第53話 レナの旅
新緑の緑が日々に濃くなってきた頃、ジーンはレナを呼び出した。レナはアイリスと同様ベータ2として孤独な日々を送っていた。X国は停戦協議以降、不気味な沈黙を保っていた。
「レナ、最近はどう?」
「はい。お陰様で最近はリリアム内でも比較的好意的な目で見られている気がします」
「アイリス以外に話し相手は誰かできた?」
「え、ええ。二、三人」
実は仲が良い知り合いは一人もいなかったが、さすがにそのまま正直に言う訳にもいかず答えを濁した。
「レナ、折り入って重要な相談があるんだけど」
「何でしょう」
「後2ヶ月か3ヶ月くらいたったら、おそらく大きな戦闘が起きる」
「え、停戦が続くのでは無いのですか?」
「X国と連合軍がリリアムの大規模攻撃を計画している可能性が高いの」
「そうなのですか? 恐ろしいですね」
「それでね。あまり時間は無いんだけど、そのX国の攻撃が始まる前に、レナにある場所に移住してもらいたいの」
「移住? 移住って言いました? 避難じゃなくて?」
「そう移住。片道切符……」
「……行先と理由を教えてください」
「メレオン島。南海の孤島よ。理由は人類のバックアップ。それからあなた達、希少な特殊人種の保全よ。詳細に説明するわ」
突然のジーンの話にレナは少なからずショックを受けていた。ジーンはレナの表情を見ると改めて自分が計画したことは彼女にとってはつらい事になるものだと悟った。いくら強力なベータ2と言っても、まだ年端のいかない少女だ。今現在の孤立でさえ悲しいのに、さらに物理的に隔離されることはもっと寂しい事だろう。
「今起きている人種間戦争は、中期的に見ると、最悪の場合共倒れになる可能性があるわ。特にリリアムは最大の標的となっているので破壊される危険性が高い。双方の人種の存続に深刻な問題が発生した場合のバックアップとして、遠く離れた孤島にベータの技術を残しておいて、少数の人間も住まわせることにしたの。メレオンは大陸から遠く離れており、最終的な戦闘や兵器の影響を避けられる可能性が高いわ」
レナは泣き出しそうな顔になっている。
「私の他に移住する人は誰なんですか?」
「最初は十人くらいでお願いしたい。候補としてあげているのはまだスカイとエリスだけ。この二人は覚えているわね? 他はもしレナに希望する人がいれば教えて。最大限考慮するわ」
「アイリスは?」
ジーンはレナの真の仲間と言えるのは同じベータ2のアイリスしかいないことを知っている。知っているが彼女までいなくなるとX国との闘いに支障をきたす。
「アイリスは…… 何とかする。でも最初のタイミングは難しいので我慢して。この戦いが落ち着いたら行けるように考えるから」
「そうですか……」
「他には?」
「……お任せします」
レナは少し沈んだ表情で答えた。ジーンは説明をするのが少しつらくなってきたが、レナにはもう一仕事をお願いしないといけない。
「レナ。つらい思いをさせてごめんなさい。もう一つお願いがあるの。あなたと一緒にメレオン島に行ってもらいたいスカイなんだけど、あなたが誘ってくれないかな? たぶんそれがベストの方法だと思うの」
「スカイ……」
レナはマヤ空港での出会いを思い出した。テレパシーで二人だけで会話した。スカイは言った。私も答えた。
(また会えるかな?)
(無事生き延びて成長したらね。さすがに四歳とか五歳で死にたくはない)
(じゃあ、また会おう。テレパシー仲間のよしみで)
(スカイは「また会おう」と言ってくれた。そうだ。私にはアイリスだけでなくてスカイもいるんだ)
レナは霧のような自分の未来に、一筋の光が射したような気がした。スカイの事を忘れていた自分に少し落胆した。
「ジーン、ぜひ私にやらせてください。スカイの事を忘れていました。でも今、思い出しました。前に会った時に彼は私にまた会おうって言ってくれたんです」
「良かった。ありがとう。そう言ってくれて嬉しいわ。じゃあ頼むわね。詳細は別途打ち合せるから」
ジーンは正直ほっとした。沈んだままのレナに勧誘の仕事までさせるのは心苦しい。
「レナ。メレオンでは全く新しい自由な世界を作ります。レナとスカイを中心として、仲間が助け合い、いたわり合う、そんな楽園が半永久的に続く。私は確信があるの。二人をベースにすればきっとそんな新世界ができる。全力を挙げて島の改造工事を進めるから、不安を持たずに期待していてね」
「はい。がんばります」
最後はレナに明るい表情が戻った。
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