あめのひ 2

 こんなに怯える感覚を覚えるのはいつぶりだろうか。

 些細なことに変に気になり、物音が大きく聞こえる。心臓が高鳴っているのが全身を通して伝わってくる。振り向いたら何かが居そうで身体が動かない。

 オカルト的なものは信じないと決めている私の頭の中では霊など存在しないと理解しているが、本能的なものからくる恐怖が私を縛り付ける。


『 板敷山 板敷山 』


 私の家の最寄りのバス停の名を運転手がぼそぼそと呟く声が聞こえて私は金縛りが解けた。私は慌てて席を立ち、定期利用券を運転手に見せて慣れないヒールで階段を下る。


 私がビニール傘を開くとすぐにバスは走り去ってしまった。バスの明かりを失った私は平静を装って家に向かう。

 私は平屋での一人暮らしである。亡くなった祖父母の平屋を両親から貰って暮らしているのだ。山の麓、森の中の暮らしを気に入っているが、今日に限っては暗がりの夜道をひとりで歩くことに抵抗を感じる。家までは100メートルもないはずであるが、これほどまで長く感じたことは今までにない。

 真っ暗な森の中、少ない街灯はチカチカと点滅し、古くなったアスファルトを色白く照らす。道を覆うようにしているけやきの葉は雨粒をまとめ、ビニール傘を執拗にバチバチと殴る。いつもにも増して暗い茂みからも雨音や葉の擦れる音が全身を包むように聞こえてくる。


 なぜだろうか暗闇の中から誰かが私を見ている気がしてならない。


 こういう場合はたいてい気のせいだと相場が決まっているが、なぜか本能がそうでないと私に訴えている。

 いつもとは何かが違う。街灯が普段より明らかに激しく点滅している。街灯の周りにいつもは嫌という程に集まる虫が今日は一匹も見当たらない。それに、耳には聞いたことのない音を微かながら捉えている。


『・・・ア・・・ジ・・タ・・・タイ・・ク・・・セ・ロ・・』 


 自然のものではない。喉仏を震わせるような低い音が頭にこだまする。

 私は首根っこを掴まれたように前だけを見つめ、棒になっている足を懸命に前へ前へ押し出す。瞬きはせず、ただ、家に早く向かおうという一心で足を動かす。

 

『マ・・ロ・・モ・タ・・・・・イ・・・ヨ・・・・セ・・』


 確実になにか得体のしれないものが私の周りにいる。

 鼻の奥を突き刺す、すえた臭い。獣臭。私の背後から不規則な足音。砂利を踏む音。


 私の家までもう少し、走れ!



【【 バチン !!!! 】】



 私が足に力を入れるや否や、街灯は激しい火花を散らしてショートする。

 周囲から完全に明かりが消え、私は驚きのあまり足を止めて立ち尽くした。

 柄になく冷や汗が吹き出して涙目になる。助けて。


  ズ り ゾり  ゾり


 私の足下で何かが下から上へとせり上がってくる。生温く、ベタりとしたナニカ。逆立った毛が脛の当たりから上へ上へと押し付けるように擦り上げる。


「きゃぁぁぁぁぁぁぁっっっ…!!!」


 私は悲鳴を上げ、お尻から地面に倒れ込んだ。足腰には力が入らず、傘を放り投げた手で、辛うじて上体を支える。

「やめて!来ないで!」

 私は目を爛々とさせて私に近づいてくるナニカに訴える。怖い怖い怖い怖い。

 

『うにャル・・あ・る・アる・・あル』

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