第56話 嵐の前の静けさ

 停戦協定から二ヶ月が経過した。キリーは着々と最終局面への準備を進めている。X国単独でリリアムへ総攻撃すべく極秘に軍備の移動を行っているのだ。


 アルファはそれを阻止すべく、自らが率いる最強部隊をやはり極秘にX国軍の警戒に当たらせている。嵐の前の不気味な静けさと言ったところである。


 キリーはアマンがサーシャに死亡予告を受けたことは知らないが、万が一の動きに備えて、予め核ミサイルの起動システムにバグを仕込んである。ベータに大きな被害が出るのは本意ではないからだ。その上でリリアムの総攻撃をアマンに進言していたのである。


 彼の計画はリリアム総攻撃でベータ側から猛反撃を受けてX国軍部が壊滅するのと同時にアマンを殺害するという筋書きであった。


 キリーはさらにリリアムから得た情報を元に、不妊ウイルスを使うオプションBの準備を進めていた。X国の製薬工場をフル稼働させ精製したウイルスは人類を百回全滅できる量であった。


 彼はX国軍が勝利した場合はこのウイルスをX国軍中心にばら撒く計画を立てていた。そんなものをばらまいたら、地球全体に広がり人類が全滅するんじゃないかって? 彼はそんな事はどうでも良かった。家族を皆殺しにしたX国軍とアマンが滅びるかどうかだけが重要なのだ。


 一点だけキリーが気にしていることがあった。それはアイリスの存在だった。世界で唯一、彼女だけがキリーの真の理解者であった。


 他の人間がどうなろうと関係無いが、アイリスだけは生き残って欲しい。具体的にどうすればいいかは考えられないが、キリーの心の中で彼女の存在が大きくなり続けていた。その意味でオプションBは使いにくかった。キリーはワクチンの事は知らない。


「キリー、準備の進み具合はどうだ?」

「アマン首相、順調ですよ。Xデーでまであと二週間。楽しみにしていてください」


「よし、でも今回は連合軍が加勢してくれないと聞いたが、どうなんだ?」

「X国の隠密作戦ですからね。連合国軍に応援は頼めません。最初にベータ側からの攻撃がある形にしないと停戦協定を違反する形になります」


「事前に戦力を集結していたら、やはり問題になるのではないか?」

「そこはお任せください。リリアム側がX国を総攻撃する秘密計画があり、それを傍受していた事にします」


「なるほどな。キリー、一つお願いがある」

「何でしょう?」


「もし可能だったら、サーシャを生け捕りにできないか?」

「サーシャ? 何故です?」

「いや、理由は言えないがやつを捕まえてほしい」


 キリーは首をかしげたが、了承した。

「わかりました。いいでしょう、彼女は生け捕りにします」


 アマンにはやはり生に執着があった。どのような形で死ぬのか分かっていれば回避できるかもしれない。サーシャを捕まえたら締め上げてやる。



 ◇ ◇ ◇


 一方、リリアムのベータ側ではアマンとキリーの盗聴監視からX国軍の集結、攻撃計画を把握していた。ジーンとサーシャはリリアムの防御を高め、アイリスを中心とした反撃計画を練っていた。


 さらにはアマンが元凶であることは疑いの余地がないため、ベータ兵の中でも優秀なアサシンをX国に派遣することにしていた。アマンを暗殺するためだ。


 遠く離れたX国でアマンとキリーがモニターで現地の様子を見守る。


 X国軍の総攻撃部隊はリリアム近くのブルームフォーテーンに集結。


 リリアムの反撃部隊はリリアムドーム内で反撃兵器をセッティングした。


 リリアムの住民は、戦いが始まり次第地下のシェルターに逃げる準備をしている。


 アルファの部隊はその中間地点に潜んでいた。



 ―― 嵐の前の静けさはクライマックスを迎えていた。

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