第52話 協議終了と不妊ウィルス

 ジーンとサーシャは明日に備えて、最後の打ち合わせを行っていた。停戦合意書は既に完成し、アマン側への事前送付も完了していた。修正要求が無いか一時間ほど待つ。サーシャは別室での検討前にアルファがジーンに何かを話しに来たことが気になって尋ねた。


「ジーン、失礼ですが昼間アルファとはどのような話をされたんですか?」

「いえ、彼は何かを言いたそうだったけど、結局何も言えなかったわ」

「なぜジーン一人に言いに来たんですかね?」


 サーシャの鋭い質問をジーンははぐらかした。


「……さあね」

「もしかして、今回の交渉中、二人で何かありました?」


 サーシャが追及する。ジーンはサーシャを数秒間じっと見つめた後にこらえきれず笑った。


「サーシャには隠し事はできないな」

「当たり前ですよ。何年あなたと一緒にいると思っているんですか」


 ジーンはある程度サーシャに白状することにした。


「アルファは文字通りアルファ種の中で、ある意味理想的な性質を持っている男だということが分かったわ。ベータに対して許容度が高いし、攻撃性がかなり低い。彼の遺伝子は非常に貴重なので既に確保したわ。クローンも作る」


 サーシャは思った。

(重要な交渉中にこの人は一体何をしたんだろう)


「ジーン。アルファを取り込みましたね?」

「いいえ、そこまではできないわ。逆に彼に惹きこまれたかも」

「えっ? 惹きこまれたってどういうことですか?」


 サーシャはジーンからそのような浮いた話を聞いたことはかつてない。


「好きになったってことよ。私だって女なのよ」

「女性だったんですか?」


 ジーンが手をかざし衝撃波をサーシャに見舞う。

 サーシャは軽くかわす。二人で笑い合った。


「言うわね、サーシャ」

「良い事です。あなたは一生独身かと思っていました」

「あなたといい勝負よ」


 笑顔のままサーシャは言った。


「わかりました。敵司令官の扱いはジーンにお任せします。明日はまず停戦合意し、その後の展開は良く検討しましょう。くれぐれもアルファの事で頭がいっぱいにならないようにお願いします」


「ご忠告ありがとう。そうするわ」


 ―― 5日目 ――


 停戦合意書への調印が終った。これでX国と連合軍によるベータ施設への攻撃は停止される。アマンとジーンが握手をした。アマンはサーシャの余命宣告に耐え、何とか威厳を保つことができた。


「ジーンさん、合意できて良かったです(おまえも道連れだ)」


「アマン首相。停戦は守って下さいね(その気は無いだろうけど)」


 二人共、偽りの微笑みを交わした。


 アマン、キリー、アルファが帰途の車に乗り込む。見送るジーン、サーシャ、アイリス。アイリスはキリーの顔を目に焼き付けようとした。

(もしかしたら彼を見るのはこれで最後になるかもしれない)



 ジーンはキリーの監視データとラボの分析から、キリーが各種の極秘情報を収集したことを把握していた。特に不妊ウイルスの設計データが漏れたことを重視していた。このウイルスに関しては既にワクチンも作ってあり、すぐに量産もできる状況になっていた。 ジーンはサーシャにウイルスの説明をした上で次の事を伝えた。


「と、言う訳でキリーは不妊ウイルスを製造できる状態になっているし、そのような動きをしている節がある。という事は……、やらなければならないことはわかるわね? サーシャ。至急ワクチンを大量精製して、リリアムの住民全員に打ってくれる? 何のワクチンかは具体的に言わずに敵のウイルス兵器対策だと伝えてね」


「はい、わかりました。キリーはワクチンの情報は持っているんですかね?」

「いいえ。彼はそんなものは不要だと思っているわ。彼がこの世で守りたい者はいないからね……」


 キリーには実は一人だけ守りたい者がいた。アイリスだ。

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