博士の選択

かとうすすむ

第1話 本文

 苦心の研究の果てに、遂にケイ博士は、エスパー錠なる代物を発明するに至った。エスパー錠とは、読んで字の如く、その錠剤を1粒飲めば、たちまちにオールマイティーな超能力者になれるという恐るべき薬剤である。最初、ケイ博士はこの薬剤の発明の公表にためらいを抱いていた。それも無理はない。しかし、人の噂は、飛ぶ火のごとく移り移って、たちまちに人々の知るところとなった。これにはケイ博士もかなわなかった。

 たちまち、エスパー錠は、人の上に立ちたいという欲望を、現実に叶えてくれるというメリットから、全世界中で飛ぶように売れて、最近では安く手に入る廉価版のエスパー錠も裏世界で出回り、ほとんど99パーセントの人たちがエスパー錠を飲んでしまったのだ。これには国際的な国家機構が適正に規制をかけようとしたのだが、むなしい徒労に終わってしまった。

 そして、ここから、人類の悲劇が始まったのである。

 まずは、念動力。何でも自由自在に物品や生き物を動かせる。それで、泥棒を働く者たちや、人や動物を移動させてふざける者たちがたくさん現れた。警察もこれには収拾がつかずに困り果てた。次に透視能力。何でも見抜く力があるから、人々は隠し事ができなくなってしまった。プライバシーの喪失である。そして、予知能力。予見できるから、一番分かりやすい例として、宝くじの予想が上げられる。これもエスパー錠で予想的中100パーセントである。やがて、宝くじ制度は自然消滅していった。そして、極めつけが、テレパシーであった。いわゆる脳内交流である。これには、全人類が後悔して苦悩し、最後には半狂乱と化した。何もかも、人に読まれるのである。君、何を考えておるんだね。さっき、あなた、、私のこと、ひどく思ったでしょ。もう、ハチャメチャである。やがて、人類は、もとに戻る夢を抱いたまま、次々と自滅の道を歩んでいった。大量自殺の世界であった。人々は、この世から去って、荒廃した廃屋のような廃墟の世界が残されて、寂しく、ただ、風が舞い踊っていたのである。そこに人影はなかった。

 さて、ここは、人里離れて山荘に住むケイ博士の邸宅である。

 ケイ博士は、今日も寝床について、一人寂しく暮らしていた。彼には、結果が、こうなることは十分に予想していた。だからこそ、公表を、ためらったのである。しかし、すでに遅かった。しかし、そうでもなかった。彼はそんな時に備えて以前から、リセット薬も発明していたのである。真人間に戻る薬である。では、何故、彼はその薬を公表しなかったのか?

 これに関しては、彼は、全人類の殺戮者といっても過言ではないだろう。その理由はあまりにもエゴイスチックであった。博士の高齢と病魔である。遅い来る病変は、ケイ博士を勢いよく衰弱させていった。それこそが、博士の公表中止の選択だったのだ。

 この荒廃した街とともに、静かに、老いた我が身を死の床につかせよう。それが、お似合いだ。それだけであった。

 ケイ博士は、手にしたリセット薬の小瓶と、化学合成式の設計図を、そばの暖炉の炎の中へ放り込んで、ため息をついた。

 また、眠りの夜が来た。もう、わしも目覚めないかも知れんな、と思いながら、再び寝床に着いた。そして、博士は静かに瞳を閉じた‥‥‥‥‥。

 

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