第54話 レナ、スカイを勧誘する
―― 某所ベータ収容施設
一人の若い女性が少し離れたところから施設を見ている。黒髪に薄い色のサングラス、小顔でやや小柄だが、アスリートのように細身の締まった体に長い脚。風に髪がたなびく。レナだ。
「あそこか……」
レナが呟いた。施設にはスカイが居る。確保されているベータ達の相手をしているのだ。レナはスカイをメレオン島プロジェクトに参加させるべく勧誘に来た。自分がベータだとは一目ではわからないように髪の色を染め、カラーコンタクトで目の色も変えている。スカイ以外は私がベータだとはわからないだろう。いや、スカイさえも直接会うのは久しぶりだ。気が付かないかもしれない。
施設の受付でスカイの知り合いということを話し、面会を依頼した。そしてスカイが出てきた。
久しぶりに見るスカイは背も体も一回り大きくなり(自分の身長も伸びたが)、顔も引き締まって正直、格好良かった。そして白髪に碧い目、優しい声は相変わらずだった。
「誰、君?」
「わからない?」
レナがサングラスを外す。スカイはじっとレナの顔を見つめしばらく考える。そして気が付いた。
「もしかしてレナ……か?」
「当たり。久しぶり」
「驚いた。ずいぶん大きくなったな。見違えたよ」
「あなたもね、スカイ」
スカイが久しぶりに見たベータ2のレナはもう少女では無かった。リリアムでもたいへんな思いをして成長したんだろう。戦場に駆り出されたり、リリアム内でも疎外されたり。
「リリアムで元気だったか? アイリスは?」
「見ての通り、何とか生きてるよ。体だけは嫌になるほど丈夫だからね。アイリスはずっと私を守ってくれた。でも私よりたいへんだよ。前線に駆り出されて、いつもへとへとになって帰って来るんだ。精神的にきついみたい」
レナはこんな風に話すのか。スカイは新鮮な感じだった。前は主にテレパシーで話していたからまともに口で会話するのはこれが最初かもしれない。
「その髪と目、ベータと感づかれないようにしているんだな」
「ええ、似合う?」
「いや似合わないな」
「それ酷くない?」
「冗談だよ、似合っている。でも俺は地の髪と目の方が好きだな」
「ありがとう、まあ地はあなたと同じだものね」
レナは微笑んで答えた。久しぶりとは思えない。見た目がベータだからってだけじゃなくてスカイってなんか私に合うかも。まあ優しいやつだから。
「で、何の用件? はるばるリリアムからここまで来たということは重要案件かな? それともこの戦争中に海外旅行?」
「冗談言わないで。あなたが思っているより相当重要な用件よ」
「なんだ?」
スカイの顔が真剣になった。
スカイはレナを応接室に案内した。二人の話が漏れないようにドアは閉める。スカイはコーヒーを淹れてテーブルに置く。そのテーブル越しに向かい合わせに座った状態でまずはスカイがコーヒーを一口飲んだ。
「それで、いったいどういう用件?」
「私達は、リリアムから遥か遠く離れた場所に、特別な居住地を開拓しようとしています」
レナの口調が丁寧語になった。
「居住地?」
「はい。外界から隔離された南洋の離島にベータの新都市を形成します」
「具体的な場所と離島の名前は?」
「場所はまだお伝え出来ません、島の名前はメレオンと言います」
スカイはレナの目をじっと見て、次の言葉を待った。テレパシーで一言だけ伝える。(それで?)
レナはテレパシーに一瞬はっとしたが、すぐに口頭で続けた。
「メレオン島は人類、特にベータ種に何かあった時のバックアップとして機能します。まずは近く起こるであろう、リリアムを含むベータとX国、連合軍との全面的な戦いに備えます」
スカイはレナの言っていることを咀嚼するのに少し時間を要した。テレパシーで補足を求め理解した。言葉を交わすより早い。心の交信によりレナが言っていることを詳細に理解した。
「なるほど、メレオン島の役割は分かった」
「その島の住人は最初かなり限定するんですが、スカイ、あなたに最初の移住民の一人になって欲しいんです。私と一緒に」
「俺が? 移住?」
「はい。ジーンの希望です」
「どうして俺なの?」
「この島の目的の中でも大事なのが希少種の保全です。人口が多い種は危機があっても生存する可能性が高いですが、私のようなベータ2、あなたのような男性のベータは極めて数が少ないので、最優先でメレオンに隔離したいということです」
「希少種ねえ、間違いない」
スカイは自嘲気味に呟いた。呟いてからレナを見つめながら必死に考えた。これはどうしたものか。簡単に結論を出すわけにはいかない。
「時間はあまり無いよ」
レナが呟いた。スカイは不意に考えていることをレナに読まれてしまった。テレパシーがある相手と話すのは久しぶりだった。
「そんな事言われても……永久移住なんだろ。簡単には決められない。もっと詳細教えろ」
それから2時間に渡り、二人は移住について話し合った。言葉とテレパシーを両方駆使して念入りにメレオンとそこに住む自分達の生活を想像した。
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