四話 溜息と微熱 2

 期末は二十七位に終わった。ちょっぴり余分に勉強できたので、それが功を奏した感じだ。笹見も俺の作ったヤマが当たって泣いて感謝してくれていた。中間はちとズレたから、面目躍如。小春も赤はなかったらしく、あからさまにホッとしていた。


 桜子は七十二位。学年で二百人いるので上の方ではあるが、なんだか意外な順位だ。好成績を獲りそうだったのだが、まぁ、不思議ではない。


 慣れない環境下、バイト……彼女の足を引っ張るのには充分すぎる事柄が続いているのだから。


 期末の打ち上げを兼ねて、小春、椋鳥、桜子とファミレスに来ていた。桜子は来たことがないらしく、ちょっと周囲を見渡したりそわそわしている様子だった。椋鳥は意外にも大人しい。来たことないだろうに。小春は早速ドリンクバーでオリジナルミックスジュースを作るようだった。


 置かれた大盛りポテトと唐揚げをめいめい摘まみつつ、俺は椋鳥に会話を投げる。


「意外と簡単だったな、期末」

「ええ。おかげで全教科、満点を取れました。同率一位が三人です」

「うわぁ……ホンマなんそれ……椋鳥凄いわ……」

「昔から頭よかったですもんね、梢は」

「取り柄といえばそんなものなので。桜子はどうでしたか?」

「まぁ、成績は落ちましたね。次からは取り戻してみせますが」

「桜子、実家の資金繰りはいかがでしょうか」

「大分回復してきているみたいです。白鷺グループも持ち直していますね、従姉の結婚で」


 社交界のことは全く分からんので、ノータッチ。俺は小春を見る。


 ポテトをもそもそと食べているようだったが、こちらの視線に気づくと、ニッと笑った。俺も微笑み返す。


「お待たせしました、チョコレートパフェでございます」


 俺が片手を挙げて応じる。意外そうな目で見られたが、甘いものを男が頼むのが珍しいとか偏見も甚だしい。


「泰斗、ひと口ちょーだい。あーん」

「ほら」

「んむっ。あまっ! なんか疲れが取れてく気がするわー」


 そういう小春は満足そうに、ポテトを摘まむ。甘いものとしょっぱいもののループか。永遠に食えるよな、分かる。


 俺もそのままパフェを掘り崩していると、俺の隣にいる桜子が真っ赤な顔をしてこちらを見ていたのに気付く。


「どした、桜子」

「か、か、間接キス、では……?」

「気にするかいなそんなもん。なー? 泰斗」

「ちょっと気になるがまぁ別にいいだろ。お互い、歯を磨いてるのもちゃっかり見てるし」

「って衛生基準かい。もう少し男女の純情的なのがあるやろ?」

「頼むから意識させんな……」


 今頃になって顔が熱くなるし。そっぽを向く俺を、ニヤニヤと楽しんでいる小春。


「わ、わたくしにも、あーんを……」

「お前は同じパフェを頼んでるだろ桜子」

「羽斗さん、してあげてください」

「椋鳥に言われちゃしゃーないな。ほら」

「!」


 嬉しそうに口を開ける桜子に適量を盛ったスプーンを突っ込んでやる。


 味わっているようだったが、そんなことをしていたらアイスやら諸々が融解してしまう。俺はそのままスプーンをパフェに突っ込んで掘削し、残骸を口に運ぶ作業に徹する。


「照れていますね、羽斗さん」

「だから、お前らな。俺で遊ぶな」


 ただ甘いパフェを掘り、たまに唐揚げやポテトを摘まむ。

 そうこうしているうちに、小春が頼んだパンケーキ、椋鳥が頼んだビッグハンバーグ定食、桜子が頼んだイチゴパフェが出揃い、各々消化していく。


「はい、泰斗。あーん」

「あのな、小春……まあいいけど」


 パフェを食べているからか、甘みは感じなかったがバターの塩気を感じることができた。うん、普通だ。自分で焼いた方がそれなりになるだろう。


「は、羽斗さん、わたくしのもあーんを……」

「いや、もうクリームは要らん……」

「やめてあげなさい、桜子。本気で嫌がってます」

「むう……」


 桜子は渋々差し出したスプーンを自分で咥えた。

 そして、「にしても」と切り出したのは椋鳥だった。


「今回は意外な収獲でした。羽斗さん、あそこまで出来るならテスト前に問題を作り合って交換するのやりませんか? あれ割合楽しいですし」

「いいぞ。つか、俺ばっか得しねーか? 俺は普通コースだし、普通の内容だけど、いいのか?」

「ええ。より思い出せるでしょうし、むしろお願いしたいくらいです。テスト前の確認の意味も込めてみておきたいですし」

「わりーな、椋鳥。今度のカレーにはお前の大好きなハンバーグも作っておいてやるぞ」

「羽斗さん、アナタはカレー王国にやってきた神です……!」

「ヤダなそんなスパイス臭そうな神様……」


 珍しく目を輝かせて言ってきた言葉がそれかい。


「帰ったらカレー作るからな。椋鳥、準備しとけよ」

「はい、頑張ります」

「えー、なん椋鳥。料理覚えると?」

「ええ、まあ。カレーを作れるようになっておきたくて」

「立派な心掛けです、梢」

「桜子もどうですか?」

「お前は包丁を持つなとずっとお父様や使用人に言われておりましたので……」

「なるほど」


 椋鳥は納得していた。確かに、何で出来ないの? というレベルのやからは決して少なくないからな。見てたらできるだろと思わなくもないけど、できないやつもいるのだ。瑠璃ちゃん先輩みたいに、簡単そうに吹いてるトランペットが実はメチャクチャ難しいように。一回吹かせてもらったのだが、マトモに音すらならなかった。ハトと少年を吹いたあの少年の凄さをマジマジと思い知る。


 なんか悔しかったのでコツをネットで仕入れてリベンジしたいと思う。


「よし、材料はあるからなくなってたルウだけ買って帰るぞ。あ、お前には選ばせないからな、椋鳥」

「どうしてですか?」

「ジャマカレーの黒いやつしか買わんだろ……」


 家庭用ルウの辛さのリミットである5を凌駕する6という劇物だから仕方がない。これでも椋鳥は美味しく食べれる範疇なのだそうなのだが、瑠璃ちゃん先輩は一口でノックアウト。小春も水を大量に飲む始末で、桜子に至っては匂いで辛いと体が拒否していたらしい。川蝉先輩が戻ってくる前の事件だった。ちなみに目代先輩は平気そうだった。鶺鴒先生は知らないが、あのルックスに味覚は辛い物得意ではなさそう。悲鳴を上げている姿を思い描いてしまった。


「あれは美味しいのですけどね」

「辛すぎ! あれは無理!」

「同じくです。厳しいとしか言いようがありません」


 小春と桜子の猛烈な拒否に仕方なさそうに溜息を吐いている椋鳥。


「諦めます」

「どっこい、別にそれも買っていいぞ。出来たやつを小分けにしてそこにルウを突っ込めばいいんだ。ちょっと洗い物が増えるが、別に俺は気にしねーし。やるか?」

「やります!」

「よし。食い終わったらちゃっちゃと買い物行くぞ、椋鳥」

「がってんです」

「来るか? 桜子、小春」

「勉強するので行って来てくださいな」「うちもランニングがまだやから。あ、泰斗。ついでにうちの荷物盛って帰っとって。後ポテチ、ノリ塩」

「おう、分かった。気を付けろよ、お前ら」


 そうして、すっかり冷めた最後の唐揚げを、俺は胃袋に収めるのだった。

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