第48話 二人の秘密

 目が覚める。研究室の天井が二重に見える。まだ視覚も頭の中もはっきりしない。 2、3分天井を見つめていると、アルファの意識がゆっくりと正常に戻ってきた。白衣を着たジーンが試験管を振っている。


「あ、起きた?」

「おまえ、何をした!」


 アルファは起き上がり、強い口調でジーンを問い詰める。ジーンはアルファの方に振り向いてニヤリと笑う。


「ごちそうサマ。早く服を着なさい」


 そう言われてアルファは自分が裸であることに気が付いた。慌てて傍にあった服を着る。


「おまえ、まさか」


 ジーンは作業を終えると、白衣を脱ぎながらアルファに言った。


「私が欲しいものはいただいたわ。さて、お返しにあなたには三つ教えてあげる」


 (こいつ、俺に麻酔薬を吹きかけたな!) 

 アルファはジーンに殴りかかりたい衝動にかられたが、自重した。頭がフラフラするし、まともに戦ったら逆に殺られるだけだ。


「一つ目、アルファ種の保存対象として、あなたのクローンを作ることにする」

「俺のクローン?」

「そう。あなたのクローン」

「……」


 アルファはまだ頭がふらふらしており、深く考えられない。


「これを飲んで。頭がすっきりするわよ」

 ジーンは薬と水を渡した。アルファは一気に口にする。


「二つ目、あなたにはワクチンを打っておいたわ。それから今飲んだのは特殊な媚薬」

「ワクチンって何の?」

「生き残るためのワクチンよ」

「何だそれ?」

「いずれ分かるわ」


「媚薬って何?」

「気持ちが良くなる薬よ」

「媚薬の意味は知ってるよ。なんでそんなもの」

「私に敵意を向けないようにするためよ。まだ怒ってる?」


 言われてみると、殴りたいと思っていた気持ちはどこかへ行ってしまっていた。


「私の声に反応するように作った薬よ」


 確かにジーンの声を聞くたびに気分は良くなっていく。

「くっ、貴様……」


「どうしたの? 迫力が無くなったわね」 

「魔女めっ」

「お褒め言葉ありがとう。魔女に誘われて、のこのこと付いてきたあなたはまだまだ若いわね」


 話す度にアルファには抗えないジーンへの好意が募る。


「くそっ、強い薬だな」

「そんなに強くないわよ。プラシボ(偽薬)かもよ」

「そんな訳あるかっ」


「さて、三つ目、真面目な話をするわよ、アルファ、あれよ」


 ジーンは部屋の奥にある二つの長細いカプセルを指し示した。


「アルファ、良く聞いて……」


 ジーンはアルファを冷凍睡眠で未来に送るということを話し出した。それはアルファにとって未知への旅であり、二度とこの時代には戻れない究極の選択でもあった。ジーンはアルファにその役目を果たしてもらう理由を詳細に説明した。アルファはそれに納得した訳ではなかったが、受け入れるべき運命にも感じた。


「コールドスリープ……」

「分かったわね。当面は誰にも言わないで……」


 ジーンとアルファだけの秘密であった。

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