三話 爆弾 3
今日の朝はオムレツサンドにミネストローネ、各員にハム三枚。今日はドリンクが変わり種で、特売で買って来た懐かしのミルメークだ。
瑠璃ちゃん先輩がいない代わりに、川蝉先輩と小春がのんびりと朝食を摂っている。瑠璃ちゃん先輩はさっさと食って歯を磨いて行ってしまった。
「このオムレツサンドうまー! 隠し味はなんね、泰斗」
「薄くマヨネーズと黒コショウ振ってっから、舌がチーズや卵、バターの旨味でボケないんだ。どした、小春も興味あるか?」
「いや、ない! 聞いてみただけ」
「さいで」
……。小春に聞いてみるか。
「小春、昔の俺はどんなだった? 殴り合いしたろ?」
「ん? 殴り合いなんかしてへんよ、遊びのことで揉めたりはしたけど。あんたは何か言いたそうにしてたけど、ふと何かを思い出して、必死に何かから変わろうとしてた。それは覚えてるかな」
……それは、主にハルヤが帰ってきてからの出来事だ。
ハルヤがいなくなって、もう一回会ったら、最悪だった自分から変われるように、理想の自分になろうとしていた。
今はそんな努力が日常になり、そして自然へと昇華したので、今はこうなのだが。
俺とハルヤは確かに殴り合いをしたのだが。……ハルヤじゃない。本当に……小春。お前は一体……?
「ありがとうございましたー!」
桜子の可愛い声が飛ぶ。最初から声は出ていたが、良く通るその声は状況を把握しやすい。バイトも三回目に突入し、桜子も大分慣れてきた。要さんも何も言わなくなり、慣れていった従業員として扱っている。それだけ桜子の飲み込みが速かったのだ。
「はい、泰斗。スポドリ飲んどきなさい」
「あ、スンマセン、お金……」
「いいの。その代わり、あの話を前向きにね」
「うっす」
「あの話……?」
桜子が耳ざとく聞いたのを、顔色一つ変えずに要さんが話す。
「将来、ここで修業しないかって話。飲食店を開くつもりはないけど、うどんとかも自作してみたいらしくて。大学には行かないみたいだから、うちで修業しない? って誘ってるの。彼が平日もフライヤーに入ってくれたら大助かりだし」
「は、羽斗さん! 大学には行った方がいいと思います!」
「大学で学びたいことなんざ一つもない。借金してまで国語数学理科社会をやる気はねーの。だから、働いて、調理師の資格と、後管理栄養士も取りたいかな。で、それを取るには実地での働いてた実績がいるから、ここで働かせてもらうわけ。桜子こそ将来どうするんだ?」
「……考えて、なかったです。大学に行くと漠然としか……」
「そろそろ考えておくのもいいんじゃない? 泰斗みたいに、やりたいことを見つけておくのも悪くないわよ」
「そういや要さんは何が目標なんすか?」
「このお店を守る。それ以外ないわ」
おお、かっけえ。サラッと言って業務に戻っている。俺もフライヤーに戻った。桜子は少し考えていたみたいだったが、すぐに呼ばれてそちらに向かったようだった。
バイトも終わり、ジュースを飲みながら帰る。
桜子はりんごジュースをよく飲んでいる。俺はスポドリかコーラだった。他は炭酸飲料が多いが、それは単にコンビニの新作が多いから自然と炭酸になるだけ。
俺は今日は温かいカフェラテを飲んでいた。汗をかきすぎたせいか、少し肌寒い。
「……わたくし、羽斗さんと同じ大学に行きたいです」
「だから、俺は大学には行かねっつってんじゃん。俺はやりたいことあんの。お前も自分の都合で人巻き込んでないで、自分のやりたいこと探せよ」
「……わたくしは、羽斗さんといたいんです」
「俺は特にそういうのお前に抱いてない。お前の頑張りは間近で見ていた。凄いと思うし、人として少し尊敬もしてる。けど、俺がお前を好きになることはない」
「どうしてでしょうか。どうして……昔のことなら、謝ります。あの時は、わたくしが間違ってました」
「でもお前は、後悔はしてないんだろ?」
「……はい」
「なら話はそれで終わりだ」
「だって、羽斗さんと会えたんですもの。あの時、羽斗さんを選びに行って、どんな手段を使ってでも二人で過ごしたかった。この気持ちに、あの行動に後悔はないのです」
「自分本位の行動を省みないで、人に与えた危害を都合の良い恋愛に昇華しないでくれ。そういうところが幻滅だって言ってるんだよ。分からないか? そういう自分本位が根底にあるうちは、お前に俺が振り向くことはない」
「……」
悔しそうにしている彼女を置いて俺は歩き去る。
何故、こんなにモヤモヤしているんだろう、俺は。本当は、変わりつつある彼女に優しい言葉を掛けてやりたい気持ちもあった。けれども、彼女が過去を是としているうちは、俺は彼女とは関わりたくない。
本来なら、食事の誘いの時にバサッと拒絶しておくべきだった。俺の中で、桜子に対して、何か未練があるのだろうか。
今でも、髪色が変わったが初恋のあの姿を見て、胸が痛む時がある。
……女々しい。いつまで引きずってんだ。
俺は先を行く。それを、桜子は追ってくる。
それっきり、二人の間に会話はなく。
さながら、手の中のカフェオレのように、冷めきった時間が流れるのだった。
「ん? よう、椋鳥」
スーパーで珍しい姿を見つけたので声を掛ける。彼女は俺に気づくと、嬉しそうに微笑んで駆け寄ってきた。
「羽斗さん。お買い物ですか?」
「そうそう、そんで福引やっちゃおうかなーってさ。十二枚もあるんだぜ、テンション上がるよなー!」
「福引……景品はなんでしょう。ついて行っていいですか?」
「おう、こいこい。ついでに夕飯のりくえす……いや、いい。カレーだったな」
「です」
「バターチキンにするか。毎度ルウ使った奴も芸がねえ」
「ほほう、楽しみです」
二人して歩く。椋鳥は清楚系美少女で制服姿。行く人来る人が彼女を見ている。ちょっと隣を歩くのを躊躇いそうになるくらいだ。
会話をしないのも変なので、聞きたかったことを聞いてみよう。そういや、最初に会った時以外、椋鳥と一対一で話したことがない。
「椋鳥はどんなカレーが一番好きなんだ?」
「どれも好きですが、やはり羽斗さんの作る家庭風カレーが一番ですね。美味しいです」
「そーかそーか。可愛いやつだな椋鳥。今週末の家庭風カレーの肉を決めさせてやろう」
「では、豚肉で。豚小間のカレーがとてもおいしいです」
「ほー、庶民的だな。ここぞとばかりに高いものを選んでも大体は応じるぞ」
「いえ、下手な場所で買うと脂ぎっていて食べれたものではありませんし、高いお肉って。こういうスーパーで二千円も出して買ったお肉を一度焼いたことがあるのですが、もうそれは凄くウッと来る味で……」
「自炊しようとしてたんだな」
「三日で挫折しましたけどね」
「しようとしただけ立派じゃん。あいつらはそういう姿全く見えんしな」
「ですかね。ごくまれに川蝉先輩がシチューとか作ってました」
「ほほう、あの人はそれなりにできるんだな」
「あんまり美味しくなかったですけど」
「辛口だな、カレーの好みと同じく」
彼女の買い物かごは、スナック菓子などが入っていた。買いこんではいないが、それなりに重そうだったので、かごをひったくって先を急ぐ。
「も、持てます!」
「アホ、ここに労働力いるだろうが。使え使え。それに、俺がやりたくてやってんだ。持たせてくれ」
「……分かりました。羽斗さんは困った人ですね」
「そうだろ、覚えとけ」
快活に笑いつつ、レジを。さすがに会計はしてやらん。椋鳥の取り出した財布は意外にも薄い……が、万札が結構入っていた。羨ましい。
会計を済ませ、椋鳥も福引券を一枚入手したらしかったので、福引所に向かう。
「お、いつも大量に買うにいちゃんじゃん。やってくか?」
「十三回頼むぞ」
「おう、十三枚確認」
先ほどの買い物で一枚増えた。
椋鳥も一枚差し出した。
「あいよ、嬢ちゃん一回な! なんでえ、にいちゃん。可愛い嬢ちゃん連れてるじゃん」
「まぁ色々とな。んじゃ、先良いぞ、椋鳥」
「そうしますね」
福引のラインナップ、金の特賞が温泉旅行ペア招待券、銀の一等がナプフォン15pro、銅色の三等が最新ゲーム機テンテンドースイッチ、赤の四等のお米券三万円分、青の五等の商品券二万円。狙いは四等、それから五等か。
お、赤色。
「はーい、四等のお米券三万円ぶん! おめでとう!」
「むう」
「後で買い取るぞ。さて、俺は!」
ティッシュ、ティッシュ、ティッシュ、ティッシュ、ティッシュ、ティッシュ……
「おい、白しかでねえじゃねえか!」
「後三回あるだろ、当たるだろなにか」
「くっそー」
外れ……お、青だ!
「商品券ー、やったなオイ!」
「いぇええええい! やったぜ!」
「後一回、ウイニングランしちゃえ!」
「よっしゃ、椋鳥。一緒に回すぞ! 女神のパワー貸してくれ!」
「はあ……」
椋鳥と一緒に取っ手を握る。思ったより柔らかい手の感触に少しドキドキしながら、回した。
……金だ。
「お……大当たりー! 特賞おめでとう!」
「あー……。一番いらねえの来たな。椋鳥、お米券と交換してくれ」
「行ったらいいじゃないですか。土日ですし」
「バイトがあんだよ」
「休めばいいでしょうに。お金に余裕がないのですか?」
「いや、そういうわけではないんだが……」
「だったら行ってください。ワタシは結構ですので」
「いや、エトワール荘の面子を誘うわけにもいかんでしょ……男女で旅行とかフツーにアウトだって。ハァ……笹見と行くかな」
「鵯さんを誘っては? 仲良さそうですし」
「いやー……一応男女だぞ? 小春は可愛いし、何かあったらどうする」
「何かすると?」
「いや、誓って手は出さんけど」
「ならいいじゃないですか。日ごろの疲れをいやすのも大事ですよ。正直、家事に傾倒し過ぎてて倒れるんじゃないかって心配だったんです」
「そんな柔じゃねーって」
「いいですから、リフレッシュしてきてください。カレーを作っておいていただければみんな凌げますので」
「……」
俺は手の中に入った高級そうな券を握り、ほとほと困り果てるのだった。
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