四話 溜息と微熱 4
「うぐぐ……」
試験の緊張からの解放から、だったのだろうか。それとも、あの時タオルケットだけだったのが良くなかったのか。
椋鳥と作ったカレーを一杯だけ食べて小春は自室に向かった。けれども、日曜の夜、彼女が一向に起きてこないので向かったら発覚した。
熱があるらしく、大事を取って休んでいるそうなのだ。本人的には大したことはないらしいのだが、変に無理をしても無駄な怪我を誘発する、と語ったのは小春本人。意外にも弁えているらしかったが、それは理屈の話だ。本人は風邪でのダウンを屈辱的で練習ができない日だと鬱陶しく思っているらしい。
「でも仕方ねーよ、熱なんだから。ほら、風邪薬飲んで寝な。玉子雑炊作って来てやっから」
「ありがと、泰斗」
「気にすんなよ。他に食いたいもんある?」
「あー、スポドリ……」
「分かった。寝とけ」
「うん」
満足そうに布団に入る彼女。
「スポドリねえ」
近所に自販機あったからそこまで行くか。遠出して待たせるのもアレだし。
外に出ると、目代先輩が原付を押してきていた。
「あれ、目代先輩。どしたんすかそれ」
「ああ、後輩が原付二種買ったからっつってもらって来たんだよ。お前乗るか?」
「マジすか!? 助かるっす!」
「おう、自賠責も入ってっから。ま、今日は乗るな。個別で保険に入ってからにしろ」
「生協の原付の保険に入るっす」
「それがいい。あ、一応名義はあたしだかんな。ゼッテー事故んなよ」
「気を付けます」
「ん。ほら、スペアキー持っとけ。あたしとお前くらいしか使わんだろうし……」
「なんかえらい丸っこいですね、これ」
「ヴィーノっつったかな……まぁ、このレトロな外観が人気なんだと」
起動してみる。おお、一発で起きた。この外観といい、距離といい……新車に近くないかこれ。
「よし、ちと試運転してくる。買うもんあるか?」
「あ、それならスポドリを。小春のやつが熱出してて」
「ああ、鵯か。分かった、行ってくる。たまにゃあたしもお前に貢献してやんよ」
「俺のメシおいしそうに食ってくれるだけで随分嬉しっすよ?」
「お手軽かお前は。もう少しワガママいえ、後輩らしく。んじゃな」
そそくさと半ヘル被って行ってしまった。俺も自分用のヘルメットくらい買おうかな。
「よし、卵雑炊作るか」
レシピ自体は単純だ。
出汁を作って洗ってぬめりをとった白飯を投入、味を調えて沸騰したら卵を回しいれて蓋をして十秒待つ。
少し凝ってみようか。白だしと薄口しょうゆで大体の味を決めて、そこにもも肉を細かく刻んで少し入れて、余ったものは叩いてネギの白い部分と一緒に、片栗粉、すりおろし生姜を入れて混ぜ、鶏団子に。それも入れていく。
鶏の出汁、白出汁、生姜が効いたなんともいい匂いが漂う。普通に美味そうだ。風邪の時は小粥がいいとか聞くが、あんなものは食が進まない。梅干しとか醤油じゃことかなければ味が薄すぎる上に単調で微妙過ぎる。俺は春の七草も嫌いだ。強制的に粥になるから。
雑炊の方が味ついてるし食べやすいし、滋養強壮の卵まで摂れる。完璧な食い物だ。スーパーパワーフードだろう。
よく雑炊とおじやについての違いを聞かれるが、白飯を洗うか洗わないかで如実に違いが出る。よく洗うとサラッとした雑炊に。洗わないと粘り気が溶け出てどろっとしておじやになる。味は大体一緒だ。
よし、完成。豪華版鶏雑炊だ。
「よーっす。ほらよ、スポドリ。お大事にって伝えとけ」
「うっす、あざっす、目代先輩!」
「おう。……雑炊? 量多くねえか?」
「あー、ですかね……」
いつもの鍋の〆みたいに作ったから確かに量があった。病人には厳しいか。
「ちょっともらっていいか?」
「うす」
三分の一ほど持ってってもらうことにした。何かその場で食ってるし。
「んお、うめえ! さすがだな、羽斗! こりゃ温まるし元気出るぜ」
「どもです。俺は持ってって行きますね」
「おう」
小春の部屋にやってきた。スポドリを小脇に抱えながら、両手で土鍋を持ち、もう片方の脇には鍋敷きが。
ローテーブルにそれらをセットすると、のそのそと小春が起きる。
「んー、いい匂い……」
「食べろ。んで温まれ。ほら、スポドリも」
「うん。……あー、ボカリかー。ラクエリの方が良かったなー」
「文句言ってないでさっさと食え」
「はーい」
レンゲで雑炊を食べて、目を輝かせた。
「おお! こんな美味しい雑炊初めて食べたかも!」
「お前、冬は期待しとけよ。俺の水炊きの〆に作る雑炊はこんなもんじゃねえぞ!」
「めっちゃ楽しみ!」
「ちなみにスポドリは目代先輩が買いに行ってくれたから今度礼言っとけ」
「うん、そーする。美味い……!」
はふはふ言いながら雑炊を食べる小春を眺めつつ、俺は翌日の特売のチラシ(電子)に視線を配る。
「なんか面白い特売あるん?」
「うーん、このガリガリちゃん七本セットが百七十五円なの熱いな」
「おお、安い!」
「皆が食っていいアイス枠も作るか、そこそこ節約できてるし」
「それはいいかも、最近あっついし」
しばらくして、「ご馳走様」とレンゲが置かれる。
それらをまとめて引き上げようとして、小春は「あ」と声をあげた。裾を引っ張られていた。小春自身も意図したわけではないらしく、自分の行動に一番驚いている。
「ご、ごめん」
「……いつまでいて欲しい?」
「…………じゃあ、寝付くまで」
「しゃーねーな。さっさとベッドに行け」
「歯を磨いてから」
「……おう」
彼女はそそくさと出ていって、十分後くらいに帰ってきた。ベッドに寝転がり、薄い布団を引き上げる。
「……手」
「?」
「握ってて、ほしいかも、しれない」
あー、分かる。何か病気の時って不安になるよな。
俺は小春の手を握り、彼女の頭を撫でる。
「ちょ、うち風呂入ってないのに……汚いんよ……?」
「病人がいっちょ前に気なんか使うな。寝ろ。全快してから、色々聞いてやんよ」
「……うん」
嬉しそうに微笑み、十分後には完全に寝入ってしまっていた。諸々を片付けてから、俺も歯を磨いて深夜、風呂に入る。
風呂はいい。いつもはシャワーで済ませがちだが、ちゃんと湯船に浸かっているとじんわりと疲労が溶けていく感覚がある。
「小春でも風邪ひくんだな」
意外といえば意外だった。
そういえば、ハルヤも病気がちだって聞いたな。そのくせ、妙に力は強かったっけ。子どもの頃とは言え、健常な俺と殴り合って、しかも勝つような奴だからな。
「……」
気になる。
小春という人間が気になるし、何より、俺の中のハルヤは……小春ではないのか。でも、符合しない点も絶対にあって、モヤモヤする。
俺は風呂を出て、男子のグループチャットにメッセージを飛ばす。
『助けてほしい』
秒で返事が返ってきた。
『言え』『どうした』『羽斗、遠慮せずに言え』『マジでどうした』
『俺、ハルヤってやつ探してるんだけどさ。見つけたら教えて欲しい。十歳の頃、金髪だったことくらいしか手掛かりがないんだけど……』
『そんだけありゃ充分』『待ってろ。近辺当たってみる』
『ついででいいよ、あくまで。見つからなかったらそん時はそん時だから』
チャットでそう打ったが、結局は本日中に返信はこなかった。
「ま、見つからねーわな、そう簡単には」
そう呟きながら、俺は何の気なしに寝にいるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます