一話 最悪の再会 2

 当然だろう。質問攻めに彼女は遭っていた。俺も男子連中から嫉妬の視線を浴びている。


 が、この男はやはりぶれなかった。


「うーん、ちっとストライクからずれてんなぁ」

「中一くらいだから?」

「ああ。オレは興味ねえや。昼飯行こうぜ」


 そう言ってのける鋼メンタルは買うけどさ。まぁ確かに、俺も腹減ったし。


 そしてこんな中、俺が睨まれる元凶にして鋼メンタルがもう一人。


「羽斗さん? 一緒にお食事でもいかがでしょうか?」


 白鷺桜子。幼かった俺の因縁の相手でもある。同時に、忘れようとしていた過去の初恋の相手でもあった。


「悪いな、白鷺さん。俺はもうあんたと飯を食べる理由はない」

「幼馴染なのに?」

「俺は生憎、興味のない女と飯を食う趣味はないんだ。お前のお飾りの友達なんて、もううんざりだ」


 かつて俺は、彼女の取り巻き見たいなものだった。最初はみんなと遊んでいたが、いつしかみんなが俺から離れ、彼女だけが近くにいるようになっていた。


 全て、こいつが仕組んだことだと聞かされたのだが。


「あら残念。でもわたくしは、貴方と、食事がしたいのです。いくらで買えますか?」

「けっ、金持ちが。なんでも金で言うこと聞くと思ったら大間違いだ」

「ふむ……。実家を出てバイト三昧。スーパーでやりくりしている現状を鑑みるに、さぞお金に苦労していると思っていたのですが、違いましたか」

「人から無償で金を貰えると? 馬鹿言え、そんなうまい話があるか。行くぞ、笹見」

「まぁ貴方はそうなっていると思いました。お金の重みを知っている。時に、笹見さん。新作の『魔法少女ぷりてぃ☆レイ』の劇場版試写会チケットがあるのですが……」

「犬とお呼びください」

「友よ!?」


 笹見、なんてやつなんだ……俺達の友情は不変ではなかったのか!?


「では、わたくしを彼と一緒に食事させなさい。でなければ、このチケットは裁断機に……」

「頼む羽斗! 脚本の人がメッチャ好きなんだ! レイちゃんの大ファンなんだ!」

「福岡の試写会には、レイの声優の大塚公子さんが来るそうですね」

「頼むゥゥゥゥゥ!」


 そんな血の涙を流さなくても……。


「すぐに劇場版やるだろ」

「今見たいんだぁああああ――――っ! 張り裂けそうなこの想い、理解してくれぇぇぇぇ! お前だって三十分限定のタイムセールしてたら行きてえだろぉ!? その場所に値引き交渉できる人間がいたら行くだろぉぉぉぉ!?」

「……なるほど、それなら仕方ねえな……」

「え、それで納得しちゃうんですか?」


 どれだけ行きたいかもう強烈に理解できた。これは仕方がない。


「……学食でいいか」

「エスコートしてくださいね?」

「置いてくぞ」

「待ってくださいな」


 チケットを天に掲げる笹見を背に、セーラー服姿の彼女は、どこか楽しそうに俺の後ろについていく。


「なんで髪が真っ白になったんだ?」

「さあ、何ででしょう?」

「知らね。綺麗な黒髪だったんだがなあ」


 あの頃も見た目だけは最高だったんだけど。俺も盲目的に彼女に初恋をし、彼女以外いらないと思っていた頃もあった。


 そのせいで、大事なものを色々失ってしまったのだが。


「貴方のせいですよ」

「は? 俺のせい?」


 階段を降りながら聞き返すと、彼女はにっこりとした表情を真顔にする。


「人生で、初めて、告白をしました。大好きだと思っていた彼に。ずっと一緒にいたい貴方に。でも、それはわたくしの片思いだった。振られた後からです、髪が真っ白になったのは。精神科で言われたのは、ショックが大きすぎた、とのことです」

「確かに、昔はお前のこと好きだったよ。でも、今は違う。性悪女とは進んで交友なんぞ持ちたくない」

「でも、貴方は食事を了承した。脈はあります」

「友達が泣いて頼んだからだ。お前、マジで俺の交友関係に首突っ込んで来たら、今度は本気で殴らせてもらう」

「昔はもう少し素直でしたよ?」

「お前のたくらみを知るまではな」


 そう言うと、彼女は細い顎に手をやる。昔から考え事をする時の、桜子の癖だ。


 嫌になる。嫌いで、嫌いで、嫌いになりつくした女なのに、どうしようもなく、俺の中に居座っている。彼女の仕草が、匂いが、雰囲気が、俺の記憶に染みついている。


「……貴方が、気づくはずがない。誰が……」

「女神様が教えてくれたんだ、魔女」

「女神?」

「そ。調べたか? そんな奴が出てくるか?」

「…………。ふむ。覚えておきましょう」


 まぁそんな俺の中の心証なぞ探るほどこいつも暇じゃないだろう。俺も切り替えなきゃ。せっかくの外食だぞ。いや、学食を外食と言って良いものかは少し疑問だけど。


「さて、何を食う? 俺はかつ丼だ」

「あら、本当に食事をしてくださるの?」

「約束を破るのは嫌いなんだ。例え嫌いなやつでも。それが俺の道理だ」

「ふふっ。そういうところが好きなんです」

「言ってろ」


 クスクスと微笑む彼女は、何故だかとても嬉しそうで、毒気が抜かれる。

 忘れるなよ、俺。俺の交友関係を金をばらまいて崩壊させて、自分にだけ気を惹かせていた魔女のような女だぞ。


 俺は、二度とこいつを好きにならないと決めてるんだ。





 彼女は食券が何を示しているかも知らず、ちょっとお高い六百円のBランチを頼んでいた。

 Bランチ。それは即ち、チャーハンと揚げ物。今日はエビフライ四本と白身魚のフライ。


「!?」


 小食な桜子は顔を引きつらせていた。笑顔のままだけど驚いているのが良く伝わる。物量にか、それとも限りなく男子がもろ手を挙げてヒャッハーしそうな油物のパレードにだろうか。


 無視してかつ丼を頬張る。俺は問題ない。何度も言うが男子高校生は大体腹ペコなものだ。昼食ったのに十六時を超えたあたりから猛烈に腹が減る。


 しかし女子高生はどうだろうか。鵯や椋鳥、目代先輩なんかは結構食べそうだが、目の前の桜子は全然そんな印象はない。しかし、彼女は負けず嫌いだ。謎のプライドで食べ進めていくものの、チャーハンを三分の一、エビフライを二本のところで手が止まってしまった。


「くっ……! 揚げ物、あな恐ろしや……。というか、こんな物量なら教えてください」

「聞かないからだ」

「ぐっ……ああいえばこういうようになりましたね……!」

「成長したんだよ。お前は……まるで、あの時から時が止まったようだ」

「そうかもしれませんね。初恋の相手に、未だ囚われていますから」


 悲しそうにそう微笑む彼女を眺め、俺はエビフライを盗る。


「え……?」

「白鷺さん、お前は家のプライドで食事を残したりしない。そして男子高校生の食欲は果てないんだ。悪いと思ってるならよこせ、食いつくしてやる」

「……相変わらず、お優しいですね」

「は? 一方的に食事を奪う俺が優しいわけないだろ」

「ふふふっ、ええ、そうですね。惚れ直しました」

「ほざけ。俺も食事を残されるのが一等嫌いなんだ」


 あっという間にB定食を完食。恐ろしいのが、これの更に上のグレード、B定食大盛りが存在するところだ。プラス百円でチャーハンが二倍になる。確か運動部御用達らしい。


「ご馳走様」


 俺は食器を片付け、教室に戻る。少し小走りで、桜子が付いてくる。


「なんだよ。食事は一緒に摂った。もう一緒である必要がない」

「……好きです。好きだから、一緒にいたいんです」

「俺は一緒にいたくないんだが」

「……その女神について、知りたいんです」

「青い鳥だ」

「?」

「お前は童話知らんからな。外で遊ぶような女の子だったし」


 ヒントを出す必要がそもそもあったのか分からないが、まぁそれはどうでもいいや。


「そういや、あの子は一緒じゃないのか? えーっと、メイドの百舌鳥ちゃん」

「ああ、それですか。もう存じません。わたくしの家、破産してしまいまして」


 …………。


 え?


「つい一ヶ月前に別のお嬢様私立にいたのですが、学費も払えるめどがなく、転校に……」

「…………」


 言われてみれば、白い髪にいつもの……というか、前ほどの艶はない。相変わらず綺麗っちゃ綺麗だが、いつもは本当にさらっさらでつやっつやしていたのだ。


 そういえば、制服も妙に……なんか、経年劣化しているような。まるで、中古品でも買ったかのように。


「白鷺、お前冗談言えるようになったんだな」

「ふふふっ、わたくしが冗談を言わないのは知っているでしょう?」

「そっかぁ……あはははは!」

「うふふふっ」


 …………。


「馬鹿かお前は! さっさと言え! なんで映画の試写会の券とか持ってたんだ!?」

「たまに知り合いが可哀想にとくれるんです。ちなみに、わたくしに振り込まれている金額はひと月八万円です」

「深刻じゃねえか! お前小遣い月に三百万くらいだったろ! えっと、寮費がどこも光熱費水道代込々で大体五万で、食費は別だから二万円で生活してたとしてもお前一万円しか自由にできてねえじゃん! 三百分の一だぞ!? どうすんだよ!」

「ど、どうしましょう……あはは……」


 ずーんと沈んでいる彼女を、悔しいが放っておけない。我ながら厄介な性格だと思いながら、色々考える。


「お前、寮はどこだ」

「エトワール荘というところなのですが。引っ越し業者が遅れてて……ネットカフェに……」

「ウチかよ!」


 遅延していた理由も判明する。鵯がどこほっつき歩いてんだか、と心配していたが、ネカフェだったのか。


 でも、それならば。


「しゃーねえ、お前の食費は何とか一万円で抑えて見せる。足りない分はバイト紹介してやるから補え」

「え? 貴方もエトワール荘に? でも、女子寮だと……」

「事情があんだよ。よし、桜子。お前に庶民の生活とやらを叩きこんでやる」

「は、はい! おねがいします!」


 なんでだろうか。


 こんなにも嫌いなやつと一緒にいる時間が増えるのだというのに。俺は、そこまで嫌悪感を覚えていない。


 どころか、なんで……嬉しいと、感じているんだ?


 この性格の悪い、女の子にこれからも関われることを――

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