三話 爆弾 1

 男子寮でまとめ役をやっていた、三年の西宮淳という人物がいる。


「はぁ? 修羅場に差し入れ?」


 問いをオウム返しすると、困ったような、憔悴したような声が聞こえる。


『コンビニに行く余裕もなくてな……。同人イベントがあるのだが、合宿所に缶詰してるんだよ。もう五日も風呂入れてない。頼むよ』

「西宮先輩のお願いならしゃーないっすね。つか剣道はいいんすか?」

『そっちも問題ない。今日スパートをかけて、明日からまたトレーニング再開する予定なのでな。僕は両方を両立してみせる。というわけで、住所を送っておく。五人分、なるたけ栄養のあるものを頼む。では』


 切れちゃった。お弁当か、久々だがやってやりますかね。


 今日は幸い、既に夕飯は仕込んである。というかカレーだ。土曜日のルーティンになってしまった。夕方四時だが、六時くらいに持っていけばいいかな。猶予は一時間半くらい。充分間に合う。


 箸をあまり使わないものの方がいいよな。ウィンナーや玉子焼き、ブロッコリーごまマヨネーズ合えや唐揚げ、プチトマトを串に刺していく。水筒に味噌汁も詰めて、おにぎりはシソ、ワカメと普通の奴と混ぜご飯にしてから、焼きのりで巻く。甘辛く煮たこんにゃくとシイタケと鶏肉の煮物の汁気が切れたな。後は、かまぼこと簡単なキュウリのキムチなんかで埋めて……完成だ。三段のお重。


「泰斗、お弁当作ってどこ行くと?」

「西宮先輩って言う、男子寮の先輩に頼まれたんだ。来るか? 小春」

「いや、興味ないや。いってら!」

「おう」


 お弁当を持って、俺はその住所へと向かった。


 えっと、ここかな。そこそこ大きな一軒家だ。ノックをする。


 出てきたのは、なんかおっぱいおっきいお姉さん。清楚系……に見えるが、色々とだらしない格好だ。挙句に、なんか、少し甘酸っぱいにおいがする。


「あれ? 誰?」

「えっと、西宮先輩っていますか?」

「泰斗か!」


 奥から西宮先輩が嬉しそうにやってきた。少しやつれているが、目だけは血走っていて何だか怖かった。

 細く、精悍な顔立ちの青年は官能小説を堂々と教室内でよむことからモテないけど、普通にカッコいい人なんだよな、西宮先輩は。


「どうした、上がれ泰斗。お前、今日予定はあるのか?」

「いや、別に」

「ならちょっとテストプレイしてくれ。良いだろ、川蝉」

「うん、デバッグ歓迎! おいで、君」

「は、はぁ……」


 言われるがままに上がる。少し臭う部屋には他に男女三人がパソコンと向き合っていた。キーボードを叩きながら画面を眺めているようだった。


「何作ってんすか?」

「ゲームだ。ノベルゲーム。僕が執筆担当なんだが、デバッグがおいついてなくてね。全員でバグを潰しているところさ」

「ああ、笹見がやってるような奴っすね。でも、あれそんな複雑なんすか?」

「複雑だとも。指示が一つずつズレてたことに昨日気付き、慌てて修正したんだが……フラグ管理もなんか他の選択肢に吸われてたみたいでルートに行けなくてな……。お前ら、休憩しよう。後輩が飯作ってきてくれたぞ」

「どうぞ」


 お重を広げると、手を止めてやってきた連中があっという間に弁当を喰いつくしていく。気持ちの良い食欲だった。味噌汁を注いで、それを飲み干し、彼らはまたパソコンに戻っていく。


「美味かったぜ!」「美味しかった! 神!」「ありがとな!」

「というわけで、川蝉。俺の後輩の羽斗泰斗だ」

「ん? 羽斗? 君、エトワール荘の?」

「あ、はい。そうっすけど」

「あー、あっしもそうなのでござるよー。川蝉由美でござる。グラフィック担当です、普段は男と男が絡み合う書物書いてるんだけど……BLに興味ある?」

「いやー、普通はないんじゃないか。でも、野郎の友情の方が熱い気がするぜ!」

「おお、君は見どころあるね! 今度おすすめの非十八禁漫画を貸してあげるでござるよ! ささ、プレイしていってくださいな!」


 言われて、ノベルゲームとやらをプレイしていく。

 絵と堅苦しい文章が硬派な雰囲気を醸している。本格ミステリで、人狼ゲームを模しているらしく、死んでいく人間によってルートが変わる仕組みらしい。なるほど、これは複雑だろう。俺でも凝っているのが分かる。


 全部のルートをプレイし、誤字脱字や思ったことを纏めて西宮先輩に渡す。


「面白かったっすよ。最悪なんだけど本人達にとってはハッピーエンドだった選択肢が特に刺さったっす。ただ文章ちと硬過ぎじゃないっすか? 主人公が軟派でちょい屑だからこそ目立つというか。ただ、全部のルートにちゃんと行けたので大方問題なさそっすけどね」

「あはは、言われてるでござるな。文章の評価、ネットの評価そのまんま!」

「うるさいぞ川蝉。ありがとう、泰斗。興味ないだろうに、こんなに真剣にやってくれて」

「何言うっすか。あの西宮先輩の作ったゲームっすよ? 興味ないわけないじゃないっすか! 俺、何でも手伝いますよ!」

「くう、いい後輩ちゃんですぞー!」

「……。川蝉、お前にはやらんぞ。泰斗、ワイバに行ってポテトナゲットセットを買って来てくれ。特大を二つ。作業もおかげさまで大体は終わった。後は文章の修正くらいだ。打ち上げがしたくてな、ジュースはあるんだが……原付はこれを使え。ヘルメットはメットインに入っている」

「うす、行ってきやす! 金は立て替えとくんで、後で」

「悪いな」

「いいんすよ、俺が好きでやってることなんで。その代わり、完成したらゲーム一本くださいっす、西宮先輩と川蝉先輩のサイン付きで」

「フッ、お安い御用だ。なあ、川蝉?」

「うん。ありがとでござるぞ、羽斗君!」


 俺は言いつけ通りにモバイルオーダーでポテナゲを注文し、即受け取って帰る。


 全員がボケーっとしてたので、手を打って、ワイバのポテトとナゲットを広げた。


「お疲れっしたー! ほら、ワイバのポテトは冷めたら地獄っすよー!」

「お、おう! お前ら、よく頑張った! 売り上げは分からんが、まぁ、とにかくお疲れ! かんぱーい! 泰斗もほら、ジュース!」

「お、すんません、頂きます」


 そこからは、終わったあとの高揚感のままに歌ったり騒いだりの空気が流れていた。

 全員が途中で寝こけたので、西宮先輩と毛布を持ってきてかけていっていく。


「……ありがとう、泰斗。本当に助かった」

「いっすよ、これくらい。先輩達からもらった恩義に比べれば」

「フッ、お前は本当に可愛い後輩だ。何かあったら絶対に僕や他の連中に相談するんだぞ。進路とかもそうだ。僕は応援している」

「ってか、川蝉先輩と付き合ってんすか?」

「それはないな。あの腐れ魔人と付き合える人間がいることも想像つかん」

「えー、結構綺麗目じゃないっすかー。なんか意外」

「お前も奴と一緒に半日くらいいてみろ。好きなヒロインを男性化された上に主人公と掘らり掘られの目くるめく男色の世界を押し付けられるぞ」

「そ、それは……やだなあ……」

「まぁ、僕は恐らくもう関わらないだろうが、お前は関わるだろう。エトワール荘だしな、あの人。でもお前、すごく気に入られたな。あいつは人当たりは柔らかいが、割とシビアで基準に達しない人間には厳しいから、あそこまで甘く接されているのは珍しいぞ」

「そうなんすね。なんか嬉しいっす!」

「お前は可愛がりがいがある。美少女なら絶対に放っておかなかったのだがな」

「笹見と同じこと言ってるっすよー」

「やつは小学生ならとかも付けていただろう?」

「違いねえ!」


 笑いながら、深夜0時半になっていた。悪いが、俺にも明日がある。うどん屋のバイトが。


「スンマセン、俺明日バイトで早いんで、これで」

「ホントに悪かった。月水金と学食に集合な、二週間分奢ってやる」

「わぁいやったぜ! んじゃ、おつかれっしたー! 風呂入ってくださいっすよー」

「あー、やはりか……。帰ったら入るぞ」


 手を振りつつ、俺は空の重箱を片手に帰っていくのだった。

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