一話 最悪の再会 3
部屋の準備があるそうなので、俺はスーパーの特売に行ってから、男子寮の準備をする。一升炊きの炊飯器でご飯を一升炊き、切って冷凍しておいたじゃがいもを取り出し、牛こま切れ肉を準備。玉ねぎをしゃしゃしゃと櫛切りに切っておき、炒め始める。味の決め手となる玉ねぎは、半分だけ炒めていく。玉ねぎは煮込むと甘くなって溶けていく。まだ新しめの玉ねぎだから、甘いのだ。これを活かすには、コクとなる飴色玉ねぎで煮込む段階になってから生を投入する。こうすると食感が残る。
解凍し終わった肉をぶち込み焼き色が付いたら、切っていた人参、糸こんにゃく、じゃがいもをぶち込み、醤油、酒、みりん、砂糖を適当に入れて、水で濃さを調節。していくと、自然とひたひたになっている。少し甘じょっぱい味付けが落ち着く。後は蓋して煮込むだけ。冷めていく工程で味が染みていくので、帰ってくる頃にはいい塩梅になってるはずだ。
揚げ物は手早く。コンロを百七十度に設定し、鶏ひき肉に味の素と塩コショウ、醤油に酒とを混ぜ込んでいく。更に崩した豆腐も混ぜ入れ、一口大にまとめて小麦粉をふっておく。とりあえず少しケチャップを入れて味付けした薄力粉と卵の衣をまとわせ、揚げていく。欲張らず小さめに成形するのが時短のコツだ。
あっという間にカラッと揚がった唐揚げを量産しつつ、料理の続き。小松菜はお浸し。じゃこと鰹節を掛けておき、味噌汁は余った豆腐と舞茸、シイタケ、えのきらを混合で冷凍していたものを使い、使いさしの人参も半月にしておく。それらを出汁の段階から煮ていき顆粒昆布だし、顆粒かつおだしを合わせて、味噌をぶち込む。よし、味はよし。後は、散らばっている服などを片付けて洗濯機に、そして軽く掃除を施して浴室へ。今日はカビを完全に撃退できないため、湯船を洗って、自動設定で18時に沸くようにセッティング。
洗濯ものを干し、一息。
よし、完璧だ。
「女子寮に戻るか」
どうせなんか揉め事が起きてるだろうしな。
桜子は傍若無人だった。でも、金がない今は大人しくなっているだろ、多分。だって金の威を借りてたわけだからな。金ではなく、自分の意志でどうにかなっているわけがない。
特売で買い込んだ荷物を持ち上げる。鍛えていて良かった。買い物で鍛えられたこの筋肉は伊達ではない。軽い筋トレをたまにやるくらいだったのだが、男子寮に入って余りにもスーパーに通い過ぎて、結構鍛えられてしまった。
エトワール荘に戻ると、何やら騒いでいるらしい。鵯の怒声が響いている。桜子の声も聞こえていた。
「お高く留まってんやないの!」
「貴女が低い位置で喚いているだけです」
……俺が止めなきゃダメなのかこれ。
「やめろ桜子。鵯も、外まで聞こえてんぞ」
「あ、すみません……つい」
桜子は冷静になって咳払いなどしていたが、鵯が姿勢を低くして見上げながらこちらにガンをつけていた。顔が整ってるだけに迫力がある。
「おー。おーおーおー! 名前呼びか! 告白されたから付き合うんか! お?」
「冗談だろ。名前呼びは単に幼馴染だからだ。俺はこの腹黒女が嫌いだ」
「……幼馴染か。そっか。そいつは覚えとるんやな」
「え?」
どういう意味だ?
聞き返す間に、鵯はニッと笑った。その笑顔を見ると、綺麗でドキッとしてしまう。
「泰斗は小春って呼んでええよ。色々やってもらっとるし。洗濯物とかなんであんなふわふわになるん!? すっごいやん、泰斗!」
「小春もすぐにできるようになるって。教えようか?」
「いらん! めんどい!」
笑顔でぶった切ってくるじゃんこの子。もう少し覚えることをしてくださいお願いします。
「で、なんで初対面で喧嘩になってんだよ」
「初対面やない。こいつ昔っから嫌いなんよ、タカビーな女」
「こちらのセリフです、がさつすぎます」
そうか、昔からの知り合いなのか。そういうことならこの仲の悪さも納得だ。
椋鳥が間に入り、桜子に向き直っている。
「気を付けてください、桜子。ここはアナタがいたお屋敷でも何でもないんです。誰もが自分のプライベートを持っているんですよ。アナタが一番じゃないんです」
「わ、分かっています」
「抜けてないのがよく分かりますけど……」
「椋鳥とも知り合いなのか?」
「社交界で」
「なんでまたこの寮に? 言っちゃあれだが生活グレードが違い過ぎるだろ」
「ワタシは社会経験のために寮生活をと母に言われまして。でも、驚きました。まさか白鷺グループが破産したとは。聞いた時は寝耳に水でしたよ、桜子。真っ先にワタシを頼ればよかったのに」
「ごめんなさい……。でも、友人に迷惑はかけたくなくて……」
それらはほっといて、俺は買ってきた食材を冷蔵庫に突っ込み、鶏ミンチを取り出して下味をつけていく。塩コショウ。うま味調味料インのお手軽なやつ。それと醤油と酒を少し。タレがあるのでほんのりでいい。
肉に手を付ける前に、米を洗っておいた。五合で足りるかな。
ミンチは練って平たくし、一口大にして、大葉で包んでいく。準備は終わりだ。この一品だと寂しいから、副菜でも作ろう。ごぼうを細く切って、人参と一緒に醤油と砂糖、酒、みりんで甘辛く味付け。七味をふったらきんぴらごぼう。
卵も安かったので卵焼きを作る。卵四つを使って、今日は豪勢に。塩コショウ、それから麺つゆを差す。麺つゆは万能調味料だ。甘い玉子焼きがいいという人間にもとりあえず麺つゆを入れてから砂糖か塩かを決める。
「さーて」
中火くらいで返していき、空いたスペースに卵液を注ぎ、巻いていく。結構な大きさになった。味噌汁も作っておこう。今日はキャベツと玉ねぎ、舞茸と乾燥ワカメの味噌汁だ。
その手際をほへーという顔で眺めてくるのは、小春だった。
「凄いなあ……どんどん料理出てくる……。それ、献立いつ決めとるん?」
「セールのチラシで選択肢が出てきて、後は気分かな」
「女の子受けも良さそうやん、品目多いし、美味そうやし。あー、なんか喉乾いちゃった……」
「ほれ、今日からはヤカンに麦茶ストックしてあっから適当に飲め」
「おおお! ありがと、泰斗! いや、これからは一家に一台泰斗の時代が来るよ!」
「台てお前……」
あっけらかんと笑っている彼女に肩を叩かれつつ、俺は鶏つくねの大葉巻きを仕上げていく。両面に焼き目が付くまで焼いたら、砂糖、醤油、ミリンを混ぜた調味液をぶち込んでとろみがつくまで煮詰めていく。
「かーんせーいだー!」
「おおおお! 肉! 明日は牛肉が食べたい!」
「おう。リクエストありがとな、小春。正直方向性決めとかないとめんどくさくてさ。椋鳥も、桜子も、なんか食いたいもんあったら言えよ?」
「あ、はい。明後日はカレーがいいです」
「椋鳥、お前それ昨日も一昨日も食ったじゃん……」
「なんなら毎食カレーでもいいです」
「やめよう? それは女子やめてるから。お前戦隊ものごっこやる時イエロー役を強制させられるぞ」
「望むところ!」
「望んじゃったよ……」
椋鳥はカレーがとても好きなようだ。ぱっと見そうは見えない。お嬢様っぽいのにカレーとか。んで健啖家。今日、瑠璃ちゃん先輩の残したパンを食ってたのを俺は見逃さなかった。
「わたくしは美味しく食べられるのなら、なんでも……」
「はい桜子ダメ。俺が言っただろ、方向性でも決めとかなきゃ作れないって。もう少し家庭に貢献しろ、待ってたら永遠に食いたいものなんか出ねえぞ」
「わ、分かりました。……で、では、カオマンガイを」
「お前また不思議なところ来るな……」
「泰斗、カオマンガイってなんなん?」
「ああ、アジア風のチキンライスだよ。鶏の出汁をとって、それでご飯炊くんだ。スイートチリとか醤油が入ったピリ辛のタレが掛かって、キュウリと鶏肉を乗せて混ぜて食べる、だいたいタイらへんで食われてる屋台飯だ……ってなんだその顔は」
「意外やん。メッチャすらすら出てくるし」
「そりゃ作ったのは二、三度じゃないし」
男子寮でも好評だったので結構ローテーション入りしていた。あれ楽なんだよなあ。出汁をとる工程とか、ご飯炊く工程とかで放置ができるから他の品作れるし。余った鶏出汁は様々なものに流用可能。一番オーソドックスなのはネギと塩と練りタイプの中華だしと醤油少しをぶち込んでバター載せて麺茹でて塩バターラーメンにするのだが。スープで冬瓜なんか煮込んでも美味い。ああでも、冬瓜は笹見が嫌いだっけか。懐かしい。
「まぁカオマンガイは明日するか。明後日がチンジャオロース。丁度いい、骨付き鶏買ってきてたんだよ。とりあえず洗って出汁とるか。お前らは食っててくれ。あ、目代先輩のは気にしなくていいぞ、別にとったから」
「ご飯ついで」
「よそうって言うんだ。それくらい自分でやれ」
「まぁそれもそっか」
小春はそう言いながら自分の茶碗だろうか。大きなお椀にこんもりと米を盛る。同じくらいの量を椋鳥が元からあった丼にいれた。おっかなびっくり、桜子もお茶碗を用意してなかったのか、湯呑に慎ましい量をよそっていた。
「桜子、もっと食わないとデカくならんぞ」
「ひ、昼、食べ過ぎまして……」
まぁ元から少食だからな。致し方ない事か。
「そういや瑠璃ちゃん先輩は?」
「今日は吹奏楽部の練習だってさ」
「瑠璃ちゃん先輩の分は残しといてくれ。ていうか先にとるか」
「そうして」
先に瑠璃ちゃん先輩の分を確保したからか、全員が容赦なく夕飯をつついていた。俺も山椒を差し出しつつそれに加わる。
うん、つくねの大葉巻きは上手くいったな。たれもシンプルながら甘辛くていい感じだ。男子は大体甘辛いのが好きだと言うが、それは確かにそうかもしれない。大体濃くて、米が消費しやすい味付けなのだ。
「うまい……! 家庭料理が染みるぅ~!」
「小春、また泣いてるな。そんなに手料理が珍しいか?」
「うん! ウチ、私立の小学校と中学校でほぼ全部食堂やったんよ。そこがまた冷凍ものを調理して乗せるだけのクッソ単調な食事でさぁ。家にたまに帰っても料理できる奴ウチにおらんから出来合いやし。こんな漫画みたいな食事できるなんて……ありがとな」
「気にすんなよ。食費はきっかりもらうからな」
「うん! いくら?」
「一人頭一万円な。サービスだぞ」
「うっわ、ウチの今までの食費よりうんと安い……! それでやりくりできるん?」
「一人ならマジで厳しいけど、これだけ頭数いれば賄えるんだ。一人一万円より、二人二万円の方がやりくりしやすいんだぞ」
「ほへえ、主夫力高いわー。あ、このきんぴら美味い……! こういう小鉢系あるのええよね」
「小春はよく食べるな」
「まーね! お腹空くし!」
「体重」
「ふん」
ぼそっと桜子から放たれた一言を鼻息で一蹴した小春。
「そんなもん気にするかいな」
「好きな人に振り向いてもらえませんよ?」
「好きになったやつができた時考えるからほっとけや」
「喧嘩すんな。桜子、次やったらケツを叩くからな」
「えっ!?」
そんな真っ赤な顔されても。嫌がれよ。もじもじするんじゃねえよ。
さすがに見兼ねたか、小春がジト目を向けてきた。お前そんな顔も美少女とか反則過ぎるだろ。
「泰斗、セクハラ」
「悪かった。でもこれくらい普通じゃね?」
「あんた、小さかった頃のノリが抜けてないんやない? ふつう言わんの、女子に対して。そういうの」
「そ、そうなのか……」
「おかわりをお願します」
「椋鳥、お前ってやつはブレないな……」
マイペースに丼を差し出す彼女。
俺達は食事を平らげ、風呂の時間――なのは彼女達。
俺は自室でパソコンに文字を打っていた。男子連中が飯の称賛をしている。
『やっぱ泰斗神! 肉じゃがマジでメシが止まらねえ!』
『唐揚げも美味かったぞ。また作ってほしい』
『風呂もサンキューな! 汗まみれだったからすぐ入れんの助かるわーマジで』
『洗濯物とか掃除も悪いな』
『いいって。美味かったならよかった。明日のリクエスト!』
『アラビアータソーススパゲティのミートボール乗せ!』
『了解。合い挽きも安かったから丁度いいわ』
『米も炊いてくれ』
『スパゲティおかずにするんだろ? わーってんよ』
『やっぱ俺らのオカンは泰斗だわ』
『やだなー俺より年上でムサい子ども……』
そんなチャットをしている時間が何より癒しだ。やっぱ男同士で馬鹿やってると最高の気分。女子に気を遣わなくていいのは本当に助かる。
俺は既に笹見と桜子しかクラスで会話がないし、小春も教室の中ではそっけない。
「ああ、やっぱいいな」
独り言ちながら、俺はチャットに夢中になっていった。
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