ヘルマン村のアンジェリカ (2)

 アンとマーガレットも「村ってこんなに人いたっけ」と言うくらいに観光客も交えて賑わっている教会周りのテントを覗いて回る。

 マーガレットはショールを留めるブローチが欲しい、と言うのでアンも一緒に肩を寄せて仲良く覗き込む二人の姿は昔から変わらない。


 農閑期の大切な休日、アンも目当ての乾物の販売をしている行商人を見つけて紅茶の茶葉を見繕う。この地域では茶畑を持っていないのでお茶の類いは殆どが薬草を煎じたり、自分の家の脇にある小さな畑にも植えてある香りの良い薬草を摘んで一緒に煮出していた。


 一通り行商人のテントを回ったところで教会の中に入れば普段は祭壇の隣に置かれている大きな香炉が手間の方にまで出されており、お祈りに来る者はその香炉の中に一人ずつ、乾燥させて小さく束ねられている薬草をくべている。


 その列に先にマーガレット、次にアン、と並べばすぐに後ろにも人が並ぶ。大きな街にあるほど立派な教会では無かったが壁伝いに本棚もあり、アンもよく訪れていた――と言うより入り浸っていた。教会の体ではあったが殆どその機能は村の寄り合い、集会所のように毎日解放されていた。

 仕事が休みの日、家で掃除や洗濯、食事の仕込みを終えるとアンはお祈りをしてから本棚の前にある長椅子に座って本を開いたまま、まるで動かなかった。


 一体どんな本が年頃の彼女を惹きつけるのか。


「それはもうワーカーホリックなんじゃない?」


 並んでいる間に小さくおしゃべりをしていた二人。アンが本棚に新しい本が入ったと言った所でマーガレットが「働き過ぎ」と釘を刺す。


「だって、農業書とか記録の文献の写本って私達じゃおいそれと買えないし……知らない栽培方法とか、知らない北部地域の管理方法だって読みたいし」

「こう言うのを天職、って言うのかしら」

「そうかも」


 まだ明るい時間帯、教会の中にも日差しが差し込んでおり、いつもより相当多くの薬草が焚かれている香炉の換気の為に高い位置にある窓は開けられている。香炉の横には司祭が控えていて礼拝者に小さな薬草の束を手渡していたのでアンが「荷物預かるね」とマーガレットから包みを預かる。


 そしてマーガレットが薬草を火にくべて丁寧にお祈りをするのを後ろで見守り、アンの番が来た。今度はマーガレットが「荷物持ってる」と紅茶や買った小物などが入った布袋を預かってくれ、アンも同じように薬草の束を受け取ってちりちりと小さく火が上がっている香炉の中に薬草の束をくべた。そして目を閉じて、今年一年の豊作に感謝の言葉を心の中で紡いだ時――マーガレットの時のように僅かに火が上がる筈の香炉が突然、パチパチパチ!!と破裂音を立てて燃え上がる。


 一瞬の出来事だった。

 燃え残りなど何もかもが赤い炎に包まれ、一瞬で燃え尽きて白い煙だけが立ちのぼる。


 そしてアンの濃いこげ茶の瞳には収穫した小麦の袋や瓶詰にした野菜やジャムにした果物など、様々なヘルマン村の収穫物が捧げられ、飾り付けられている祭壇の前に佇む女性が映っていた。

 冬だと言うのにとても簡素な、白い絹のような軽やかなドレスを身に纏った目を奪われてしまう程に美しい女性――金色のふさふさと長く豊かな髪と色素の薄い金色の瞳を持つ人はにっこりとアンに微笑みかけ、緩く掲げた腕の指先で香炉の中を指し示した。


「アン!!ねえアン、アンジェリカ!!」


 マーガレットの声にハッとして目を見開いたアンは「香炉の、中に」とまるでうわ言のように呟く。


「アン、大丈夫?急に香炉の火が強くなって、アンは全然動かないし」


 焦る親友とまだ呆然としているアン。その姿に「まさか」と事の次第をその目で見ていた司祭が慌てて火掻き棒を手にすると山のようになっている灰の山を崩していく。


 初めに出てきたのは薬草を焚く為にくべてあった木炭の破片、次に薬草の細かい灰――だけの筈が俄かにごろり、と灰にまみれた小さい何かの塊がアンたちの目の前に転がり出て来た。


「アンバーだ……この村から『豊穣の手』の持ち主が出た……!!」


 司祭の声に近くにいた者たちが香炉を覗き込む。

 そこにはごつごつとした鳩の卵を少し大きくしたような石の塊が一つ、白い煙のような湯気をあげていた。

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