二話 幸せの青い鳥 1
「いやーひっさしぶりだなー、ていうか小さくなった!? 百舌鳥ちゃん可愛くなったなーおい!」
「あ、あまり撫でないでください、縮むかもですから……」
百舌鳥ちゃん。百舌鳥夢実。
桜子の元従者で、三人でよく一緒に遊んでいた。一個下で、今年受験のはずだ。
懐かしい再会に思わずお茶に誘ってしまった。軽く頷いてくれたので一緒に喫茶店に入ることになる。
クリームソーダを混ぜている百舌鳥ちゃんに、俺は訊ねてみた。
「受験勉強はいいのか?」
「パライソ学園に推薦入学が決まってますし」
「そら安心だわな」
「……泰斗くんは、何だか変わったね。ちょっとカッコよくなってた」
「ちょっとかよ!」
「うん。なんか男として余裕ができたというか。彼女でも出来たの?」
「おう」
「桜子様とお付き合いなさってるんですか?」
「いんや。小春って子と付き合ってるけど」
「な、何でですか!」
急に立ち上がった百舌鳥ちゃんだが、「すみません」と言いながら座りなおしていた。
「わ、わたしが言ったからですか……あの時、桜子様が金を配って人を遠ざけていたということを……」
「それがきっかけで、俺はあいつの告白を拒否した。それで、色々あって、同じ高校になったんだけど、ま、そんなことするやつはどうあってもマイナスなんだ――」
「――嘘、だったんです」
「は?」
「……泰斗くん。彼女は、確かに腹黒いですが……君の周りから友達が離れていったのは……わたしのせいです」
それは、あまりにも唐突で、信じられない言葉で。
呑み込めなかった。飲み込むことが、できなかった。
「……ははは、嘘だろそんな。桜子は認めてたんだぞ、それを」
「恐らく、肯定も否定もしていないです。わたしが……桜子様をアシストしようと、あなたと桜子様の悪評を撒いたんです。桜子様は……なにも、悪くないんです……!」
「……でも、桜子はそれを知っていただろう」
「多分」
「なら同じことだ。下がやったことの責任は上がとんなきゃいけねえ。……そのままにしてた、桜子の、責任だろう」
そう返すのが、俺はいっぱいいっぱいだった。
……彼女が、もし本当に何もしていないなら――俺はどれだけ辛辣に彼女を突き放した? どんなに非情になった? どれだけ……酷いことをした……?
「百舌鳥ちゃん、冗談キツイよ。あの時、百舌鳥ちゃんが言ったんじゃんか。桜子が俺に近づくやつに金を握らせてどこかへやったって」
「……あの日、桜子様と一緒に遊ぼうと思ってたんです。そしたら、桜子様は、泰斗くんと二人で一緒に過ごすことが多くなりそうだって。桜子様と、泰斗くんと、一緒に遊べなくなる。そう思って……わたしが……あの時、嘘を吐いてしまいました。それ以来、桜子様は家に引きこもりっぱなしで……わたし、しちゃいけないことをしたんだって……ずっと、謝りたくて……でも、もうあなたはお屋敷に来なくなって……わたしも、白鷺グループ解散で、別のお屋敷に雇われることになって……ごめんなさい……ごめんなさい……! 謝ってすむことじゃないですけど……!」
「……いーさ、別に」
俺は溜息を吐いて、カフェオレを飲んだ。甘く、そして苦い。舌に残るコーヒーの余韻を感じつつ、俺は一息入れる。
「それが本当だったとしても、俺は今に感謝してる。君があの時そう言ったから、俺は自分を変えることができた。自分を変えるようなきっかけになる出来事に出会わせてくれたんだ。あの時の感情も、その嘘も……何もなかったら、今の俺は存在してねえんだ。今、俺が小春と付き合ってることを間違いだと思ってないし、思うつもりもない。桜子がそれを黙認してたのも事実だし、だからといって俺への桜子の気持ちが変わるわけでも何でもない」
「何故ですか? 桜子様がお嫌いなんですか!?」
「嫌いじゃない。……嫌いになんか、なれない。でも、彼女より、今は俺の恋人の方が好きなんだ。俺に、人間ってやつを教えてくれた大恩人で、夢に向かって一生懸命がんばってる彼女の隣にいたいんだ。百舌鳥ちゃんが気にすることじゃない」
「でも……でもぉ! あんなに、仲良しだったじゃないですか! あんなに、愛し合ってたじゃないですか! キスだってしてたのに……! こんな、こんなのって……!」
「気にするなよ。君は俺にとって青い鳥のような人だった。桜子との出会いを運んでくれた幸せを運ぶ鳥。そして、俺を唆して新たな出会いへ俺を導いた幸運の象徴。俺と出会ってくれてありがとう、百舌鳥ちゃん。ずっと、お礼を言いたかった」
「聞きたくないです! わ、わたしは……わたしは……! さ、桜子様のところへ案内してください! 今すぐに!」
「それはできないね。パライソに入ってくるんだろ? もう一年、慙愧の念に耐えろ。それが、俺が君へ課す贖いだ。今君が話しに行ったところで、楽になるのは君だけだ。……桜子は、君を許すだろう。けど、俺は……ありがたいとは思ってるけど、君を許すつもりはない」
「……ありがとうございます……! わたしに、罰を与えて下さって……!」
「……ここからは雑談なんかしたいんだけど、どう?」
「……いえ、遠慮しておきます。冷凍品買っちゃいましたし」
「あ、やべ。忘れてた。俺もだわ」
「ふふっ。……連絡先、交換しましょう。たまにお話してもいいですか?」
「変なメッセージ送るから気を付けてくれ」
「そんなことしたらスクショして進学したら桜子様にばらします」
「はははっ、んじゃ下ネタばっか送ってやるわ」
「……ちょっと、意地悪に成長しましたね」
「まだまだ男子をしらんなー、百舌鳥ちゃんは。ほい、払いは俺だからな」
「ご馳走になりますね。……入学した折は、よろしくお願いしますね?」
「おう、優しくしてやんよ。そんじゃな」
百舌鳥ちゃんと別れ、俺はしばらく、十分くらいは立ちつくしていた。
「……嘘だろ……桜子、お前……」
小春への気持ちは揺るがない。
揺るがない、が……
桜子に、このまま顔向けできる気もしない。
夕飯後、桜子を小春の部屋に呼んだ。俺も入って、三人で話し始める。
俺の告白を聞いて、小春は真顔だった。そして、桜子は納得したような表情を見せる。
「……すまなかったな、桜子」
「いいんです。……それが事実ではないと、知って頂けたなら」
「んで、泰斗はどーすっと? 桜子と付き合うの?」
「それはねえな。俺は小春が好きだし。これは懺悔だ。桜子への。……だから、好きな人に見てもらって、勇気が欲しかったんだ」
「なるほどね。で、タカビー女、あんたはまだ泰斗にモーションかけるつもり?」
「ええ。わたくし、泰斗さんが振り向いてくれないなら独身のままいるつもりですし」
「こわー。でも、ま、泰斗を渡す気はないし。それでも、あんたは嘘を吐いてる。詐欺をしてるんよ、白鷺」
「……何に、でしょう」
「自分の衝動に。ホントは唇でも奪いたいんやろ? ま、させへんけど」
「……そうですね、その気持ちはないとは言いません。ですが、強引にされるのは泰斗さんはお嫌いみたいですし」
「いつの間にか泰斗呼びになっとるし、ホンマ油断ならんわアンタ」
「ええ、いつでも奪ってみせるので覚悟してくださいませ」
そう微笑んだ桜子の目には、涙が光っていた。
……これで良かった、はずだ。
「泰斗さん、好きです。ずっと、未来永劫――貴方に恋人ができても、結婚しても、いつまでも……。なので、時折でいいので、わたくしのことを思い出していただければと思います」
「言われなくても忘れねーよ」
……初恋の人だからな。
その本音を飲み込み、俺は立ち上がって踵を返した。
「ん? どこ行くん、泰斗」
「食器洗ってから友達の宿題代行のバイト」
「いてらー」
……百舌鳥ちゃんのこと言えないな。ホント。俺だけ楽になってんだから。どの口が言うんだって今から殴ってもらいたいわ、百舌鳥ちゃんに。
と思ってたら、Fineで百舌鳥ちゃんから。
『てすと。面白い返事を一分以内にしないと災いが降りかかるだろう』
とのことだった。相変わらずお茶目なやつ。
『人生が誰にもが用意されてる白ご飯なら、降りかかるのはふりかけくらいでいい』
と返してみたら、
『ナンセンス。お好み焼きにケチャップとマヨネーズの刑』
ときたので、『そんなー』と送っておく。
どういう味がするんだろうな、お好み焼きにソースではなくケチャップとか。いやそりゃケチャップとマヨの味がするんだろうけどもさ。合うんだろうか。今度やってみよう。百舌鳥ちゃんは特に意味のない冗談は言わないはずだし。物凄く微妙か、物凄く合うかのどっちかのはず。
「ん、ちわす、目代先輩」
「おう、泰斗か。貰ってんぜ、エビフライ。うめーな、これ冷凍?」
「わざわざバッター液作ってパン粉してくそ暑い中せっせと揚げましたが?」
「お、おう。お疲れ。うめーぞ」
「その言葉が聞けて満足っす! っておや、タルタルソースにウスターソースっすか」
「悪いのか?」
「塩分摂り過ぎじゃねっすか?」
「いーんだよわけーんだから」
「味噌汁もちゃんと食べてくださいっすよー、あれ入ってるワカメが塩分の取り過ぎを押えてくれるっすから」
「そうなのか、なるほどな……」
「まぁ乾燥ワカメの入れすぎも良くないんすけど。大体塩抜きできてなくてしょっぱくなるっす」
「ダメじゃん」
「何事も加減っすよ」
罪悪感に呑まれそうになっていたが、目代先輩と話をしているとそれも抜けていく。
「……ありがとうございます、先輩」
「は? 飯食わしてもらってるこっちが感謝しなきゃなんだが? おっまえ、なんかあったろ。まー聞かねーけど……なんか困ってるなら言え。物理なら大体どうにかしてやるから」
「物理じゃねーんで遠慮しときます。……おやすみっす、先輩!」
「おう、ちゃんと食って歯ぁ磨いて寝ろ。寝りゃ忘れる」
目代先輩のぶっきらぼうな優しさに背中を押されるように、俺は洗面台で歯を磨こうとそちらへ向かうのだった。
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