第5話

「なんか、幽霊出そう」

 街からずいぶん離れた山ぎわの田んぼ道。暗闇の中に佇む廃工場を前に、土岐はそう不満をもらした。

「そっちなんだ怖いの」

 不安げな様子でアリスが言う。

「ガラの悪い魔法少女が多いから、そのことを気にしたほうがいいと思うよ。特に学園の人は舐められやすいから」

「へーきへーき。その手の輩はヤンキー時代によく相手してたから。ああいうのは拳でわからせてやれば歯向かってこなくなるよ」

「……エマのそういうところ、頼もしくなるよ」

 気の抜けたように言って、アリスが入口の扉を開けた。

 閑散とした空間が開けていた。

「コアは」

 薄暗い照明の下、門番のように立つ魔法少女に問われた。

「ゼロ。こっちも」

 アリスが土岐を指さして答えた。

「はっ」

 嘲笑を浮かべ、門番少女が黒のリストバンドをふたつずつ渡してきた。

 黙って受け取る。

「おんっも!」

 思わず大きな声が出た。握った手からこぼれ、コンクリートに勢いよく落ちた。鉄球でもぶつかったかのような鈍い音。

「なんだオメーら初めてか」

 戸惑う土岐に、門番少女が呆れたように笑った。

「いや重すぎっしょ。バトル漫画でもこんなんつけて修行するやついないよ」

「コアを賭けたファイトクラブだぜ。コア0個で参加できるってだけで破格だと思わないか?」

「……まあ、それもそうだね」

 アリスの話を思い出す。コアの数に応じてハンデが課されるのだと。つまり、この死ぬほど重いリストバンドを装着して戦えという話なのだろう。

 両手で持ち上げながら、改めて場内に視線を広げる。こざっぱりとした廃工場だ。当然、掃除が行き届いているということはなく、空気もどことなくほこりっぽい。

 なんとか両手首に装着。手首と肘、肩が外れそうに痛む。土岐はおくびにもださず、飄々と尋ねた。

「人いないけど、ほんとに開催されんの?」

「ああ、たぶんオメーらで最後だ。そっちの階段から降りな」

 奥を指さして言う。薄暗くてぱっと見わからなかったが、なるほど地下へ繋がっていそうな階段があった。

「なんでわざわざ下に」

「養殖の連中ならともかく、天然魔法少女だぜ。こんなチープなとこでやったら屋根が吹っ飛んじまう」

「なるほどね。ありがと」

「ま、せいぜい死なねえことだな」

 ケケケと笑って、門番女はタバコを手に外へと出ていった。

 土岐は一つ息を吐き、頬を数度叩いた。

「よし」

 小さくつぶやき、一歩踏み出した。


 階段を降りきり、ドアを開けると、広い空間に出た。

 駐車場と呼ぶには天井が高すぎるから、もしかしたら地下放水路だろうか。コンクリート打ちっぱなしの、太い柱が点在する開放的な空間だ。

 魔法少女の数は、ざっと十人程度か。柱の陰で見えないところにもいるだろうと考えると、もうすこし多めに見積もったほうがよさそうだ。

 見える範囲で手首を確認する。青、紫、赤。それらの色がどのレベルを意味するのかは不明だが、黒より上なのは間違いない。

 舐められないよう、手首をぷらぷらと振ってみせる。肩が外れそうにきしんだ。

『レディースアンドジェントルマン!』

 マイクごしに大きな声が響いた。ジェントルマンいなくね? と心の中でツッコミを入れていると、テンション高い声が続いた。

『第十三回ファイトクラブにお越しいただきありがとうございます! 初めての方もいらっしゃるのでルール説明です! 全員ぶっ倒したら勝ち! 最後の一人がコア総取り! 観戦の方はゲーム開始後三分まで賭けられます!』

 観戦? と思いキョロキョロと上を見回す。観戦席のようなものは設置されていない。が、かわりに、大量のカメラが天井に設置されていた。なるほど、映像を通して観戦、賭博をしているのだろう。

『準備は良いですね? では、ゲームスタート!』

 ぶつりとマイクの音が切れた。

 ――さて。

 現在この空間において、土岐とアリスは、おそらく唯一の黒バンドだ。積極的に狙われるだろう。そう思って警戒心あらわに周囲へ気を張る。

 一分。二分。

 動きが、ない。

「ふぅ……」

 ひとつ息を吐いて、なるほどと得心する。

 このルールは、討伐数が報酬に影響しない。ストック制のスマブラみたいなものだ。ならば必然的に、終盤までは逃げ回っていたほうが得。戦場全体に緊張感はありつつ、なかなか戦いが始まらないのは、つまりそういう理由なのだろう。

「エマ、どうする? 戦う? 逃げる?」

「遮蔽物ないし、逃げ続けるのは無理があんね。積極的には仕掛けないけど、相対したら戦うことから考えよう」

「わかった」

 アリスがそう答えたと同時、黄髪の少女が一人、こちらに跳んできた。

 髪とおそろいの黄色いリストバンド。剣を握っていることから察するに、おそらく使う魔法は土岐と同じものだろう。だが、これほどの跳躍を学園で見たことはない。似て非なる魔法なのか、あるいは単純に学園のどの生徒よりも身体能力が高いのか。

 とはいえ、こちらには数の利がある。未知性という強みを、土岐は短剣で真正面から受け止め――ようとして、腕が上がらなかった。

「しまっ」

 リストバンドの重量が、身体に染みついた動きを阻害する。

 土岐の肩から下半身にかけて裂かんと振り下ろされる刃。

「!?」

 すんでのところで、アリスの蹴りが軌道をそらした。

 目を丸くして距離をとる黄髪。

「さんきゅアリス」

「エマいける?」

「当然」

 ヒントはもらった。

 リストバンドのせいで、剣はろくに扱えない。なら、使わなければいい。

 幸い、土岐はヤンキー時代、拳も足もどちらも使っていた。両手を縛られた状態でヤンキーを10人倒したことだってある。

 魔法少女の身体能力を手に入れた今、戦えない道理はないのだ。

 黄髪へ向けて駆けた。狙いを悟られないよう、剣を構え、不敵に笑む。

 軌道を読ませる。ぴくりと彼女の腕が反応。そこで、土岐は剣を投げつけた。

 目を丸くする黄髪。同時に、土岐は蹴りを放った。

「チッ」

 舌打ち。

 瞬間、

「アァッ!!」

 土岐の足に、衝撃が走った。

 内側からめった刺しにされるような、あるいは細い針で無数の穴を開けられるような、痛みとも不快感ともつかない、灼熱の衝撃。

 その正体が電撃なのだと気づいたときには、土岐の身体は崩れ落ちていた。

 ニタリと、黄髪が口元を緩める。

 それが敗因だった。

「――!」

 アリスの足の甲が、彼女の頚椎にクリーンヒット。

 黄色の魔法少女は、声もなく倒れ伏した。

「……アリス、さすが」

「エマが隙を作ってくれたから。立てる?」

「立たないとね。ヤンキーは舐められたら終わりだから」

 土岐は震える脚にカツを入れ、膝を伸ばした。

 周囲を見やると、いつの間にか各地で戦いが始まっていた。

 仕方ない。ひとつ嘆息して、チャオに尋ねた。

「近く誰かいる?」

「ふたり隠れてるぱお」

「なら移動しよう」

「動いて大丈夫?」

「むしろ動いたほうがいい。鉢合わせるリスクはあるけど、それ以上に万全の状態で仕掛けられるほうがイヤ。近くのふたりが手を組んでるかもしんないし」

 魔物との戦いはともかく、対人については一家言ある。特に、こういう大人数のごちゃごちゃした戦いは、河川敷で何度も経験してきた。

 ドヤ顔でそう解説した直後、どがあああああああん! と激しい爆発音が鳴り響いた。反射的に顔を向けると、遠くで魔法少女が三人吹き飛んでいた。

「……テロリスト紛れてない?」

「魔力の爆散を感じるぱお」

「天然、いろんな魔法使いすぎでしょ」

「でも、扱う人の少ない魔法は、真価を発揮するのが難しいぱお。学園の子たちみたいな積み重ねがないぱお」

 火力とリーチの差で、丁寧に積み上げてきたものは吹き飛ばされてしまいそうな気がしたが、口にはしなかった。泣き言はなにも生まない。

 二発目、心臓をえぐるような轟音が背中側で響いた。

「……えっ」

 先まで待機していた場所に、煙がもうもうと立っていた。

「チャオ。敵は」

「ふたり減ってひとり増えたぱお」

「悪化してんじゃん!」

 一時共闘に持ちこめるだろうか、という目算が一瞬で消え去った。

 全力で駆けだした。この際、進路に隠れている魔法少女から狙い撃ちにされる線はケアしない。地雷を踏んだらそのときはそのとき。シートベルトを着けてカーチェイスするバカなどいないのだ。

 ちらりとうしろを振り返る。ショートカットの魔法少女が、大きな瞳でこちらをじぃっと見つめていた。

「のこり何人?」

「土岐ちゃんたち含めて五人ぱお……三人ぱお」

 ショートカットの魔法少女が、両サイドから斬りかかられた。が、相手にならなかった。手首のスナップだけでふたりを捻り飛ばしてしまった。土岐の目には、彼女の手首にはめられた紫が禍々しい色に見えた。

「あの子真っ当に強いぱおねえ。学園に欲しいぱお」

「んなこと言ってる場合か! あと三人って私らだけじゃん!」

 あまりにスピーディな展開に頭がついていかない。一旦柱の陰にかくれて様子をうかがう。両手首のリストバンドが重たく、いつも以上に疲労感がある。

「チャオ。あの魔法なに。爆発?」

「気流操作ぱお。火種はライターみたいぱお」

「そっちか」

 アリスがちらりとうしろを振り返り言った。

「エマ。わたしがスキを作るから、エマが叩きこんで」

「わかった」

 考える暇などない。なにをするのか訊かず、土岐は頷いた。

 歩を止めたアリスが、太い柱を挟んでショートカットの魔法少女と相対する。

 邪悪に口端を上げる敵を前に、アリスは柱へと手を伸ばした。

 硬質な、甲高い音が響いた。

 コンクリートの柱に、無数の線が引かれた。

「今!」

 アリスの声をかき消すように、ドドドドドと轟音を立てて柱が崩れた。

 土岐は崩れ落ちる瓦礫の隙間を縫うように駆け、一直線に緑の魔法少女の懐に入っ――眼前で突如激しい爆発が起こった。

「あっ」

 粉塵爆破。どこかで聞いた単語を思い出す。

「避けて!」

 アリスが叫んだ。同時、土岐は突き飛ばされた。

 どごぉん! と、爆炎の向こうから、一瞬前まで土岐のいた空間に炎が飛んできた。

 スローモーションのように倒れるアリス。頭から血を流し、気を失い、自動で換装が解かれた。

「アリス!」

 悲鳴にも似た絶叫。

 かつん、かつん、と、ゆったりとした足取りが近づいて来た。

「弱いほうが残ったの」

 悪魔のような声だ、と思った。

「降参するなら攻撃しないであげる」

 ライターに火が灯る。

 土岐はアリスから顔を上げ、不敵に笑んでみせた。

「バカ言うな。ヤンキーは、売られた喧嘩を値切らないんだ」

 もちろん、策なんてない。それでも自分のほうが上だと目で語った。

 舐められるわけにはいかなかった。アリスの守った自分に価値があると証明しなければ、アリスが間違っていたことになってしまうから。

 彼女の正しさを教えてやる。

 短剣を構えて、真正面に敵を見据える。

 おそらく、小手先のテクニックは通用しない。だから、一直線に、最速で行く。

 右足に力をこめる。骨がきしむ感覚。折れているのかもしれない。不安が脳をよぎり、さらに踏みこんだ。痛い。だが、痛いだけだ。

 ガッ、と、コンクリートにヒビを入れて駆けた。音速に迫る急加速。

 テロリストはニヤリと笑んだ。同時、土岐の眼前で爆発が発生。

 ひるまない。まともに顔面に高温と爆風を受け、脳みそが吹き飛びそうなほどの激痛にあえぎ、それでも土岐は、速度を落とさない。

「しつ――こい!」

 もう一度、二度、爆発。血がふきだす。煙と肉の焼けるにおい。

 止まらない。脇道にそれず、一直線に目標へ駆け抜け、剣を振り抜き――かわされた。

 コンマ数秒の死闘。

 終着点だった。

 焼け焦げた肉体からぼちぼちと血が滴り落ちる。

 膝をつく。精神力だけで保たせていた身体が、ついに限界を迎えた。かろうじて倒れ伏すことは耐えたが、時間の問題だった。

 ショートカットの爆弾魔が、一筋の汗を垂らした。

「君、かっこ良かったよ」

 皮肉でもなんでもなく、心から出た言葉だった。

 つかつかと歩み寄り、土岐の背中に手を伸ばす。このバトルロワイヤルの終了条件、”ぶっ倒す”の定義は明文化されていない。が、経験上、全員倒れ伏して終了しなかったことはない。かろうじて膝立ちで耐えている土岐の背中を押してやれば勝利が決まる。そう考えて手のひらで触れ、次の瞬間、

「――っっっ!?」

 焼けた。

 土岐の背中に触れた瞬間の、灼熱。反射的に引いた右手に目を向けると、黒く焦げていた。

 激痛と、得体のしれない恐怖に飛びのく。なんだ、なにが起こっている。イヤな感覚が身体の内側を這いまわる。

 明らかに自分の引き起こした爆発によるものではない。これほどの高温が外部要因で引き起こされているなら、土岐の身体すべてが丸焦げになっているはずだ。

 ならば、つまり、これが。彼女自身の血に流れる魔法か。

「……」

 ライターを手に取った。左手に意識を集中させ、気流を操作する。この距離では多少巻き添えを食らうが、今はコンマ一秒が惜しい。距離を取っている間に土岐の魔法が真価を発揮するかもしれない。得体のしれない魔法は、得体のしれないまま叩き潰すに限る。大丈夫。背中をちょっと押せば倒れそうなほどにボロボロなのだ。本気で爆発を起こせばひとたまりもない。

 そう信じて火を放った。

「――ああ、」

 そうか。

 手遅れだったのだと、そこに至って彼女は理解した。

 予定どおり爆発はした。

 だが、明らかに規模が計算を超えていた。大木のようなコンクリートの柱を一本、二本、粉々にするような大爆発だった。天井にヒビが入る。

 悲鳴を上げる間すらなかった。全身を焼かれ、吹っ飛ばされ、気を失った。

 煙の晴れた爆心地では、土岐が、かろうじて膝立ちのまま耐えていた。

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