第14話 未来は……

 レナとスカイが作った世界は千年後も平和な楽園となって存在している。ここにはいじめも人種差別も一切無い。それは決して遺伝子の違いによるものでは無い。


 メレオン島の住民は知っていた。世界が平和かそうではないのか、人々が幸福か否か、それはわずかな差なのだ。昔の人々はその差に気が付かなかった。一人一人がもう少しだけ他者に対する優しさを持つだけで楽園はすぐに作れたのに……


 人類は気が付かなかった。

 音楽が、春の息吹が、午後の陽光が教えてくれていたのだ。

「君達は望めばすぐ変わる事ができるよ」って。

 人を傷つけてはいけない。思いやりを持たねば人と関わる資格は無い。


 ◇ ◇ ◇


 リズが朝食をたっぷりと持ってきて、テーブルに置いた。

 彼女は家事が得意な様子だ。空を飛ぶだけではなく……

 子供達もちゃっかり二度目の朝食を食べている。

 リズがマーキュリー博士に言う。 


「そうだ。博士、TJから連絡がありましたよ」

「何て?」


 マーキュリーは朝食を食べながら訊いた。

 

「『何してるの? 暇なんだけど』ですって」

「何て答えた?」

の家に泊まっているって答えました」

「で? 彼は?」


「『嘘つけ、すごい建物じゃん』、って言ってました」

「あ、映像で見れてるのね」

「まあ、今日は海釣りでもして待つそうです」

「平和で良かったわね」


 ノアがガウンを着て長い髪をタオルで拭きながらやってきた。


「その恰好!」

「くつろぎすぎです」

 二人がクレームを訴えた。


「まあ、着替えながら早速さっそく始めるよ。博士は早く知りたいんだろ」


「着替えながら!?」

「止めてください!」

「大丈夫だ。はくべきものは穿いている」


 やはり原始人だ。

 原始人はウミの食器に残っていた赤いイチゴをひょいと取って一口で食べた。

 イチゴをほおばりながらガウンを脱いで服を着ていく。


「あー私の食べたー。おいしいから取っておいたのにい、クソじじー」


「ウミい。こんな好青年捕まえて『じじー』はないだろうよ」

「返せー ノアのバカー」

「はっは、早く食べないからさ」


 ウミの可愛いパンチとキックを受けながら、ノアがコーヒーを一口飲んで立ちあがった。


「さてと、ジーンの話だ。かいつまんで映像にまとめたので見てくれ」


 ノアが精魂込めて編集した映像が始まった。


 ◇ ◇ ◇


 ―― 2040年


 ジーンは十歳になった。ベータ変異を起こした女性達はまだ十代だ。彼女達は差別されても、隔離されても、その並外れた頭脳を使ってしぶとく生き延びていた。


 そしてベータが産まれる数は年を追うごとに加速的に増えている。


 ―― 言語の問題

 

 言語の問題は優秀なベータらが解決した。

 自ら医療的対応処置を開発したのだ。

 そう、言語問題は自ら克服してしまったのだ。


「私はジーン、ベータ1です」


 ―― 2040年の悲劇(爆破事件)


 しかし2040年に悲劇が起きた。

 彼女らが居住していた施設が何者かに爆破されたのだ。

 明らかに、ヘイトクライムによる言われなき暴挙であった。

 現場は悲惨さを極めた。ベータの犠牲者は30名に上った。


 生き残った女性の中にジーンがいた。

 彼女は十歳になっていた。


 彼女はベータの中でも飛び抜けた頭脳を持っていた。

 それはすなわち人類史上最も優れた知能を持つ人間ということだ。


 爆破された現場にジーンがたたずんでいる。

 小さいサーシャという女の子を連れて、現場を鋭い目で見続けている。


「私はこの悲劇を絶対に忘れない。ベータが幸せに暮らせる世界を作るんだ」


 ジーンは大粒で流れる涙を拭こうともしなかった。

 爆破され、くずれて煙が出ている施設をにらんでそう決心するのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る