三話 爆弾 2
「というわけで、川蝉由美でござるー。作業で缶詰してたでござるが、よーやっとかえってこれたでござるよー!」
日曜。夕飯の席に集まっていた川蝉先輩がそう自己紹介してくれる。風呂には入ったらしく、いい匂いがしていた。
「オッス、羽斗泰斗っス。一万円徴収させてくれるなら、このグレードの飯が朝と夕方に並ぶっすけど」
「うん、払う払う。このピーマンの肉詰め美味しそー! 早く食べようででざる!」
「おっす、んじゃ頂きます」
めいめい、頂きますと呟いて思い思いの料理に手を伸ばす。今日はひじきと大豆の煮物、乾燥麩とわかめ、玉ねぎの味噌汁、ピーマンの肉詰めに明太玉子焼き。
「んーっ! 昨日の弁当の段階で分かっていたでござるが、美味いでござるな!」
「どうもっす。川蝉先輩もたくさん食べてくださいっす」
「あはは、敬語なれてないならいいでござるぞ」
「あ、そう? 助かる。アルバイトで覚えようとはしてるんだが、中々使えなくて……でも極力頑張るぜ!」
「まぁ、追々覚えていくでござるよ。で、桜子ちゃんもよろしくでござるぞ!」
「ど、どうも」
「ねー泰斗君、ピーマンの部分食べてよー」
「あーもう、瑠璃ちゃん先輩、好き嫌いは良くないっすよー。まぁ、乗せといてくださいっす、食べるんで」
「ありがとー! やっぱり泰斗君いい子いい子!」
「ほほー、あの瑠璃も心から懐いているでござるか。羽斗君はいい人みたいでござる」
「いいやつかどうかは分かんねっすけど……麦茶いる人ー」
『はーい』と俺以外が全員返事したので、耐熱ガラスのコップに注いでいく。氷も二個ばかり入れて全員に配る。
「むむ、この肉詰めのソースがいいでござるな。これはどうやって?」
「肉汁が出たフライパンにウスターとケチャップ、醤油とちょっとのミリン入れて煮詰めたものだ。あ、コショウも少し振ってる」
「ほむほむ。今度やってみるかな」
「川蝉先輩は料理するのか?」
「なはは、材料費の方が嵩むからあんまりしないでござるな。まぁたまーにね」
「いつか食ってみたいっす、女子の手料理!」
「そんないいもんじゃないでござるぞー。羽斗君の料理みたいに美味しいわけじゃないし」
「いやいやいや。浪漫ですよ、女の子の手料理って奴ぁ!」
「年相応なところあるねぇ。ちょっと老成してる感じなのに」
「え!? 俺老けてるんすか!?」
「いや、そうじゃなく。雰囲気が落ち着いているなーと。言われない?」
「初めて言われたッス。でも、なんか大人っぽく見られてるの悪くないな」
「うん、褒め言葉」
「泰斗は他の男子と違ってがっついてないのがええんよなー。ちゃんと自制できとるし」
「羽斗さんはカレーを美味しく作ってくれるので好ましく思ってます」
椋鳥、そんな理由で好ましく思ってたのか。別にいいけども。
一同の視線は、桜子に向いた。こほんと咳払いを糸、桜子は笑みを繕う。
「素直なところが可愛いと思います。そして、非情になりきれない。とても暖かい人です」
「素直だぞ。だから、改めて言うわ桜子。俺がお前を好きになることはない」
「それを覆すのが面白いんじゃないですか。改めてわたくしも言いますね。惚れさせますので、お覚悟を」
目を細めてそういう彼女を俺は一笑に付して、焼きピーマンを食べる。
どこか苦い味を舌に覚えつつ、それを噛んで、飲み下すのだった。
あれは、いくつの頃だったか。
桜子の夢を見ていた。まだ黒髪の少女だった彼女は、もちもちのほっぺを突くと嫌がっていたが、好きにさせてくれていた。さっちゃんとクソ面白くもないあだ名を、彼女は嬉しそうに聞く。
それが、当たり前だった。
いつの間にか、さっちゃんとばかり遊ぶようになっていて。違う、私立の学校に通っていて、遊ぶのは大体公園で。時間が許せば、彼女の家に遊びに行くようになっていた。
大きな屋敷。百舌鳥ちゃんとさっちゃんと一緒に、外で、ドレスが汚れるまで遊んだ。
最初は公園でみんなと遊んでいたんだけど、いつの間にか、俺とさっちゃんだけになっていた。理由を聞いても、分からないし、さっちゃんだけでいいと思っていた。子どもながらに立派に入れあげていた。
その時だ。ハルヤと出会ったのは。
当時の俺は頑張ってるやつが嫌いだった。分からなかったから。どうして一生懸命になれるのか。大体、出る杭は打たれるし。長いものに巻かれてればどうにでもなる。
可愛くてお金持ちなさっちゃんとだけ仲良くしていればいい。
盲目的にそう思っていた俺は、場所取りでハルヤともめて、久しぶりの殴り合いの喧嘩をした。
「お前、ふっざけんなよ! お前は、何をがんばってるんや! がんばってないやつが、がんばってる奴を、バカにすんなや!」
その言葉は、拳よりも俺の胸に突き刺さった。図星をつかれた俺は、より怒り狂ったが、結局殴り負けてしまうと同時に、俺は悟った。
俺は、頑張ってるやつが羨ましかったんだなと。
そして、それを話すと、百舌鳥ちゃんに言われた。もう来ない方がいいと。金の威を借り、俺を確実に落とすために、周囲に金を払って二人きりの状態を築いたと。あの子には近づかない方がいい、白鷺家の息が掛かっているから。そう言ったうわさを流し、さっちゃんは俺を孤立に追い込んだ。その事実は、その時に教えてもらった。
さっちゃんと遊ばなくなってしばらくして、さっちゃんが公園に来た。問答無用で引っ張られて、言われた。
「好きなの、泰斗くんが……!」
けれども、俺は知っていた。彼女の薄らぐらい行動を、何もかも。
だから、一縷の望みをかけて、直接言った。
「俺を一人にしたのは、さっちゃんなの……? 他の友達に俺に近づくなって言ったの、さっちゃんだったの……?」
そう言うと、彼女は微笑んだ。……微笑んだのだ。
「だって、わたくし以外、要らないでしょう?」
背筋が粟立ったのを覚えている。そして、どうしようもなく彼女に嫌悪感を持ってしまった。「一緒にいたくない、俺は君を好きになれない」と、本当は言いたくなかった本音を言ってしまうくらいには。
衝撃を受け、自分がしたことをようやくさっちゃんは気が付いたようだった。けれど、俺はもう彼女の取り巻きではなかった。
ハルヤに殴られて、俺はようやく人間になれた。人を認めることができるようになって、努力を肯定できるようになって、自分がそれをするのにもためらいを持たなくなって。
桜子といた時間を埋めるように、今度はハルヤとその友達と一緒に遊ぶようになった。
そして、桜子がどこかに転校した。同時期に、ハルヤも、どこかに行ってしまうと言っていた。
けど、ハルヤはすぐに帰ってきた。
親友の証拠に、あだ名のハルって呼べと言われて、俺とハルは一緒に色んな事をして遊んだ。
けど、ハルは同じ学校じゃなかった。私立の小学校に通ってて、そして――中学からは全寮制だから会えないと。そう告げられた。
俺は裏切られた気分だった。親友じゃなかったのかよ、といったけど、彼は泣いて謝りながら、去っていった。
……ハル……
男の幼馴染を思い出して、そう溜息を吐く。
何もかも。過去だ。
今、俺の前には、桜子がいて。そして――小春がいる。
ハルヤじゃないなら……お前は、誰なんだ、小春。
俺の親友は、ハルヤだけだ。でも、小春は俺の事を親友だったと言っていた。
なんなんだろう、この食い違いは。
「んお……」
汗びっしょりだ。
朝、シャワーを浴びる。そんな中、寝ぼけ眼のやつが扉を開けた。
「うわぁぁああああ!? た、泰斗君!?」
「何やってんすか瑠璃ちゃん先輩……」
すっぽんぽんの彼女が真っ赤になって慌てている。
「わ、私は日課の朝シャンだよ!」
「早くねっすか?」
「今日から朝練があるの!」
「そっすか、早く出るんで。飯も作るぞ」
「よ、よろしく……それで、やっぱり泰斗君も私小さいって思う?」
「かわいっすよ。……つか、早く扉閉めて。色々、その、あるんで」
「あ、ごめん」
「三十秒後くらいに出るから下着くらい付けてて」
その後、きっかり三十秒後に俺はシャワーを出て、朝食を作りにかかる。
白かったな、肌……。なだらかなシルエットだったが、丸みを帯びていて、やはり男性とは根本から違う。すべすべしてそうで……
「あーもう! 忘れろ忘れろ!」
全てを頭から追いやって、俺は下着姿の瑠璃ちゃん先輩を極力見ずにキッチンへ向かった。
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