第8話

「――!!」

 宙に投げ出された身体。圧倒的な重力の奔流。嵐のような風。砂粒が弾丸のように身体を穿った。

 呼吸もできず、ただ口をパクパクと開けて酸素を求める。

 激しい光の環が遠くに燦然ときらめいて見えた。いつだったか観たSF映画を思い出す。あれこそがブラックホールの中心部、イベントホライズンなのだろう。

 首を振ってチャオの姿を探す。が、まったく見当たらない。ブラックホールに完全に飲みこまれたのかもしれない。

 どうする。脳内がパニックで真っ白になる。地球上で感じることのない強烈な重力でもって、光に引き寄せられる。両手両足をばたつかせなんとかバランスを取ろうとするが、まったくうまくいかない。上も下もなくもみくちゃにされ、前後感覚すら失われた。

 ああ、これはもう駄目なやつだ。そう悟るまで、たいした時間は要さなかった。

 幻想的なまでに美しい光の環が、悪魔のほほえみを浮かべ、土岐を手招きする。

 自然、心が吸い寄せられる。このまま重力に任せるのも悪くない終わりかたかもしれない。そう感じた瞬間、

「魔力を意識して」

 どこからか声が届いた。

 チャオのものではない。知らない女性の声だった。

「魔力を意識して。身体の内側」

 なにがなんだかわからない。すべてを諦めて落ち着いた心が、再びパニックにみまわれる。

 なんと言った。自分の中の魔力を意識しろと。

 目をつむり、胸のうちでちりちりと燃え続ける魔力に心を集中する。

 昔、魔物に襲われてからずっとだ。ずっと胸の内でくすぶり、熱を持ち、そのくせなんの役にも立たなかったゆらめき。チャオと出会い、魔法少女として戦うようになってからも、この感覚は消えなかった。こいつこそが土岐の中に眠り、血に流れる魔力の源なのだとかつてチャオは言った。こいつをまともに取り出せたことはない。だが、もしこの声の主が信頼できるなら――

「魔力を、伸ばして。アタシのほうへ」

 いや無理。意味わからん。なに言うてはりますの。心の中の京都人が不機嫌そうにツッコミを入れる。魔力ってそんな粘土みたいにぐねぐねできんの?

「はやく。時間がない」

 声が急かしてくる。たしかに、いつの間にか光のリングが大きく接近していた。

 ええいままよ。心の内で唱えながら、胸の内でくすぶる炎を揺らめかす。細く、細く、糸のように伸ばしてリングと反対のほうへ伸ばしてゆくイメージ。

 次の瞬間。

「!?」

 ぐいっと、胸を引っ張られた。

 明らかに重力に逆らう力だった。縄で縛ってクレーンで吊り上げられたら、おそらくこんな感じなのだろう。

 ブラックホールから離れられる安心感と、縄の先になにが待ち構えているのかという不安感がごちゃ混ぜになったまま、土岐の身体はいやおうなしに引っ張られ続けた。

 暗闇を通り抜け、唐突に地面へ投げだされた。

「ぐふぅ!」

 肺から空気が漏れる。痛い。が、五体が完全に支えられているという圧倒的な安心感が勝った。肺いっぱいに酸素を取りいれる。生きている証拠だ。骨に響きそうな痛みすらも心地よかった。

 地面をすりすりと撫でていると、ずどん! と重たい音とともに大地が揺れた。

 顔をあげると、目の前で、五メートルはあろうかという魔物が妖精と戦っていた。

「ぎにゃああああああああああ!」

 跳びあがった。

 命の危機をやっとの思いで切り抜けたと思ったらまさかの展開だ。巻きこまれてはたまらない。一目散に反対方向へ走り出す。なんとか隠れられそうな場所は。そう考えて周囲をきょろきょろと見回すと、先と同じような光景があちらこちらで広がっていた。

 どうやら土岐の降り立った場所は、戦場のようだった。

「っはああああああああ!?」

 よりにもよってすぎる。どうすんだこれ。しかも妖精のサイズは見知ったものだけれど、魔物のサイズがことごとくでかい。洞窟の主レベルの魔物がわんさかいる。

 チャオがいたとしてもまったく対応できないだろう。今の、変身すらできない自分にできることなど皆無だ。とそう思って、ふと違和感に気づいた。

「……変身してる?」

 いつもとおなじ、フリフリの衣装だ。後ろ手に確認すると、長いポニーテールは燃えるような赤で、すなわち魔法少女の姿そのものだった。

 だが、学園魔法少女のもうひとつのトレードマーク、剣がなかった。

 両手になにもアイテムがないことがこれほど心もとないとは。戸惑いとともに妙な感傷がわいてくるが、あちらこちらでドンパチやっている光景がすべての感情を塗りつぶした。

 ポジティブに考えれば、都合は良い。剣がないなら両手をしっかり振って走ることができる。

 短距離走選手ばりの姿勢で荒野を駆けながら、なんとか戦いから隠れられる場所を探す。

「……なんもねえ!」

 荒野だった。ごつごつとした大きめの岩くらいしか隠れる場所がない。しかも、おそらく魔物ならうっかり蹴り飛ばしてしまう路傍の石程度の存在感だろう。

 仕方ない。体力勝負といこう。隠れられないなら戦場を脱するしかない。

 と腹をくくったところで、

「おおーい!」

 女性の声が、ドンパチ音の合間から辛うじて届いた。

 どこからだろうか。きょろきょろと周囲を見回す。うしろから聞こえた気がする、と振り向く。巨大な魔物が追いかけてくるだけだった。

「って追いかけてきてる!?」

「へいお嬢さん! ちょい待ってや!」

 呼び止められた。

 思わず足を止めると、魔物も土岐に合わせて歩を止めた。

 魔物を見上げる。表情は……よくわからない。口を開かないかな、と思っていると、ひょっこりと、魔物の上から人影が姿を見せた。

「オッケー! 今降りる!」

 ぶんぶんと手を振って、声の主は飛び降りた。

 ゆうに四メートルはあろうかという巨体から一足に着地。ずん、という重たい音を立てて、土岐の前に立った。

「やー、無事そうでよかったわ。よりによってあんなド真ん中に落ちてくるたぁツイてないねえ」

 透明感のある、白髪の魔法少女だった。見た目に似合わないガサツな言葉遣い。その声は、ブラックホールで聞いたものと同じだった。

「あの、ブラックホールで助けてくれましたよね。あざっした」

「うん。ギリ間に合って良かったよ。アタシは茂理。よろしく」

「茂理さん……って、もしかしてあの茂理さん!?」

「どの茂理さんだよ」

 豪快に笑う。

「私、学園魔法少女の土岐っていいます。安芸桜さんに言われて茂理さんのこと探してて」

「桜に……へえ、そうきたか。了解了解。ついてきな」

 歩き出そうとする茂理に、土岐はあわてて問うた。

「私より先に妖精来なかったっすか? 象っぽい見た目の、チャオってやつなんすけど」

「そいつに言われて君を助けにきたんだ。うちで鼻を長くして待ってんよ」

 どうやら無事らしい。ほっと胸をなでおろす。

 茂理の誘導で荒野を進む。

 戦場を離れるとやがてごつごつした岩が増え、綺麗な水場も見つけた。街のようなものは見当たらないが、サバンナみたいな場所だと考えると妥当かもしれない。

「茂理さん、この世界って、なんなんすか。なんで私呼吸できるんすか」

 戸惑いを隠せない土岐に、茂理は平然と答えた。

「言ってしまえば、ここはパラレルワールドの地球なんだ」

「パラレル……」

「テレビで偉い奴らが語ってんの見たことあるだろ? 『妖精はブラックホールの向こうから来たのに、なぜ地球上の動物と似た姿をしているのか』って」

 たしかに、見た記憶がある。うんたら大学のかんたら教授がしたり顔で自説をひけれかしていた。

「アタシの答えがこれだ。この世界は、いわば、太古の昔から魔法を活用されてきた地球。動物は魔力を取りこみ、進化してきた。それが妖精なんだよ」

「なら、魔物は」

「人間の進化した姿。と考えていた時期もあったが、どうだかな。正直、アタシにゃわからん。さ、到着だ」

 足を止める茂理。眼前には、小さな小屋がぽつりと立っているだけだった。

 中を覗く。

「チャオ!」

 浮かない顔で奥のほうに座るチャオの姿に、思わず声が出た。

「土岐ちゃん!」

 チャオもぱあっと顔を明るくした。鼻を持ち上げ、嬉しそうにぶんぶんと振った。

 が、それもつかの間。すぐにしゅんと垂れさせた。

「土岐ちゃん。……ごめんぱお。ぼくは理事長のスパイだったぱお。土岐ちゃんたちの様子を逐一報告して、アリスちゃんの魔力の強化を図っていたぱお」

「チャオ……」

 ネットカフェでの一幕を思い出す。アリスは言っていた。チャオを信用できるのかと。なるほど、彼女の言うとおりだった。

 ならば、土岐の答えは変わらない。

「チャオなら、いい。裏切られても。無事でよかった」

「……土岐ちゃんこそ、生きてて良かったぱお」

「チャオが茂理さんにお願いしてくれたんでしょ。そんなだから理事長にクビ切られるんだよ」

 軽い調子で言うと、チャオは目に涙をためたまま笑った。

「さて。感動の再会も済んだところでだ」

 茂理が小屋に入ってきて言った。

「状況を整理するぞ。教えてくれ。なにがあったのか」

 促されるがまま、これまでの流れを手短に話した。


 すべてを語り終えると、茂理は重たい口を開いた。

「災難だったな」

 いたわるような声音だった。

「けど、茂理さんに会えたんで」

「……希望を持たせて悪いが、アタシにしてやれることなにもないんだわ」

「えっ」

 戸惑う土岐。

 茂理は手製の葉巻に火をつけながら言った。

「察しはついてるだろうが、アタシは学園を辞めたんじゃねえ。理事長にハメられてブラックホールゾーンに落とされたんだ。なんとか生きてこの世界にたどり着いたが、一年経ってもまだ、向こうに戻る手段が見つからねえ」

「なにが問題で帰れないんすか?」

「単純な話、魔力が足りん」

 煙とともに吐かれる、苦々しげな声。

「空間をひん曲げるような重力だ。ブラックホールに囚われず通り抜けるには、膨大なエネルギーが必要なんだよ」

「じゃあ、茂理さんはこっち来るとき、どうやってブラックホールから逃れたんすか」

「……鋭いな」

 茂理は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。

「アタシは、君たちと違って相方と一緒に叩き落とされた。……相方が、アタシを送り届けてくれたんだ」

 葉巻からぽとりと灰が落ちる。

 彼女の傍に妖精はいない。つまり、そういうことなのだろう。

「……すんません。いらんこと訊きました」

「気にするな」

 小さく手を振る茂理。

「それより、これからどうするかだな。アリスさんを助けるってんなら、アタシから出せる案はひとつだけだ。チャオくんが単独で向こうに帰る」

「……あれ、そっかチャオはひとりでこっち来たんだ。どうやって?」

「簡単な話さ。妖精の保有する魔力量は、アタシや君なんかとは比べ物にならねえくらい多い。それだけ」

 茂理の言葉に、思わずチャオへ目を向ける。

「当然ぱお。でないと、人間に魔力を貸すなんてできないぱお」

「それでもギリギリだがな。妖精も魔物も、だいたいのやつはブラックホールに飲まれて死んでいく。で、チャオくん。どうだ?」

「無理ぱお」

 チャオは力なく答えた。

「ぼくひとりなら、戻ることはできるぱお。でも、そこまでぱお。理事長には、強みも弱みも全部握られてるぱお。ぼくの覚えてる魔法はすべて理事長も覚えてるし、単純に上位互換ぱお」

「けど、アリスをうまく解放して協力すれば」

「理事長は、アリスちゃんの魔法も扱えるぱお」

 土岐の反論が、一瞬で潰される。

「……茂理さん、こっち来るとき引っ張ってもらった要領で、向こうに帰るの手伝ってもらうのは無理なんすか?」

 厚かましさを承知で提案すると、しかし茂理は静かに首を振った。

「行きと帰りは同じじゃねえ。引っ張るぶんには力ずくでなんとかなるが、押し出すってなるとコントロールがムズいし、ゴールまで届かない可能性もある。現実的とは言えねえな」

「なら、」

 次のアイディアを続けようとして、「…………」言葉が出てこなかった。

 理事長の強さを知らない。

 チャオの力も知らない。

 ブラックホールゾーンのことも、この世界のことも、なにも知らない。

 チャオが、茂理が首を振るなら、土岐に出せるアイディアなどなかった。

 うつむき、唇を噛む。こうしている間にも、アリスが酷い目にあっているのかもしれない。あるいは一刻一秒を争う事態になっているかも。いてもたってもいられない。なのに、できることがなにもない。悔しさと、追い立てられるような焦燥感が胸を焦がすばかり。

「土岐ちゃん。ひとつ、お願いがあるぱお」

 チャオの声に顔を上げる。

 いつになく真剣な表情で、土岐を見つめていた。

「試したことはない。試したことはないけど、ひとつだけ可能性があるぱお。具体的な説明はしにくいんだけど、うまくやれば、ふたりとも向こうに戻れる可能性があるぱお。……失敗すれば、ふたりともブラックホールに吸いこまれるけど。でも、ぼくを信じてほしいぱお」

「命預けるよ」

 土岐はハッキリと言った。

 迷う余地などなかった。

「行こう。時間がない。アリスを助けなきゃ」

 立ち上がる。確率がどんなもんだとか、具体的にどうするのかだとか、気になることはある。けれど、わざわざそれを聞きだしたところで、最終的に実行に移すという結論はかわらない。チャオがこうして言うのだ。信じる以外の選択肢などない。

「茂理さん。私ら向こうに帰ります」

 腕を組む茂理にそう告げると、彼女はなにか言いたげに口を開き、なにも言わずに息をひとつ吐いた。

「わかった。行こう」

 魔物に乗って先の場所へと戻る。

「茂理さん。お世話になりました」

「ああ。桜をよろしく頼む。アイツはああ見えて寂しがりだからな。たまにでいいから、アリスさんとふたりで訪れてやってくれ」

「必ず。チャオも連れて三人で」

 強い決意で答えた。

「土岐ちゃん。行くぱお」

 チャオの合図で、足をブラックホールに突っこむ。

 一気に穴に吸いこまれた。

 強烈な重力の奔流。洗濯機の中にぶちこまれたような錯覚。

 だが、そのトラウマ現象も一瞬だった。チャオの魔法によって、まるで周囲にバリアでも張っているかのようにふたりの周辺だけが落ち着いた空間となっていた。

「うわ、チャオすっご」

「このくらいなら、土岐ちゃんも鍛えればできるぱお」

「マジ? 私ん中の魔力の使い方、結局よくわかんないんだけど。さっきは茂理さんの指示で細長く紐みたいに伸ばしたんだけどさ」

 強烈な光のリングを横目にスイスイと進む。

「そんでチャオ、こっからどうすんの?」

「先に、土岐ちゃんの魔法について説明するぱお」

「私の?」

「理事長と戦うために必要な話ぱお」

 ずいぶん真面目な様子で言うので、土岐は正座の姿勢でチャオに向き直った。

「土岐ちゃんの血に流れている魔法は、かなりマイナーぱお。というか、今は使い手がほぼ絶滅しているぱお。だから、理事長を討てるとしたら、わからん殺しをできる土岐ちゃんしかいないぱお」

「ふぅん。で、私の魔法ってなんなの」

「土岐ちゃんに一番わかりやすい言葉で説明すると、太陽ぱお」

「太陽?」

「原子力爆弾と言い換えてもいいぱお」

「……なんか物騒な話だね。爆発させんの?」

「自動詞ぱお」

「…………もしかして、私の身体が太陽になるってこと?」

 チャオがうなずく。

「やばくない?」

「一歩間違えれば、土岐ちゃんの熱で土岐ちゃん自身が蒸発するぱお」

「……ファイトクラブで私が勝ったときのもそれ?」

「そのとおりぱお」

 おそろしい話だ。黒焦げを超えて蒸発ときた。

「で、どうやって発動すんのさ。あんときのこと全然覚えてないんだけど」

「それは、ぼくにもわからないぱお」

「えー……」

 白い目を向けると、チャオはあたふたと言い訳を始めた。

「ぼくだってこんなドマイナーでリスキー魔法は勉強する気にならないぱお。そもそも、ほとんど禁忌みたいなもので、歴史の闇に葬られてきたものだから、文献を読んでも全然情報がでてこないぱお。鍵が発声なのか手型なのかにおいなのか、そういったことすらわかっていないぱお。逆に、土岐ちゃんは魔物に襲われたときのこと覚えてないぱお? 土岐ちゃんを襲った魔物は間違いなくその魔法の使い手のはずぱお」

「ん-……」

 顎に手をやって記憶を探る。あれはたしか幼稚園児のころだったか。たしか公園で遊んでいて――

「いや無理だわ。なんか記憶に蓋されてる」

 具体的に思い出そうとして、どうも脳内の映像にノイズがかかる。単純に遠い記憶だからというのももちろんあるだろうが、それ以上に、トラウマを避けるように脳が制限をかけているような気がした。

「……仕方ないぱお。出たとこ勝負といくしかないぱおね」

「まあ、私ら今までもそうだったしね。なんとかなるっしょ。最悪私の剣術で全部斬り伏せてやるよ」

 軽口を叩くと、しかしチャオは返事をしなかった。

 かわりに、すぅ、と目を細め、なにか呪文を口にし始めた。

 よく聞き取れないが、それが魔法の始まりなのだということはわかった。きっと、チャオの言っていた作戦が始まるのだろう。邪魔をしないようにじっと黙る。

 ブラックホールの巨大な光の環が、チャオの顔を煌々と照らし出した。

 スローモーションのような幻想的な時間は、あっという間に終わりを告げた。

「土岐ちゃん」

「ん?」

「ありがとうぱお。ぼくを信じてくれて」

「……うん。チャオも、いつも力貸してくれてありがと。大丈夫。もし失敗しても恨んだりしないよ。一緒に地獄で魔法少女続けよ」

「失敗は、絶対にしないぱお」

 いつになく強い声が返ってくる。これは頼もしい。

 チャオは土岐に手を伸ばしてきた。

「あっち向くぱお」

 言われるがままに土岐は進行方向を向いた。

 背中にチャオの手が触れる。

「土岐ちゃん。……だましてごめんぱお」

 え、という声は、チャオには届かなかった。強烈なGが土岐の肺を潰す。一瞬の間をおいて、自分がロケットのごとく急発進したのだと理解した。慌てて首を捻ってうしろを確認する。

「チャオ!」

 相方の名前を呼ぶ。

 返事はない。

 姿は。わからない。

 遠く米粒のようななにかが見える気はするが、それがチャオであると信じたくなくて、頭を振った。

「チャオ! 返事しろ! チャオ! どこいった!」

 猛スピードでブラックホールの横を滑空する中、ばたばたと全身を叩く。ポケットにでも隠れているんだろう。そんな、ないとわかっている可能性を手当たり次第に探す。

「チャオ……なんで……バカ……」

 怒りの感情は、やがて力を失い、やりきれなさだけを土岐の中に残した。

 光のリングがあまりに美しくて、無性に腹が立って、馬鹿野郎ともう一回叫んだ。

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