アンジェリカ・へルマンの花咲く庭園日誌

緑野かえる

第1話

ヘルマン村のアンジェリカ (1)

 神から加護を授けられた者はそれぞれに宝石を持たされる。

 その宝石の出現は様々であり、母から生まれて来たばかりの赤子の小さな手の中に、あるいはある日突然に手の中に握らされていたり、そしてこの物語の主人公であるアンジェリカ・ヘルマンも同じように神から加護と宝石を授けられた者の一人だった。


 ・・・


 今は冬、年の瀬。

 農耕大国のシュレーゲル王国は建国記念祭と収穫祭、年越しと新年のお祝いの全てをひっくるめた『祝祭の二週間』を迎えていた。

 南北に細く長いシュレーゲル王国の国土。東側には山脈、西側には大きな河川を有しておりその気候は南北で違っていた。北部は雪がしんしんと積もるが南部の冬は降ってもさほど積もらない。歴代の国王は肥沃な土地の恩恵を堅実に生かし、周囲にある同盟六か国の中でも下から二番目の広くない国土でもシュレーゲル王国は農耕大国を名乗れる程の商業国となっていた。


 冬のシュレーゲル王国は農閑期のうかんきを迎えており、一年間働いて来た国民の多くが体をゆっくり休められる束の間の時期であった。本来収穫祭と言うのは秋に行うものだが収穫後と言うのもそれなりに忙しかったのでそれならば、秋と冬のお祝いごとを二代前の国王が一つにまとめてしまった。


 理にかなっているこの祝祭の二週間は年の瀬と新年とで一週間ずつ分かれており他国との国境近くにある王国最南端のヘルマン村も村の中央にある教会を中心に他国や都市部からやってきた行商人の出店の為の小さなテントが並び、賑やかだった。


 そしてここは村の一画、ちょうどお昼ご飯を食べ終わった頃の時間。


「アン、今日は遅くなりそう?」

「教会でお祈りに参加して、テントを少し見て回るくらいだから流石に暗くなる前には帰って来るかな。良さそうなお茶とかあったら買ってくるから」

「ええ、お願い。お父さんもその内農場から帰って来るだろうし、気をつけて行ってらっしゃい」


 行ってきます、と小さな家から出て来たのはこの家の一人娘であるアンジェリカだった。普段は三つ編みにしてお団子にまとめている栗色の長い髪も今日は少し緩く編んで背中に流し、お気に入りの淡い若草色のリボンで纏めている。


 外に出れば昼間でも息は白いが昨晩降った雪は日陰の所だけ白く解け残っているくらいだった。最近完成したばかりのリボンとお揃いの若草色をした手編みの三角のショールを纏い、待ち合わせの場所で友人を待つ。その瞳は昼の日差しに当てられてこげ茶の筈の色が少し、黄金こがね色のように光る。


「アン、ごめん!!待たせちゃった?」


 編んだばかりでまだ馴染んでいないショールの結び目を直していたアンは顔を上げて「今来たところ」と小さな時から同じ時間を過ごして来た親友の女性、マーガレットに笑い掛ける。


「アンがすっごくおしゃれしてる……」

「普段のアレは仕事着だから」

「そうね、そうよね……」

「もう、田舎の村なんだから大体仕事着なんてみんな似たような感じでしょ?」


 今日は一応お出掛けの日なので普段は着ないブラウスや上着、くるぶし丈のスカートだったが仕事の時は使い古し白い綿のエプロンをスカートの上から巻いているしブラウスも、エプロンの下のスカートも着古しの物だった。

 アンの仕事は温室での薬草の栽培と管理。薬草の背丈が長くなってしまえば立ち仕事が多いのでそこまでスカートの裾は汚れたりしないがそれでも土に触れ、手を草の汁で荒れさせてしまう事も少なくない。その汁がエプロンによく染めついてしまう。いくら真新しいエプロンを買ってきても幾らか日にちが経つと見た目だけは相当、年季の入ったエプロンを掛けているように見えてしまっていた。


 そして親友のマーガレットはアンたちが収穫した薬草などを乾燥させたり、煎じたり、色々な方法で加工をする加工所で働いていた。そこではアンの母親も働いており、娘同然のようにマーガレットの事もアンの母親は見守っている。アンもマーガレットも今年で二十三歳になった。


 そんな二人は年末のこの祝祭の日が始まると日にちを決め、土地の神を信仰する教会にその年の実りの報告と感謝の言葉を告げに行っていた。すっかり年頃の女性二人なのでその殆どは行商人のテント目当てではあったがこの二週間くらいしか大規模な、まるで教会を囲んだ市場のような状況はお目に掛かれない。もちろん大きな街もあるが、荷馬車にガタゴトと揺られて行って帰って来るだけでくたびれ果ててしまう。

 何より、街と村を結ぶ荷馬車は一日一往復しかないし、もれなく荷物を載せているのでその隙間に人間が相乗りしているような感じだった。

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