二話 ディスタンス 2

 深夜。眠れなくなってコンビニに歩いて行った。大して目当てのものがあるわけじゃないが、カップラーメンくらいたまに食ってもバチは当たらんだろう。


 エトワール荘に戻ると、リビングに灯りが。


「んお?」

「……誰だ?」


 本日の夕飯であったカレーの残りだろう。それを食べていた幼い女の子がこちらを見上げた。


「ああ、お前羽斗だな? 羽斗泰斗。初めましてだな、寮監で世界史教師の鶺鴒登和子だ。いつも家事全般サンキューな、あ、ほれ。一万円。アタシからも回収しろ」

「うっす。ちっさいっすね、先生」

「言うな。何故かコンパクトボディーなんだよ……チクショウ、アタシの計算では中三から背とかにょきにょき伸びて百八十センチくらいになってるはずだったのに……」


 何か沈んでいるようだが、下手に声を掛けてキレられるのは御免被るのでスルーしよう。

 羨望する身長からおおよそ五十センチほど足りなさそうだが、まぁ可愛いからいいんじゃないか。年齢不詳ここに極まれりだが、いくつなんだろうか。


「センセもリクエストあれば受け付けるっすよ」

「マジで!? ハンバーグハンバーグ! あとオムライス! ナポリタン! エビフライ!」

「お子様ランチ……?」


 列挙されるリクエストで自然連想されるものを思わず零してしまった。


「なっ!? テメェ……いやでも、ラインナップ自体は……うーむ。殴らないでおいてやろう」


 冷静になってくれたらしい。さすが大人。ちんまいけど。


「あざっす。殴られたら身長を活かしたぐりぐりの刑をやってたと思うっす」

「なんだとテメェ! これ以上縮んだらどーすんだ!? けっ、男ってのはいいよな、にょきにょき伸びやがって、さぞ愉快なんだろうさ!」

「あー、高いところから見る景色は最高だなァ!」

「煽ってんじゃねーよ!! チクショウ、いいなあ……いいなァ!」

「ほい」


 いいなあと言っていたので同じ視線になるよう脇から持ち上げてみた。バタバタと暴れている。


「ひょわああああ!? た、高い高いしてんじゃねー!」

「いやいいなあとか言うから」


 ぶんぶんと届かない手で反撃になってない反撃を敢行する彼女を降ろして距離を取る。危ない。ただで殴られてやるほどお人よしではない。肩で息をしている先生は溜息を吐き、こちらにスマホを差し出してきた。


「ん」

「?」

「メッセID交換しとくぞ。いざとなった時困るだろ」

「ああ、すげー助かるっす」


 IDを交換し、とりあえず訊いてみる。


「朝晩用意してますが、必要な時間は? 今まで作った中で好きなメニュー何?」

「晩だけでいい。一日一食そこそこガッツリが主義なんだ。あ、鶏のなんかピリ辛のタレで食う炊き込みのやつ美味かった!」

「カオマンガイかなぁ。あの鶏出汁で炊いた白米のやつ?」

「そーそー! あれエスニックで中々好きだった。またやってくれ」

「オーライでーす。つか俺が来るまで食事はどうしてたんすか?」

「各自だ。アタシは素行とかに口は出さないが家事もしない、所謂放置系の寮監だ。お前もラブホで外泊とかしていいけど頼むから子供だけは作るな」

「すげえこと言うなああんた……」


 トンデモ発言にビビっていると彼女は去っていった。水道の音が聞こえる。歯を磨くようだ。


「とりあえず明日はハンバーグっす」

「やったー!」


 無邪気に喜ぶ声が聞こえた。いいのかなぁ、あんなのが教師で。

 でも、割と無秩序な寮である理由が分かった。普通門限とかあるもんなんだけど、男子寮にはなかったし、この寮にも特に寮則などは存在しないのだろう。

 束縛されないのは利点だが、ちょっと目代先輩が気になった。大丈夫なんだろうか。


 カップ麺を作っていると、乱暴に玄関が開く音。


「あ、目代先輩! おかえりっす!」

「ん? おう、お前か。晩飯余ってる?」

「カレーがまだあるっすよ」

「んじゃお前はなんでカップ麺作ってんだよ」

「ムショーに食べたくなる時くらいあるっしょ」

「まそりゃそーか。んじゃ、温めてくれ。あ、目玉焼きも乗せろ」

「久々に顔見たと思ったら言いたい放題っすね」

「いーだろうが。ほら、作れ」

「へーい」


 カレーを温めて炊飯器(二台目。これは男子寮、女子寮の報酬で買った奴)から白ご飯を盛り――


「どれくらい食べます?」

「かなり」

「オッス」


 かなり盛って、カレーを注ぎ、目玉焼きを乗せた。


「うっひゃー! うまそー! お前のカレー割と好きだぜ、こう、味に奥行きがあるっつーか」

「そりゃどうもで」


 俺はコンビニで見かけた激辛カップ麺にチャレンジ。とはいえメジャーどころだ。苦手なやつには厳しい辛さだが、普通か好きくらいなら余裕だ。ともすれば物足りないかもしれない。


「カップ麺一口くれ」

「どぞ」

「サンキュー! ……んっ、辛いな。美味い。牛乳かお茶あるか?」

「麦茶がありますよ。牛乳もありますけど」

「んじゃ麦茶」

「どーぞ」

「わりーな」

「いえ」


 俺はカップ麺を啜り、彼女はカレーにがっつく。


「……何も訊かないのか?」

「え? 何がです?」

「あたしがこうしてる理由さ」

「人にゃいろんな事情がありますから。聞いて欲しいなら聞きますけど」

「聞くな。お前はお前のままでいてくれ」

「了解っす。でも、こうして俺のご飯美味しそうに食べてくれるんで、目代先輩割と可愛いって思ってますよ?」


 言うと、彼女は目をまんまるにして、爆笑しだした。バシバシと俺の背中を叩きまくってくる。


「……はははっ! お前女ならなんでもいーのかよ! こんな女可愛いわけあるか! ひーっ、オモシロ! 可愛いなんぞ実の両親にすら言われたことねーよ!」

「いや、容姿はかわいっすよ?」

「お、おう。まぁ、ありがとな。何かヤンキー関連でごたごたに巻き込まれたらあたしに相談しろよ? 世話になってんし」

「その時は遠慮なく頼りますね」

「そうしろ。うん、カレーうめえ! ここんとこお前のメシが楽しみでよー。お前、最近朝にも持たせてくれるしホント助かるぜ」


 朝、誰よりも早く出ていく目代先輩にラップで包んだおにぎりやサンドイッチを置いておく運動をしていたのだが、ちゃんと食べてくれていたらしい。


「何か好きなものあれば作りますよ」

「いや、それだと栄養が偏る。いつもの調子で頼むわ。あ、でもこの間の天むす美味かったぞ、あの海老天は技だな」

「どもです。人気うどん店仕込みですよ、天ぷらは。俺そこで仕込みとフライヤーのバイトしてるんですよ」

「へえ! どこだ?」

「大空のうどんです」

「ああ、あの昼は激混みなやつな。今度食いに行くわ」

「土日はいるんで、来てくれたら揚げたて持っていきますよ!」

「おっ、そりゃいいな! って普通揚げたてじゃねえのか?」

「かしわ天以外は揚げたてですよ。かしわ天は二度揚げするんであれも揚げたてって言うのかな……まあ、そんな感じっす」

「何がおススメだ?」

「福岡らしく肉ごぼうといきたいんですが、俺は海老牛若丸ですかね」

「なんだそれ。牛若丸……?」

「牛……牛肉、わかがワカメで、丸が丸天で牛若丸です。ただの牛若丸、海老牛若丸、とろろ牛若丸、スペシャル牛若丸ってあります」

「スペシャル……って凄そうだな」

「文字通りスペシャルな全部乗せです。ごぼう天、大葉天、とろろ、海老天が乗った牛若丸ですね。千二百円しますけど、ボリュームはありますよ」

「ほー、どれもうまそうだなぁ」

「味は保証しますよ。俺は海老牛若丸派です。それを大盛りにしてかしわご飯で千円ジャスト!」

「おお、いいな! そうしよっかな」

「ええ。カレーおかわりいります?」

「貰う。さっきの三分の一くらいで」

「了解です」


 目代先輩とも、俺は仲良くやっていた。中々癖のある人だけど、悪い人じゃない気もするし。学校ではなんか柄の悪い人に囲まれてるけど、楽しそうにしてるから不安ではない。


「美味いな」

「どーも」


 カップ麺を食べる俺と、カレーを食べる目代先輩。


 こういう距離が、何だか俺は好きだった。

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