第三話『事態急変』 序

 事態が大きく動いたのは、二〇二二年が明けていっげつたない時期であった。


 一月十四日、中華人民共和国は列島へ人民解放軍を派兵し、封鎖を行った。

 これはかねてより台湾有事の始まりに想定されていた事件で、国際社会に緊張がはしった。

 しんせいだいにっぽんこうこくの出現で太平洋の流通が大きく阻害されたことにより、米国の影響力がいちじるしく低下、更に東アジアの部隊と本国の連携が困難になったことを受け、中央集権を進める中国共産党が暴発したと見られている。


 一月十七日、人民解放軍の金門島攻撃を皮切りに、中国と台湾は戦争状態に突入した。

 更に、一月十九日には台湾本土へ全面侵攻。

 ロシアもこれの支持を表明すると共に兵力を東部へ集め、不穏な動きを見せ始めていた。


 中露の掲げた大義は「米国によって不当に切り離された本来の領土を回復する」というものだ。

 国連上理事国のうち二箇国が領土的野心をしにしていた。


 だが翌々日・一月二十一日に戦況は思わぬ方向へ急展開する。

 顕現より実に一年半近くもの間、国際社会に対して我関せずを決め込んでいたこうこくが動いたのだ。

 その日、東アジアの複数の都市で巨大な人型ロボットの飛行が目撃された。


 そして最初の目撃情報から一時間の内に上海、北京、モスクワを惨劇が襲った。

 生存者の目撃証言によると、ロボットの腕から放射された光線砲一発で、街の中核が消し飛んだのだとう。

 多くの生存者は核攻撃との錯覚を白状していた。


 同日、世界の空に一年半前の女・のうじょうづきの顔が再び映し出された。

 のうじょうこうこくによる中露への侵攻を宣言。

 中国は三日後、ロシアも五日後に全土を占領された。




⦿⦿⦿




 一月二十八日、アメリカ合衆国国家安全保障会議。


「中露は何故なぜ、敵機の領空侵犯をこうもあっさりと許したのだ……?」

「侵攻に夢中で、防衛がおろそかになっていたのでは?」

「中国は全戦力を台湾に向けていた訳ではないし、向けられる筈が無い。ロシアは十中八九便乗を準備していたが、あくまで準備段階だ。日本領空への接近を繰り返してきた二国がこれでは、あまりにお粗末ではないか」

「何か見解はあるかね?」


 大統領の疑問に、統合参謀本部議長が発言する。


「北京、上海、及びモスクワを攻撃したと思われる航空兵器ですが、一時間程前より中露、それとモンゴルの都市で複数の目撃情報があります。これらを総合すると、航空兵器がユーラシア大陸に上陸したのは三箇所から。カムチャツカ半島北部、朝鮮半島南部、そして香港と考えられます」

「とすると、我が国や同盟国の領空も侵犯しているのではないか?」


 国防長官の指摘に、出席者達はざわついた。


「あり得ない! 目撃情報はあるのに探知には全く引っかからなかったというのか!」

「もし、我が国が標的にされたとしたらどうなる?」

「あの航空兵器、兵装の威力は大量破壊兵器並みだぞ! そんなものがあっさりとベーリング海・日本海・東シナ海を通り、中露領空を一時間も飛行した後、最遠でモスクワまで到達して猛威を振るっている!」

「速度は遠く及ばないが、事実上の核ミサイルというわけか……」


 大統領は椅子に腰掛け直し、議論をまとめる。


「あの巨大なもう一つの日本列島……。経済面ばかりではなく安全保障面でも、我が国、いては世界の安定と秩序に対する重大な脅威だとわかった。国連安全保障理事会にあの地域に関する決議を求める」

「批難決議ですか、大統領?」

「大量破壊兵器にまつわる情報開示と武装解除を求める。受け入れられなければ軍事作戦を開始する。作戦名は『太平洋地域の自由作戦』!」


 くして、世界は更なる混沌へと沈んでいく。




  ⦿⦿⦿




 一月三十一日、国際連合は安全保障理事会決議二六八二によりこうこくに対し情報開示と武装解除を要求した。

 しかしこうこくはこれを黙殺し、二月二十五日に太平洋上で大規模な軍事パレードを行った。

 この時、こうこくが要する巨大人型ロボット兵器と飛行戦艦が世界中の衆目にさらされた。

 二月二十八日から三月四日にかけ、各国はこれに対して批難決議を採択した。


 米国は既に、こうこく近隣の国家に対して入念な調整を行っていた。

 しかしここでも太平洋上のこうこくの存在がネックとなって時間を要した。


 五月三日、米国はこうこくに対して国連査察の受け入れと武装解除を勧告した。

 しかし、こうこくは引き続きこれを黙殺。

 国際社会は緊張を高めるばかりであった。


 六月一日、米国はこうこくに対する空爆を実行し、「太平洋地域の自由作戦」を開始した。

 しかし、爆弾はこうこく本土に着弾することなく、まるでドーム状の防壁に弾かれるが如く空中で無意味に爆発するばかりだった。


 その後、米国の攻撃は三日間継続したが、土日を境に一旦これが途切れる。

 この間、米国は一つの重大な決断を下した。


 そして六月二十四日、米国はこうこくに対して核攻撃を実行。

 通常では考えられない決断だが、最悪の事態を見越した米国は最初から入念に核使用の影響をシミュレートし、破壊効果と天秤に掛けて使用を最小限に抑えるという方向で各国に向け調整していた。

 中露が占領されたこと、核兵器保有国のうち二カ国を味方に付けられたことが大きかった。


 だが、攻撃を受けてもこうこくは何ら損害を受けていなかった。

 それどころか、米国はこれによって最悪の運命へと突き落とされることになる。




⦿⦿⦿




 二〇二二年六月二十七日、パールハーバー・ヒッカム統合基地。

 それは何の前触れも無く西の空より飛来した。

 こうこくが派兵したとおぼしき巨大人型ロボットの攻撃はたった一発で基地を壊滅させ、米国の悪夢を拡大再生産した。


 同日、たび世界はのうじょうづきを名乗る女の顔を見ることになる。

 こうこくは核攻撃に対する報復を口実に米国に対し宣戦を布告したのだ。


 米国大統領府はきゅうきょ安全保障会議を招集した。


「敵機があの形状で極超音速飛行を行っている、というのはかねてより大いなる疑問でした。これは攻撃を受けての憶測ですが、彼らは何らかの方法で飛行により発生する衝撃波をほとんどゼロにまで緩和しているのでしょう。おそらく、機体から発生する波動そのものがそうさいされている」

「それが反射波も放射波も消してしまうとすると、レーダーも赤外線も探知に使えない。彼らの航空兵器は完全無欠のステルス性能を備えているということになる……」

「敵の侵攻を止めるには目視による捕捉とドッグファイトしか無いということか!? 追尾誘導も無しで!?」


 重い空気が室内を覆い尽くす。

 そこへ、更なる悪いしらせが舞い込んできた。


「大統領、西海岸に……!」


 せんりつが長机を矢の如く走り抜けた。




  ⦿⦿⦿




 アメリカ西海岸に一機の巨大人型ロボットが上陸した。

 胸の辺り、分厚い装甲の奥に操縦席があり、一人の男がすわっている。

 戦国時代に南蛮趣味の武将が身に着けていたようなかぶとからすてんの面具をした仮面を着けた、軍人にしては異様な男である。


「こちら。地形座標情報の測定が完了した。遠征軍参謀本部、送信内容を確認されたし」

『こちら遠征軍参謀本部。大尉、受信情報の人工知能確認を完了した。最終承認の後、アマテラス艦の転移を行う』

「了解。先んじて友軍を伴い内陸へ進攻する」


 彼の機体を追い掛けて来たのか、色違いの同型ロボットが十数体上陸して来た。


「遅い! それでも栄えある『新皇軍』のせんぺい隊か!」

『大尉殿が速過ぎるのであります』

「で、あるか。まあ良い。ところではどうした」

『申し訳ございません。敵機の数を前に不覚を取りました』

「生き延びているということは、アレは無事なのだろうな」

『はい、分離と回収には成功しております』

「ならば分かっているな?」

『はい!』


 追いついてきた機体の一つ、その背部から、丁度戦闘機のコックピットが二つ収まる程度の大きさをした球体が飛び出した。

 それは数十メートル上空まで打ち上がると、光を放って形を変えていく。


『機体、再生します!』


 それはまるで、生き物の細胞分裂を思わせた。

 明らかに物理法則を無視した異様な変形だった。

 何らかの超常的な力により、球体は巨大人型ロボットの姿となり、隊に加わった。


「ではくぞ。敵も中々、ひょうかんけっの士を従えているらしい。だが、こうこくかなうべくもない。我等にて大陸を横断し、行政府を占拠してしまおうか」


 その時、突如彼らの上空に巨大な戦艦が出現した。


『アマテラス艦、転移完了』

「おっと、もたもたしている内に援軍が来てしまったか」


 それはまさに、脅威の軍隊であった。

 この巨大人型ロボットは一切のレーダー探知を受けずに極超音速で飛行し、大量破壊兵器並みの兵装を備えている。

 仮令たとえ撃墜に成功したとしても、残された部位によってはあっという間に元通り再生することが出来る。

 更に、一機でも侵犯を許してしまうと、空間距離を無視して巨大な戦艦が直接転移してきてしまう。


 そして本土決戦にいては、更なる地獄を経験することになる。




⦿⦿⦿




 じんを超えた軍隊を要する超国家との戦争は、アメリカにとって絶望的なものだった。

 こうこくが真珠湾を攻撃してから一週間が経過し、戦禍はバージニア州リッチモンドにまで及んでいた。


 人々が逃げ惑う中、市街地に上空に出現した戦艦から巨大ロボットが降下し、手に持った日本刀の様なユニットで戦闘機を両断する。

 ロボットは建物を踏み抜いて着地し、腕に備え付けられた砲口から光線を発射、数機の戦闘機を追加で爆発炎上させた。


『こちら。敵国首都・コロンビア特別区までの距離は?』


 ロボットの操縦士同士が連絡し合っている。


『約百五十キロです、大尉殿』

はや目と鼻の先だな、王手が掛かったと言って良かろう。隊、白兵にて大統領府へ進撃を開始する』

『機体は捨てていくので?』

『占領後を見据え、抵抗の無意味さを知らしめる。機体は人工知能操縦に切り換えれば良かろう』


 ロボット後頭部のハッチが開き、仮面の軍人が姿を現した。

 そして男は二十メートル以上ある高さからパラシュートも無しで飛び降り、生身で着地した。

 市街を防衛する戦車兵達にとって、それは信じがたい光景だった。


『何事だ!』

「人です! 人がロボットから振ってきました! パラシュートも着けずに!」

な、敵兵は超人か化け物だとでもいうのか!?』


 防衛に駆けつけていた米国の戦車兵は状況の見極めに難儀していた。

 だが仮面の男は落下の衝撃に耐えるどころか、人間離れした速度で戦車に接近。

 砲撃の直撃もものともせずに車体へのぼり、素手の拳で戦車の装甲をぶち抜いた。


「うわあ!?」


 突然目の前に人間の拳が現れた戦車兵はろうばいを禁じ得なかった。

 腕が引き抜かれ、空いた穴から仮面の男が顔をのぞかせる。


「やあ、敵兵殿。お近づきの印にわたしの戦友達を紹介しておこうか」


 仮面の男が右腕を上げると、てのひらから黒いもっこう紋が顕れた。

 それは高さ三米程度まで上昇して拡大、光を放ち、燃え盛るほのおの様な人型の軍勢へと形を変えた。


「全軍、突撃」


 男の合図と共に、焔の人型は戦車に向けて突っ込んだ。

 衝突の瞬間、人型は大爆発を起こし、戦車を跡形も無く吹き飛ばしてしまった。


「栄えある『新皇軍』のつわものに銃剣は必要無い。両のかいなさえあれば敵軍を撃滅するに事足りるのだ。いや、それを失おうと蹴りを繰り出せれば……、最悪は歯で食らい付ければ敵を討てるかな……?」


 リッチモンドと同様の火の海が、既に米国中に広がっている。

 そして一時間後、仮面の男は部下と共にでホワイトハウスを占拠した。

 彼らこうこくの軍人は白兵ですら超常的な力を駆使し、戦車すらもりょうした。


 米国は降伏文書に調印させられた。

 一週間抵抗出来ただけ、奮戦したと云えるかも知れない。

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