第44話 個別協議Ⅱ キリーとアイリス
―― 個別協議Ⅱ キリーとアイリス ――
アマン達とは別室。アイリスがキリーに詰め寄る。
「あなた昨日、戦争はどちらかが壊滅的に敗北し、アマン首相が消えるって言ったよね。なぜそんな事が言えるの? そこが分からないと、お互いに軍事行動をどう取るべきか話が進まないわ」
キリーは呆れ顔で言った。
「昨日も言ったろ、まず停戦合意なんかできないんだから、こんな話をしても無駄だ。それから戦局の展開については詳しく言えないって、これも伝えた筈だ」
「合意できるかできないかなんて分からないわよ。大体、あなた自身はこの戦争をどうしたいの?」
「戦争なんてどうでもいいんだ。俺はもう失うものは無い。オシミアに侵攻したやつらへの復讐、それだけだ」
「キリー、復讐したって家族は帰ってこないよ」
「同じセリフを返すよ。いくら反撃したって死んだベータは帰ってこない」
「黙りなさい!」
アイリスはかっとなって強烈な衝撃波をキリーに発射した。
「うおっ」
キリーがぎりぎりかわす。
後ろの窓に直径30センチメートルの穴が開き、穴の縁が橙色にどろどろと溶けている。
「危ないな、殺されるところだったよ」
ドアをたたく音。大きな音がしたため誰かが来たようだ。
「アイリスさん、大丈夫ですか?」
アイリスが返す。
「大丈夫よ、何でも無いわ」
駆け付けたスタッフ達が、アイリスのその言葉で離れて行った。キリーは冷や汗をかきながら、アイリスをなだめる様に言う。
「少し落ち着けよ。もう一度言う。俺の最終的な望みはアマンを初めとして、オシミアを侵略したX国の軍部を壊滅させることだ。それが真の目的だ。ベータと闘う気は無い」
「やっていることは違うでしょ」
「俺にはどうしようもないんだ。首相の指示さえあれば軍はどうにでも動く」
「どうやってこの状況を終わらせるの?」
「まあ見てなって。この交渉が終ったら、俺が首相にある作戦を進言する。それに乗ってくれば俺が一気にかたをつける」
「大丈夫なの?」
「何が?」
「何をするのか分からないけど、首相をどうかするとか軍部を壊滅させるとか、そんな事をしたらあなただってただじゃすまないわよ」
「もちろんだ」
「覚悟の上なの?」
「ああ。俺の人生なんて、家族の復讐をすると決めた時点で終わっているんだ」
「そこまでして……」
キリーは穴が開いた窓から外を見つめる。アイリスはそんなキリーの横顔を見つめてから呟いた。
「私が、その役割をやる」
「え?」
キリーが驚いて振り向く。今、アイリスは何て言ったんだ?
「私があなたの代わりにアマンを殺害し、X国軍部を壊滅させる」
「……」
キリーは絶句した。確かに言われてみればアイリスにその能力が無いわけではないが、実際はいくらアイリスでもそこまでは出来ない。
「思い付きでそんな事を言うな。お前はアマンの本当の恐ろしさを知らないんだ。あいつは目的を果たすなら何でもやる。俺以上に無慈悲な男だ。いくらお前の、いやベータ2の力が凄いからって、ただでやつを葬ることはできない」
「この交渉中に殺るわ」
「止めておけ、やつが死んだらX国軍が最終攻撃を発動することになっている」
「最終攻撃?」
「全ての核ミサイルを世界各地に向けて発射する。リリアムは当然、優先標的の一つだ」
「そんな……」
「アイリス、アマンは俺が上手くやる、核も撃たせない。君は何もするな」
「違う。アマンじゃない」
「え? 何だ?」
「……」
アイリスは答えない。キリーはすぐに悟った。アイリスは誰がアマンを殺るかを考えているのではない。キリーが命を懸けることを気にしているのだ。
「まさか、俺のことを心配してるのか?」
「……」
アイリスは答えない。キリーは首を振って、笑った。
「はは、お前さっき俺を殺そうとしたじゃないか? どうしたんだ」
「……」
キリーは真顔に戻った。
「アイリス、お前、男を好きになったことはあるのか?」
アイリスは顔を赤くして首を横にふる。
キリーは溜息を一つ吐いてから、アイリスに諭すように話した。
「お前、男を見る目がないぞ。お前と俺の接点はオシミアだけだ。お前はその力でベータを守らなきゃいけない運命なんだ。相手はもっときちんと選べ」
アイリスがようやく口を開いた。
「私も家族も仲間も友達もいない。あなたと同じ」
キリーは思い出した。アイリスはベータ2であるが故に、他のベータから孤立しているのだ。
「レナがいるだろう?」
「レナはじきにいなくなる。遠くに隔離される」
「そうか…… お前はベータを守ってるのにな。守っている人達から疎外されるなんてつらいな」
アイリスはゆっくりキリーに近づき、その胸に顔をうずめた。肩が震えている。キリーはその肩を片手でそっと抑え、もう一方の手で頭をなでる。アイリスが落ち着くと、キリーは最後に呟いた。
「もし可能だったらだけど、最後の仕事が終ったら、殺されないように逃げてみるよ。生きる意味が見つかったかもしれない」
アイリスは涙の痕が残る顔を上げて、キリーに微笑んだ。
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