れていたのか、少し痛そうにしていたが、目代先輩はきっちりコーラを飲み干し、ゴミ箱に缶を入れた。


「サンキューな、ちと休憩してから帰るつもりが……おお?」


 ふらつく彼女に、肩を貸す。のもめんどくさかったので、俺はその場にしゃがみこんだ。


「どうぞ、先輩」

「あのなぁ……そんな姿、目代愛美が見せられっかよ」

「俺の可愛い先輩が倒れそうなのにほっとけるわきゃないでしょ」

「はー……っ。ま、言い出したら聞かねえか、お前も。んじゃ世話になるぜ」


 乗ってくる。意外にもずっしりと彼女からは重みを感じた。少し汗くさい。が、血の臭いの方がする。背中に当たる二つの弾力を気にしないようにしながら、俺は彼女を背に乗せて進む。


「……何で喧嘩してたか、聞かねーのか?」

「目代先輩は、自分のことで喧嘩はしないはずっす。誰かのために必要な暴力振るってるって、俺信じてるんで。見つけられてよかったっす」

「……おう。ちと寝てていいか? ほら、部屋の鍵。起きなかったらそのまま寝かせといてくれ」

「了解でーす。……お疲れ様です、先輩。良い夢を」

「おう」


 しばらくすると、体から力が抜けた。ぐっと、また重くなる。意識のない人間って、なんでこうも重いんだろうか。


 しばらく歩いて、ようやく帰り着く。


 目代先輩は起きなかったので、応急手当と傷の消毒を施し、寝かせることにした。


 ……心配だけど、これが目代先輩の生き方なんだろうし。俺はそれを尊重する。


 俺にも俺の付き合いがあって、彼女には彼女の付き合いが存在する。


 それを一方的にやめろ、なんてモラハラな男にはなりたくないし。彼氏彼女ですらもNGだ、人付き合いに文句を言うのは。そんなことをされたら絶対に冷める。


 だからこそ、俺と小春の付き合いに文句を言う桜子を、嫌いにもなれないが、好きにもなれない自分がいる。


「……ん」


 目代先輩、熱が出てきたな。出血してたから……少し看病するか。


 患部を冷やし、額に冷却シートを貼る。起きた時に飲めるよう、スポーツドリンクを常温に戻しておこう。あれ、冷えてたりしたら体ごと一気に冷えるからな。それは逆に体に良くない。


「……パパ……ママ……」


 震えて、少し持ち上げられる手。


 その手を取ると、何故か安堵しきったかのように、安らかな寝息が聞こえてきた。


 もう大丈夫だろう、と何となく思い、その場を後にする。





 翌朝。とはいえ、昼の十一時に近いような。


 風呂場に入る音がしたから、寝不足だった誰かかな、と思ったら、目代先輩だった。ほかほかとしつつ、下着姿のまま廊下を歩いてるが刺激的過ぎるのでやめて欲しい。


「お、もう大丈夫なんすか?」

「世話んなったな。あー……泰斗」

「! おっす!」

「お前、なんかして欲しいことがあったら言え。借りっぱなしは性に合わねえんだ」

「あ、んじゃあ今日特売のおひとり様一本までの百六十九円の牛乳買ってきてくださいっす」

「いや、そういうことじゃなくてだな……」

「俺にとっては、その辺の出来事なんで」

「そういうわけには、い・く・か!」


 壁際に追い詰められた。洗い物をしてたんだが……


「お前なあ、このあたしがおんぶされて帰った挙句、傷の手当、んで熱出たから看病までしてもらったんだぞ!」

「あ、そこらへんの記憶はあるんすね」

「……なんか、言えよ。返させろ」

「あ、じゃあ。朝ごはんはみんなと一緒に食べませんか? 新学期始まったら、でいいっすよ」

「……お前なあ。敢えてずらしてんのが分かんねーのか? 怖がるだろ」

「あはは、じゃあいいっす。いつか返してください」

「……ったく。とりあえず牛乳は買って来てやるよ」

「あざーっす! 本日の夜はクラムチャウダー!」

「おお、牛乳海鮮汁か」


 いや、日本風に言うとそうなるんだろうけどマズそう……。


「クラッカーか? パンか?」

「クラッカーは用意してあるんで、なんか欲しかったら準備しますよ」

「んじゃパスタ。味付けはしなくていい」

「りょーかいです」

「おう。……ホント、サンキュな。借り、ゼッテー返すから忘れんなよ?」


 下着姿のまま啖呵を突き付ける彼女に微笑みを返して、揺れた二つのふくらみに目をそらす。目の毒だ。いや薬か。いやさ、薬も過ぎれば毒になる。


「とりあえず、俺今先輩にお願いしたいことできました」

「ほー、言ってみろ」

「服着てください」

「上手いことまとめてんじゃねーよ!」


 謎のローキック(軽め)を喰らわせ、目代先輩は引っ込んでいった。


「仲いいよねー、目代先輩と泰斗」


 見ていたらしく、廊下の陰からひょこっと小春が顔を出す。


「まぁ悪くはねーだろうけど……っていたのか小春。部活は……今日はオフか」

「そ。練習試合昨日あってさ、レギュラーメンバーは休み。今日は二軍で戦うらしーよ」

「ほーん。見に行かなくていいのか?」

「いやー、一年坊が野次なんか入れれんって」

「そういうもんか」

「そういうもん。お昼もう食べた?」

「俺はな。そうめんチャンプルー冷蔵庫にあるから食べてくれ。春巻きもある」

「わーい! ありがと、泰斗!」





 夏休みは恙なく過ぎていく。特にイベントもなく――とか思っていたら――


「海行こうでござるよ、海!」


 年長者、川蝉先輩が何かほざきだした。


 海、海ねえ。


 珍しく夕飯の席に全員揃っていた。目代先輩も少し居心地悪そうに、本日の夕飯である肉団子アラビアータスパゲティを頬張っていた。


 まっさきにそっけなく、目代先輩は短い言葉で提案を叩き返した。


「パス」

「目代ちゃん、どうしてでござるかー?」

「なんで今更海なんぞにレジャーしに行かにゃならん。十七だぞ、もう。海ごときではしゃげねえよ」

「半裸の男がいっぱいいるよ!?」

「水着の人間を半裸とは呼ばねえだろ!」


 変態の理屈的には、水着とはほぼ裸らしかった。まぁ、ある意味同感だが。


「ナンパ除けに羽斗君は強制連行するとしてー」

「まぁ俺も行きますけど、あれならナンパ除け数人呼びますよ」

「ホントでござるか! 助かるでござるよー!」


 男子の心当たりならメチャクチャあるからな。


 ていうか、異様に女子のレベル高いし必要だろう。俺一人の連れ、とか無理があり過ぎるし。美少女の小春、桜子、椋鳥、ロリの類だが美少女の瑠璃ちゃん先輩、行くとすれば一番スタイルのいい目代先輩、美人な川蝉先輩。目立つ。


 ていうかこの美少女軍団の隣歩いてたら俺石ころなんじゃねえのという顔面偏差値の格差。泣けてくる。


「小春ちゃんは羽斗君がいくなら行くでしょ?」

「行くけども……」

「そうなると瑠璃ちゃんも白鷺ちゃんも行くでしょ? 水着、見せれるよー!」

「……行かねば」「無作法、というものでしょうか」


 瑠璃ちゃん先輩と桜子は燃えていた。何にだろうか。まぁ別にいいけども。


「で、この中で一番水着姿が見たいのは誰! どどん!」

「小春だけど。次いで目代先輩」

「はあ!?」


 目代先輩は目を白黒させていた。


「おま、正気か!? こんな可愛いどころ綺麗どころの中にあたしカウントされてんのか!?」

「目代先輩可愛いですって。俺、小春は彼女何で別格ですけど、それ以外だと目代先輩がこの寮では二番目に好感度高いっすよ」

「……そうだったのか。知らなかったぜ。どういうところが好みなんだ?」

「俺の作った飯、うまそーに食ってくれるから」

「……お前、また妙な趣味してんな……分かったよ。行く、行くよ。ただあんま水着は……期待すんなよ」

「いや、そのスタイルで期待しないわけがない」

「で、ござるぞ。じゅるり」

「いや泰斗は分かるが何であんたまで涎垂らしてんだよ川蝉センパイ」

「椋鳥ちゃん、そこの海の家のカレーが絶品らしくて!」

「行きます」


 椋鳥、すっかりカレーイエローキャラが定着しちまって……! 物静かな文学美少女かと思いきや……何気に椋鳥が一番よく分からんやつだわ。


 音速で回答した椋鳥を含め、その後先生も許可をくれて、引率で付いてきてくれて、全員で近辺の旅館に一泊することになり。


 エトワール荘の臨時旅行が決まるのだった。

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