二話 幸せの青い鳥 2
夏休みも半ばに入る。八月七日、頼んでいた物をスポーツ量販店に取りに行く。
「おう、サッカーシューズ欲しいって言ってたあんちゃんだな? 用意できてるぜ!」
「お、あざーっす」
代金は支払い済みだ。そのまま中を確認。よし、カラーも間違いないな。
「なんでえ、彼女とかか?」
「そんなとこ」
「かーっ、そんないいシューズ貰ったら惚れ直すだろ! 俺が欲しいね!」
「入らないっしょ……。また来るよ」
「おう、お前もなんか運動したいなら相談しろよー!」
ランニング用のシューズを買って以来、割と付き合いのあるスポーツ店。そこを出て、帰路につく。
家に戻り、サッカーに行ってる小春の部屋の合鍵を使って入り、シューズを置いておき、鍵をかけて外に。相変わらず嗅ぎなれてるけど甘い匂いがして未だにドキドキする。
俺は焼肉の準備しないとだ。
玉ねぎと林檎のすりおろしに牛肉をつけておく。柔らかくしておくのに便利だ。このすりおろしは後でニンニクと酒、みりん、醤油を追加してタレに仕立てることができる。無駄がない。
さて、豚バラは塩振ってドリップを拭いて……鶏肉も塩コショウでいいよな……。ウィンナーはそのまんま、爆ぜないように切れ目だけ入れておいて……。
他の具材も準備。じゃがいもは厚めにスライスして鍋で煮て火を通しておく。ホットプレートならどうしても出がちな脂を利用して、カリッと焼くことができる。電子レンジでもいいけどむらがでるからな。薄く切ったニンジンもじゃいがいもと同時に茹でて火を。ピーマンは半分に切って中を取る。玉ねぎはくし切りにして爪楊枝でバラバラにならないように。後は変わり種の茄子とベーコンだが、茄子は薄切りにしてブロックベーコンは少し厚めに。茄子が肉汁を吸ってこれまたうまいのだ。
こんなもんかな。後は白米を炊けるだけ炊いておけばよし。
男子寮は既にセッティング済みだ。今日は目玉焼きオン、チーズインの爆弾ハンバーグ各々二個ずつと野菜サラダ、オニオンコンソメスープだ。パンにガーリックバター、白ご飯も炊いておいたが、まぁ、足りるだろう。
「ジュースも備蓄できてるし、完璧だ……!」
我ながらさすがのプランニングと実行力に惚れ惚れしながら、しばらく待つ。
一番最初に現れたのは、椋鳥だった。
「あら、今日は……?」
「焼肉だ。後日、あまりものでカレーだな」
「ふむ、素敵なプランニングです。さすが羽斗さんです」
「褒めるな褒めるな。今日は小春の誕生日でな、リクエストだ。椋鳥も誕生日には好きなもん作ってやるぞ!」
「毎日土曜日に出てますので。あ、ケーキを買ってくれると嬉しいです」
「ケーキな、分かった。近所のからくぅでいいな? あそこうっめーし」
「はい、あそこのケーキは割と好きです。チョコケーキが良いです」
「チョコな、了解。で、いつだよ」
「十月二十五日です」
「覚えとく」
同時にスマホでメモ。椋鳥、十月二十五日、チョコケーキ……これでもう忘れないだろう。
「おー、焼肉でござるな?」
「川蝉先輩もどうっすか?」
「勿論ご一緒させてもらうでござる」
「あ、目代せんぱーい、焼肉どうっすかー?」
「あ? ……邪魔じゃねえか? あたし」
「んなわきゃないっしょ!」
「……んじゃ、今日は一緒に食う」
「あざす!」
「とーう!」
「瑠璃ちゃん先輩、俺彼女いるんすから抱き着かないでくださいっす……」
「えー、いーじゃんふたまたー」
「俺を倫理観に著しく欠けるゲスに陥れんでください」
「ちぇーっ。うわ、ピーマン……」
「瑠璃ちゃん先輩は頑張ってニンジン食べましょう」
「そーするよ……」
ワカメスープも一応準備してある。焼肉屋と言えばこれだよな。牛肉のつけ込みが終わっているのでそれらを取り出し、すりおろし玉ねぎとりんごの入った残りは先ほど述べた材料を適量入れてたれとして煮詰めていく。今日はここにコチュジャンも少し。辛みが旨味を引き立ててくれる。
「川蝉先輩、羽斗のやついっつもこんなテキパキ動いてんのか?」
「うーん、大体そうでござるな。たまに上の空の時もあるでござるが、出てくる食事はほぼほぼ美味いでござるぞ」
「ん? 一回口に合わなかったか?」
「うん、カオマンガイにうっかり唐辛子を種ごと入れて全員が地獄を見たうっかりがあってでござるな」
「あー、あの異様に辛かったあれな。美味かったな」
「ですね」
椋鳥と目代先輩は平気だったか。俺も思い出したが、爆裂辛くて失敗を悟ったのだった。もう少し美味しく食べれる辛さじゃないときつい。辛みはひっでーとケツにも来るから本当に気を付けないといけない。
「羽斗、サラダは?」
「ふっふっふー、ありますとも!」
サニーレタスにキャベツ、トマトに海苔を掛けて和風ドレッシングをかけたやつ。
「おおー、店みたい」
「ただいまー!」「戻りました」
おや、珍しい。小春と桜子が一緒に帰ってきた。
「おっす、準備できてっぞ。改めて、小春。誕生日おめでとう! さ、焼肉だぞ!」
「おお! ホンマに!? 食べる食べる!」
「お肉……」
「桜子、野菜もあるから心配するな。焼肉のたれもできたし、食べるぞオラァ!」
ホットプレートに淡く油を塗って、焼肉パーティーの開始だ。
まずは牛、豚、鶏から焼いていく。返す回数は極力少なく。表面に焼き目がついたらひっくり返す。この時の目安は大体色が変わっているかどうかだ。全体がそれらしくなったら返して、焼いていく。
「牛オッケー」
「わーい」
全員が白米を消費している。あの目代先輩も、無言で食べているが、ん? と首を傾げた。
「何だこのタレ、初めて食う味だ」
「手作りのタレっすよ。市販のも買って来たんで、足すならこっち使ってください」
「おう。お前スゲーな、焼肉のたれ作れるとか」
「敷居高いって思われがちっすけど、案外そーでもないっすよ、料理って」
「おーう、羽斗。帰ったぞーってもう始めてやがるし」
「あんたが勝手にビール買いに行ったんっしょ、鶺鴒先生。つか学生の前でビールなんか飲もうとすんな」
「いーじゃんか。ご飯普通盛り」
「了解っすー。あ、これみんなのジュースな。四ツ谷サイダーが安かったから。お茶もあるから好きな方」
めいめいジュースを取っているようだった。桜子と、意外にも川蝉先輩はお茶の派閥だったようだ。
俺も自分の分を確保しつつ、焼くことに集中する。
続々ギブアップしていなくなる中、俺と小春だけになった。俺は自分で焼いてようやく本番といったところ。
「……気ぃ遣ってくれたんかな」
「それは分からん」
カリカリほくほくのじゃがいもに塩を一振り。うん、美味い。肉と食べると更に美味い。
「泰斗、焼いちゃろーか?」
「主賓は大人しくしてろ。……そうだな。ちょっと待て」
小さな箱を冷蔵庫から取り出した。
その箱を開けると、一人用のサイズだがホールのケーキがあった。オーソドックスな生クリームのケーキ。『おたんじょうびおめでとう!』と書かれたチョコレートのプレートに、七本のろうそく。一本は大きく、もう6本は細い。
セッティングし、火をともす。
「おめでとう、小春。生まれて、俺と出会ってくれてありがとう」
そう言うと、彼女は呆気にとられた様子だったが、つう、と頬に涙が伝う。
あふれる涙を拭うが、止まらない様子ではあった。箱のティッシュを渡しながら、俺は溜息を吐き、笑う。
「何泣いてんだよ、小春」
「……だ、だって、こんな祝われ方されたことない……うち、嬉しい……! 嬉しいんやけど、涙が、止まらんのよ……!」
「……そっか。その前に吹き消してくれ。ろうが垂れる……」
「うん!」
勢いよく吹き消す。おお、凄い心肺能力。細身のろうそくが倒れかかる。
「ありがと、泰斗!」
「おう。食べてくれ」
「一緒に食べよ」
「いや、俺まだ飯食ってるし……」
「んじゃ待つ」
「分かった。一緒に食おう。待っててくれ」
急いで食事を終えて、ケーキを突き合う。
「ケーキって久々。自分で買わんし……いつ以来やろ……」
「ま、いいんじゃねーの、特別感あって」
「このチョコのプレート保存しときたいなー。まぁ腐るか」
「だな。食べてしまってくれ」
「うん。……おいしいよ、泰斗。ケーキって、こんな味がするんやね」
しみじみという彼女の頭を撫でる。くすぐったそうにしていたが、受け入れてくれているようだ。何か、巷では微妙な行動の筆頭らしいが……どうしても、こうしたかった。
「風呂も準備してあるから、さっさと入って来いよ。俺は先に歯を磨く」
「うん、一旦部屋に戻るわー。ありがと、泰斗。ホントに、ホントに……嬉しかった」
「おう」
俺は歯を磨いていたら、上からまたバタバタと音が。
「た、泰斗!? ほ、ホントに買ってくれたん!? も、貰い過ぎや、うち……!」
「気にすんなっつってんだろー? 友達でもそれくらい俺はやるし、まして恋人の誕生日なんだぞ。気合入れるに決まってんじゃん」
「……泰斗ぉ……」
「また泣くー。いい加減慣れろ」
「だ、だって、うち、こんなに良くしてもらう理由が、彼女ってだけって……!」
「違うぞ。羽斗泰斗の、彼女。俺にとって友達や彼女は特別なんだ。もう少し、小春には自分は特別だって思ってもらわなきゃなー」
「……負けん」
「え?」
「来年の春、覚えとき! 絶対にすっごいお祝いするけん!」
「はいはい、期待しとくよ」
糸ようじを入れながら、俺は彼女に笑って見せる。それを見て小春も笑みを浮かべた。
「よし! 風呂入る!」
「いや、だから。ここで脱ぎだすのやめろ」
「えーやん別に。ていうか脱衣所やろここは。洗面台もあるけど。つかもうお互いの体で見てない部分ないやん」
「それでも理性とか羞恥心とか色々大事なんだぞ! 後下着姿でうろうろすんな! いくら女子寮だからって!」
「へーい」
分かってんのか……脱いだのをほいほいかごに入れて風呂に入っていったが。
モヤモヤしながらも、俺はとりあえず歯磨きのつづきをするのだった。まだまだホットプレートの片付けなど、やることは満載。
「よし!」
気合入れて片付けるぜ。
◇
不思議だ。
手の中のスパイクを見ながら、鵯小春は思っていた。
家族でもない、彼氏っていう友達を超えた存在が、誰よりも祝ってくれる。
家族間のやり取りは希薄だ。おめでとうのメッセージもないスマートフォン。ハルヤくらいは言ってくれるかと思ったけど、案外そうでもない。そりゃそーか、メアドとか教えてないし。
泰斗。
彼を思うと、好きという感情が爆発しそう。というか、していた。
大事にしたい。恋人って存在を。
なにが喜ぶかな。やっぱり、女体か。年頃の男子なんてそんなもんだと、椋鳥が読んでたレディコミ雑誌に書いてあった。たまにおさがりをくれる。
改めて姿見で自分の姿を見る。
そこそこ胸があって、スタイルは引き締まっている方だと思う。男受けは分からないが、告白はされたことは結構ある。だから、可愛くないってことはないんだろうけど。
自分の容姿を客観視したことがあまりない。だから、よく分からないでいた。
でも、泰斗は今の自分を好きになってくれたんだ。
それは自信につながる。今のままで、いいのか。そんな漠然とした問いの、アンサーとして。
でもそれとは別に、何かでお返ししたいという気持ちがある。
うーん、どういうものが喜ぶのだろうか。
商品券とか好きそうだけど、うーん……。そう言う感じのじゃなくて、もう少し特別感のある……。
「……よし」
キッチンに掛けられているものを思い出し、あたしは立ち上がった。善は急げだ。
◇
「で、裸エプロン……」
「うん」
悪びれもせず、照れもせず、しれっとそう言う彼女に頭を抱える。靴下まで脱いでいないのが何だか……分かっている感がある。
「あのな、お礼がそもそも肉欲ってのがどうなんだよ……」
「え、嫌なん?」
「嫌じゃないけど、俺が体目当てに貢いでるみたいで心境は凄く微妙」
「難しーんやね、男心って」
「まぁその恰好はアリだと思います」
「男の子やね、泰斗。する?」
「……します」
「そーこなきゃね」
後日、声を抑えろとあの目代先輩が肘鉄入れてくるくらいには盛り上がってしまった。ごめんなさい、マジでスンマセン……。
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