第2話

「いやー、見つからんもんだねえ」

 乾いた冬の空気。グラウンドで騒ぐ生徒たちからすこし離れた場所で、土岐はぼんやりと空を眺めながら言った。

「土岐ちゃんとのお別れは寂しいぱお」

「そういうのはもうちょい感情こめてほしいんすけど」

 棒読みのチャオに、土岐は冷たい目を向けて言った。

 理事長から依頼を受けて、三日、すなわち期限の半分が経っていた。

 まったく成果は出ないでいた。

「そもそも、本当にあの金髪見つけてほしいんなら、授業くらいサボらせてくれてもいいのにね」

「普段の行いぱお」

「チャオ、正論で救われるのは投げつけるほうだけなんだよ。私が欲しいのは同意と慰めの言葉なの。はい、どうぞ」

「面倒くさい彼女みたいなこと言い始めたぱお」

 しらーっとした目を向けられる。

「はーい、じゃあ、ふたり一組でペアを作って。ストレッチから組手まで」

 教師の呼びかけに合わせて、周囲がにわかにざわつき始めた。誰とペアを組むか。かけひきとけん制と、女子特有の面倒くさい人間模様が繰り広げられる。

 土岐はそれらを尻目に、ひとり勝手に柔軟運動を始めた。

「あーら土岐さん。お相手がいませんの? 寂しい人ですわねえ」

 ツインテールの魔法少女が、今にも高笑いを始めそうな声音で呼びかけてきた。

「誰だよてめー」

「わたくしですわよ! 幼馴染の! 先日あなたの代わりに魔物を倒して差し上げた! 三箇莉愛さんこ・りあですわ!」

「ああ、そうだった。自称幼馴染で自称魔物を倒したガンコちゃんだ。ごきげんよう」

「ごきげんよう! ではありませんの! その呼びかたはやめなさいといつも言っていますわよね!」

 地団駄を踏む三箇。

「で、なんの用だよ」

「組手の相手がいらっしゃらないようでしたから、わたくしが救いの手を差し伸べてあげようと思いまして」

「いらんが。ひとりでできるし」

「組手をひとりで!?」

「ガンコちゃんこそ相手いないのかよ」

「べ、べべべつにそんなことはありませんわ! わたくしは引っ張りだこですの! でも、あなたがひとりぼっちで哀れだから、幼馴染のよしみで」

「あーはいはいわかったよ組んでやるから。泣くな泣くな」

「涙腺カッスカスですわ! 勝手にわたくしを惨めなぼっちキャラに仕立て上げないでくださいまし!」

 ぎゃあぎゃあと言う三箇。

 あいつらあのやりとり飽きないなあという呆れた視線を集めながら、ふたりの横で妖精たちは、

「うちの三箇が迷惑かけるにゃあ」

「こっちこそごめんぱお」

 と保護者のように語り合っていた。

 結局、ペアを組んでストレッチをすることになった。が、その期に及んでも三箇はぐちぐちとお小言を続けていた。

「まったく、あなたは昔から変わりませんわね。協調性のかけらもなくて。先日も、あなたの尻ぬぐいを誰がしたと思っていますの」

「水色の人でしょ」

「わたくしですわよ!」

「いだだだだだだ! 折れる折れる!」

 土岐の背中を押す力が倍増。バンバンと地面を叩いてギブアップするも、全然緩めてくれる気配がなかった。

「すこしは反省しなさいな。結局コアを取り戻せないし、新しく二頭も魔物が寄ってくるし、散々でしたのよ」

「いだいいだいいだい! 私が悪かった! 許して!」

 必死に叫ぶ土岐。

 ようやく耳に入ったのか、あるいは一通り八つ当たりをしてスッキリしたのか、三箇は土岐の背中に預けていた体重を戻した。

 立場交代。三箇の背中を押していると、三箇が柔らかい体をぺしゃりと地べたに這わせながら言った。

「で、なにを凹んでいらっしゃいますの」

「へ?」

「もともとアホ面でしたけれど、ここ数日は特にひどいですわ。ない頭をひねったところで良い答えなんて落ちてきませんわよ」

 三箇の言葉に、土岐は猫の妖精へ視線を向けた。

「君んとこの相棒ってなんでこんな性格悪いの?」

「友達がいないからにゃあ」

「と、友達くらいいますわ!」

 顔を赤くして必死に反論する三箇。

 因果が逆では? と土岐は思ったが、ふたりのやりとりに付け入る隙がなくて、だから黙って彼女の背中を押した。

「……」

 どれだけ押しても痛がらないから、すこし腹が立って、グーで殴ってやった。

「いた! なぜ突然の暴力!」

「ああ、よかった痛覚あったんだ。人間じゃなくなったかと」

「なにをわけのわからないことを言っていますの!」

 キレ散らかす三箇を無視してグニグニと押す。

 彼女はひとつため息を吐いて、愚痴を言うように問うてきた。

「あなた、最近帰りが遅いそうですわね。凹んでいることと関係していますの?」

「ちょっと人を探してて」

「人探し? どなたですの?」

「んー、魔法少女?」

「疑問形ですの?」

 どこまで正直に答えたものか。

 理事長からの依頼は当然、他言無用だ。普通に考えたら誤魔化すしかない。

 が、現状の進展のなさを考えると、なりふり構わず情報収集すべきなのではという気もしてきた。

「こないだの金髪、どこに逃げてったか知らん?」

 それとなく尋ねてみる。と、ぶぜんとした声が返ってきた。

「知っていたらとっくに殴りこみをかけていますわよ」

「ガンコちゃん、人のこと言えないくらい治安悪いよね」

「あなたもあのカスを探していますの?」

「まあ、コア返してほしいし」

「生ぬるいことを。天然魔法少女なんてブチ殺してやれば良くってよ」

 ヤンキーよりよっぽど容赦ないなと、思わず苦笑する。

 が、これは、なにも三箇が特別過激な女だという話ではない。平均的であると言える程度には、学園魔法少女の多くは天然魔法少女を毛嫌いしている。

 その理由は単純明快で、収入源を奪われるからだ。

 魔物のコアとツノは、旧時代のものに例えるならば、真珠と象牙が最も近い。美しく、加工性が高く、それ故に多くの人に好まれる。魔物の出現以前と以後とで、宝飾品界隈は大きく様変わりした。

 学園魔法少女たちは、魔物討伐後、コアとツノを回収する。学園がそれらを売りさばき、一部をインセンティブに、のこりを学園の運営資金に充てている。

 そこに横槍をいれるのが天然魔法少女たちだ。彼女らは、学園魔法少女が力を合わせて魔物を討伐するタイミングを狙って、コアやツノのみを盗んでゆく。

 近年、ようやっと法整備が進み、コアやツノの所有権は魔物を倒した人に帰属するようになった。

 が、現実は厳しいもので、一般の警察官では、天然魔法少女を相手にまともな立ち回りなどできない。学園を卒業した魔法少女も多少所属しているとはいえ、絶対数が足りず、ほとんどのケースで取り逃がしてしまっているのが実情だ。

「そんなわけなんだけど、この際あの金髪じゃなくてもいいや。天然魔法少女の集まりそうな場所とか知らん?」

「なにか、そういう場所があるという噂は聞きますわね。夜な夜なケンカをしているとか」

「へえ。そう聞くと親近感わくね」

「あなたヤンキーは卒業したのでは?」

 しらーっと冷たい目を向けられる。

「それはそうと、手がないわけではありませんわよ」

「というと」

「あの手の効率厨は、釣りやすいんですの。いかにも奪いやすそうにコアを見せて差し上げるだけで、引っかかることもありますわよ」

「持ち歩くん?」

「そのあたりに転がしておきますの。キズモノを、さも紛失したかのように置いておけば、強欲な人はまず首が向きますわ。半分口にくわえてくれたら、あとはこちらから引きあげればよろしいでしょう?」

「そんなうまくいく?」

「どうかしらね。でも、お急ぎなのだから、まず試してみてもよろしいのでは?」

 たしかに、と思わず黙りこむ。残り数日、あてどなくほっつき歩くよりは、よほど建設的と言えた。

「けど、よく考えたら、そもそもコアなんて持ってないわ」

「ありますわよ」

「どこに?」

「わたくしの部屋に」

「……なんで?」

「天然に取られたと言えば、いくらでも誤魔化せますのよ」

「うわあ、ガンコちゃんわっるぅ~……」

「ヤンキーに言われたくありませんわ」

「うちは清く正しいヤンキーだから。酒タバコカツアゲ禁止でケンカばっかりやってたわ」

「もうすこしヤンキーらしいことをされたら?」

 呆れたように言う。

「そういうことですから、わたくしに勝てたら貸して差し上げますわ」

「え、今の流れで条件つける?」

 ストレッチを終え、のびのびと手を伸ばす三箇に、土岐は思わず突っこんだ。


  ◯◯◯


 翌日。三箇から無事に借りることのできたコアを、早速草葉の陰に隠してみた。

 原石のままのコアは、魔法少女の姿でないと持ち歩くことすらできないほどに重たい。鈍い音を立てて転がし、変身を解いた。

 松葉杖を突きながら距離を取り、離れた場所から様子をうかがう。あくまで自然に、さりげなく。

「チャオも魔力消して」

「難しいことをさらっと言うぱおねえ」

 フードの中に姿を隠すチャオが、愚痴りながら魔力の漏出を抑える。

 それから五分ほど、待ち合わせでもするかのようなそぶりをしながらコアを見つめた。

「……誰も来ないね」

「すぐに来るわけないぱお。コアから多少魔力は発せられているけど、それなりに近い距離じゃないと探知なんてできないぱお。ってスマホいじり始めるの早くないぱお?」

「誰かきたら教えてね」

「生殺与奪の権を押しつけないでほしいぱお」

「信じてるよ」

「せめてこっちを見て言ってほしいぱお」

 呆れたように言って、チャオはコアへ視線を戻した。盗まれるときはおそらく一瞬だろう。片時も目をそらすべきではない。そう思うのだが、この能天気な相棒はなぜこうも肩の力を抜くことができるのか。

 一時間ほど経っただろうか。

「土岐ちゃん。あまり凝視しないで。あの金髪の子、わかるぱお?」

「ん……」

 ささやき声に土岐は顔を上げ、視線だけキョロキョロとさせた。金髪ロングにそばかす、厚底ブーツの小柄な女子を発見した。

「あの子、ここを通るの二回目ぱお」

「……あとは、変身してみないとか。ビンゴだったら嬉しいんだけど」

 魔法少女は、多くが変身前と変身後で姿を変える。髪の色や長さをいじるのが一般的だが、中には身長や体形、顔つきを変える者もいる。土岐の知る限り、最も細かい女子は、ほくろを消していた。身バレ防止が元来の目的だったが、最近はもっぱらオシャレのため、変身願望をかなえるために行われている。

 目の前の金髪女子は、あの時の天然魔法少女と同様の碧眼そばかすロングヘアーだが、変身したらまったくの別人でしたなんていうのはこの界隈ではよくある話だ。

 ハラハラしながら見守っていると、やがて彼女は両手を広げ、指を鳴らした。まばゆい光が放たれ、数瞬後、漆黒の衣装を身にまとう、因縁の魔法少女が姿を見せた。

「ちょおっと待ったあああああああああああああ!!」

 おたけびと共にこちらも変身。

 コアへと伸びた少女の手が止まる。反射的にこちらを見た目がまんまるに見開かれた。

「そいつは私のもんだ渡さねって待て待て待て待て話し合お――!」

 どうしたらそこまで一瞬で意識を切り替えられるのか。少女はコアへ伸ばしかけていた手をひっこめると、次の瞬間には固めた拳を土岐の顔面にまっすぐ伸ばしてきた。慌ててこちらも短剣を握るが、風を切る拳が容赦なく顔をかすめた。

 土岐はヤンキーとして、数多のケンカをしてきた。だからわかる。彼女の突きは、一級品だ。

 久しく人間相手に味わったことのない緊張感。自然、獰猛な笑みがこぼれた。

「天然よお、こないだぶりだってのに随分な挨拶だな。私のコア返せや」

「土岐ちゃんのではなかったぱお」

 すごむ土岐の裏で、チャオがぼそっと呟く。

「……奇遇ね、養殖。わたしもあなたを探していたの」

 金髪が笑む。造形の良い顔が不気味に歪み、土岐の背筋に嫌なものを走らせた。

「用件聞いとこうか」

「答えると思う?」

 そばかすの少女は嘲るように言って、拳を構えた。

「答えさせてくださいって泣きながら言わせてやるよ」

 短剣を正中線に構え、不敵に笑む。

 雪の降りそうな寒い日だというのに、ふたりの間合いに、ジリジリと熱気がこもる。

 動き出しは同時だった。

 決着は一瞬だった。

「ぐえっ」

 土岐の情けない声。

 太刀筋を見切った金色の少女が、紙一重かわし、脇腹に肘打ちを入れたのだ。

「いったぁ……なんか武術やってんな?」

「養殖でもそれくらいはわかるんだ」

「元番長なんで。てか魔法使えよ」

「本気出したらこま切れにしてしまうから。あなたこそ、剣で斬りかかってくるなんてそれでも現代人?」

「私だって殺す気なんてないよ……」

 ヨロヨロと立ち上がりながら言う。

「ただまあ、天然だし多少は痛めつけてもいいかなって」

「妖精に飼われてるだけの分際で、ほんとうに傲慢」

「天然にだけは言われたくないね。ケチな泥棒のくせに、私らのこと養殖だの緑だの好き放題言って。コア返せよ」

 土岐の反論に、金髪魔法少女は呆れたように肩をすくめた。

「コアは、いつのものを指してるのかわからないけど、もう売り払ったから手元にないの。ごめんなさい」

「天然って人の心ないん?」

「倫理でお腹を満たす方法があるなら、教えて」

「……」

 彼女の静かな、しかし妙に迫力のある声に、思わず押し黙ってしまった。

「それより、あなたを連れて行くように依頼を受けてるの。悪いけど、大人しくしててくれる?」

 少女はそう言うと、土岐のみぞおちに一発入れた。ぐぇ、と膝をつく土岐を、ロープでぐるぐる巻きにし始めた。

「やめるぱお! それ以上乱暴するなら応援を呼ぶぱお!」

「なら殺すかな。私の受けた依頼、報酬は減るけど殺すのもいとわないって言われてるの」

「そのときは学園魔法少女総出で君に報復するぱお」

「養殖にそんな統率感ないじゃない」

 せせら笑う金髪魔法少女。

「……あのさ、天然」

 ふたりの間にばちばちと散る火花の下、土岐はぐるぐる巻きにされながら口を開いた。

「この際だから白状するけど、私もあんたを連れてくるようにって依頼っていうか任務っていうか、受けてんだよね。これ、偶然で片づけていいやつ?」

「…………へえ、そういう命乞いのパターンもあるの」

「違う違う違う」

 感心したように言う金髪碧眼に、慌てて否定する。

「ほんとなんだって。こないだのコア取られたのは実際腹立ったけど、今は正直どうでもよくて、あんたが魔法少女連続失踪事件の犯人だから捕まえて来いって指示されてきたんだよ」

「……わたしも、あなたが失踪事件の犯人だということで依頼を受けた」

「誰から?」

「さあ。仮面を被ってたから」

「んな不審者の話真に受けんなよ」

「お金さえ払ってくれれば、わたしはどっちにでもつくよ。あなたは誰から言われたの」

「理事長。あんたがやってるのを見た生徒がいるってさ」

「……ディティールも合わせてきたね」

 半ば呆然としたように呟く金髪。

 ずいぶんときな臭い話だ。ふたりの間に沈黙が降りる。

 先に口を開いたのは土岐だった。

「あんたんとこの依頼者怪しすぎるし、いっぺん問いつめてみたくない?」

「コンタクトを取る手段がない」

「連絡先とか集合地点とかあるでしょ。私捕まえてどうする気だったのさ」

「捕まえたらボタンを押して待ってろ、と。二十分もあればどこでも駆けつけると言ってた」

 ポケットからビーコンを取り出す。おそらくもう押されているのだろう。青い光が鈍く輝いていた。

「……私捕まってんじゃん」

「そうね」

「待て待て待てこんな話しながら依頼者待ってたん?」

「わりと報酬のいい依頼だったから」

「人の心! 腹なら私が満たしてやるから良心痛ませろ!」

 土岐の心からの叫びに、そばかす魔法少女は一瞬目を丸くし、尋ねた。

「得意料理は?」

「え、カップ麺?」

「……交渉決裂」

 ぎゅううう、と縄の締め付けが強くなった。

「ギブギブギブ骨折れる!」

 タップしようにも手が動かないので、声を絞り出した。

 降参の意を示しつつ、ない頭で必死に考える。

 なんとかして彼女を説得しなければ。残された時間は五分か十分か、その程度だろう。最悪、今すぐに迎えが来てもおかしくはない。無実を主張したところで耳を貸してくれるとも思えない。

「天然、天然、聞いて」

 ぐるぐる巻きにされ骨をみしみしと言わせたまま、できる限りクールを装って語り掛けた。

 土岐のまとう空気の変貌に、金髪魔法少女は口元を引き締めて続きを待った。

「最近のカップ麺、滅茶苦茶ウマ痛い痛い痛い内臓こぼれる!」

 全力で叫ぶ土岐。

 チャオは呆れたようにひとつ嘆息して、金髪魔法少女に視線を向けた。

「土岐ちゃんは頭が悪いだけぱお。あまり怒らないであげてほしいぱお」

「学園は社会性も教えてあげたほうがいいと思う」

「理事長に伝えておくぱお」

「私もう諦められてる?」

 ミシミシという骨の悲鳴を聞きながら、土岐は冷静にツッコミを入れた。

 チャオもあてにならない。なんとか自力でこの縄から抜け出すか、金髪魔法少女を説得するしかない。

 どうする。どうする。頭を必死にひねる。状況を整理する。彼女はお金次第でどっちにもつくと言っていた。つまり、おそらくは依頼料以上の金を提示すれば寝返るのだろう。が、困ったことに、現状の全財産は財布の中の一枚の野口のみだ。ならばお金以外で、土岐を依頼者に突き出す以上の利点を提示しなければ――

「理事長」

「ん?」

「理事長に、カマかけてしてみる。あんたんとこの依頼人とはどうせ真っ当に話なんてできないだろうけど、私は学園の生徒だし、話せるはず」

「うまくいかなかったら?」

「うまくいかせる」

 冷めた碧眼に、熱いまなざしを送る。

「わたしにメリットがない」

「デメリットを教えてやるよ」

 一瞬目を丸くする金髪に、土岐は言った。

「ここで私を売り飛ばしたら、まず味覚から壊れんぞ」

「この程度で精神をおかしくしてたら、天然魔法少女なんてやってられないよ」

「いーや、あんたは真っ当な人間だ。私にはわかる。ヤンキー時代に見たからな。人を陥れといて勝手にどん底に沈んでったやつを」

 土岐の目がまっすぐ彼女の碧眼をとらえる。

「あんたはそいつと同じ色してる。光の世界で生きれるくせに、陰の住人だと思いこんでんだ。あんたはもっと家賃の高いとこに住んだほ」「うるさい!」

 土岐の言葉を遮って、金髪の少女が腹を蹴った。

 ぐふ、と肺から空気が漏れる。

「養殖に!」

 ぐはっ。

「なにが!」

 ごほっ。

「わかる!」

 げぇっ。

 厚底のブーツが何度も土岐の腹をえぐった。

 身体をくの字にしてあえぐ土岐。

 彼女は冷たく言った。

「世界は奪う奴に優しいんだ。適応しようとしてなにが悪い」

 悲しい声だ、と思った。

 だから、また蹴られるだろうと思いつつ答えた。

「適応できないよ。あんたも、私も」

「……」

 蹴りは、とんでこなかった。

 かわりに彼女はしゃがんで、土岐に尋ねた。

「名前は」

「土岐、だけど」

「そ」

 彼女は短く答えて、土岐の背中に手を伸ばした。ぶつっという音とともに、土岐の身体の締め付けが消えた。

「あなたの名前、覚えたから。逃がさないよ」

 そう言って、彼女はビーコンを草むらに投げ捨てた。

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