第39話 キリーとアイリス

 少し時間を戻す。キリーとアイリスが建物の外に出て、庭を一緒に歩いている。朝、最初に会った時はアイリスの「この戦争を止めたい」という言葉に、答えに詰まったキリーであった。二人にはオシミア人の血が流れている者同士として微妙な親近感がある。


「今回、リリアムでの停戦交渉を提案したのはあなたなんですってね、キリー」

「ああ、そうだ」

「どうしてリリアムなの?」

「特に意味は無いよ」

「まあ、他の場所だったら私は参加できないから、良かったけど……」

「……」


 キリーはアイリスが微妙に自分を意識しているのが分かっていた。自分もアイリスの事はマヤ空港での一件以来気になっていたが、それを知られないように振舞っている。


「おまえ、成長したな、強くなったし」


 キリーがアイリスに言った。アイリスは対X国との攻防で無類の強さを発揮している。ジーンが史上最高の知能を持つ人間なら、アイリスは史上最高の超能力を持つ人間である。そんな強さをX国ナンバー2のキリーは痛感している。


「強くなんてなりたくなかった」


 アイリスがぼそりと呟いた。


「え?」

「私がどういう思いでいつも応戦しているか分かる?」

「いや、分からないな」


「不可抗力とは言え、私のパワーで多数のX国の兵士が無くなっているのよ。人殺しなのよ」

「それは仕方ないだろう」


「X国の兵士だって、ただの善良な人間なのよ。命令でベータを攻撃しているだけ。そんな彼らの大切な命を私はこの両手から出すパワーで一瞬にして消し去っているのよ。これで二十人が消える、これで三十人が消える―― いつもそう思いながらパワーを放出するの。私は死神?」


 キリーは「戦争はそういうものだ」と言いかけたが、それはあまりにも無責任で他人事の言葉だと思った。まだ若いアイリスが前線で派手な活躍をしていると思っていたが、実際には自分の心をズタズタに切り刻みながら涙を吞んで攻撃しているとは……


「お前、そんな事を考えて戦っていたのか……」

「キリー、なぜ私がこんな役割をしなければいけない? なぜ私がベータ2なんかに生まれてしまったの? 残酷すぎる……」


「悪いが俺には分からない。一つ言えるのは、こうなったのはベータ側のせいじゃない。俺達従来種、特にX国の責任だ」


 会話は途切れた。庭から見るリリアム内部の風景は戦争を微塵も感じさせない平和な雰囲気を醸し出している。やがてキリーが大事な事を打ち明け始めた。


「アイリス。お前にだけに教えてやる。誰にも言うなよ」

「何?」


「この戦争は俺が終らせる」

「え?」


「ただし、おまえが想像するような終わり方では無い。今回の交渉では真の停戦合意はされない」

「どう言う事?」


「詳しくは言えないが、長期停戦なんてしないし、この戦争はいずれどちらかが壊滅的な敗北をする。それで戦争は終わる」

「そんな…… どちらかって?」


「まあ、負けるのはおそらくX国側だろう。しかし逆もあり得る。ただどんなケースでも一つ確実なのは、アマンが消えることだ。そして戦争は終わる」


 アイリスは絶句した。歩くのを止めてキリーの方を向いた。さらにキリーが付け加えた。


「だから―― お前は無理はするな」


 そう言うと、立ち止まったアイリスを残して、キリーは去って行った。

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