<20・Confrontation>

 朝香=コーデリアを悪役令嬢に仕立て上げ、その座を奪おうとしている“輪転の魔女”。その正体は、朝香と同じ現代日本の人間。その転生者が、この世界の誰かの体を乗っ取って成り代わっているのはまず間違いない。朝香が、望まずとはいえコーデリアになってしまったように。

 果たして朝香たちを転生させた人間の目的とはなんなのか。自分たちは元の世界に帰ることが出来るのか。残念ながらそれはわからない。わからないが、今朝香にとっても、コーデリアとしてもするべきことは一つだろう。一刻も早く、もうひとりの転生者を見つけ、洗脳の魔法を解除させることである。

 そのためにやるべきことは、観察。そして、考察だ。




『やはり、普段の言動を観察するでしょうか』

『おかしなことを言わないかどうかって?』

『それもありますが。……知っているはずのことを知らない、知らないはずのことを知っている。やはりそういう発言をするように誘導尋問にかけますかね。あとは、本人なら通常考えるはずもないようなことを言う、とか。……お嬢様、そういう相手に心当たりはありませんか?』

『考えるはずもないようなことを、言う……』




 フィリップの言ったことは、正しい。そしてこの状況下においてなお、朝香を信じ続けてくれたことに心から感謝したいと思う。

 自分はその恩に、報いなければならない。

 この体を朝香に貸すことになってしまったコーデリアの名誉を、これ以上穢さないためにも。


「突然話がしたいなんて言って、ごめんなさいね」


 ゆえに朝香は、勝負に出ることにした。自分が知る登場人物たちの中で、最も疑わしいと思う人間を庭の花壇の前に呼んだのである。そこは、コーデリアが以前花を育てていた場所だった。設定によれば、トラブルがあって数年前に全ての花が枯れてしまい、今はただ柔らかい土が盛られているだけになっているが。


「どうしても、外のほうがいいと思ったから。……あ、今日は手紙を出してきてくれてありがとうね。ガソリンスタンド横の道、通れなかったんじゃない?」

「……まあ、そうですね。でも、もう一本裏手の道を通れば良かっただけなので」

「あちらの道は細くて歩きにくかったでしょ?」

「問題ないですよ。舗装されてないわけじゃないですから」


 それで?とその人物は不審に満ちた目を朝香に向けてくる。


「用があるなら、なるべく早く言って欲しいです。回りくどいのは好きじゃないので」


 不信感にありありと満ちたその様は、召使いの立場としてならけしておかしなものではないだろう。なんせ、朝香=コーデリアは、召使いたちを下僕のように扱い、いじめている主犯に仕立て上げられている。コーデリアのことを信じきれない人間からすれば、一人で呼び出された時点で恐怖心しかないだろう。

 同時に。そんなものが嘘っぱちだとわかっている犯人でも態度同じこと。自分の正体がバレたのか、そうではないのか。まだ疑惑の段階ならば逃げることは可能なのか。ぐるぐるとまさに、思考を巡らせている段階に違いない。


――悪いけどね。


 だが。本人はまだ気づいていないだろう。

 朝香が既に、この人物こそ魔女だと確信しているということに。


――引っ剥がしてやるよ。お前の薄汚い仮面を!


 準備はしてきた。それはきっと、向こうも同じだろうけれど。


「……まどろっこしいのは苦手だからさ、もうはっきり言わせてもらうわ」


 朝香はキッと魔女を睨みつけて告げた。


「この世界が、RPGゲームのロイヤル・ウィザードを模した世界なのは間違いない。たまたまそっくり同じ異世界がありました、なんてナンセンスにもほどがあるからね……まあマンガの世界ならそんなご都合設定もありなのかもしれないけどさ。誰がこの世界を作って、現代日本を生きていた私をコーデリアに転生させたかはわからない。でも私はコーデリアの人格を自分の人格で成り代わらせて塗りつぶすなんて地雷だし。元の世界に戻る気マンマンで、今日までコーデリアっぽく振る舞ってきたわけだけどさ」

「何の話ですか」

「わからないフリしたいならそれでもいいよ、こっちは勝手に喋るから。……でもこのゲームは大好きだし。シナリオや設定に関してはよくわかってるつもりなんだよね。……ほんと、何で気づかなかったのかな。この世界、初っ端からおかしなことがあったのに」


 シナリオにはない展開が起きている。そのでコーデリアは異変に気づいたわけだが。あの時はすぐにわからなかったことが一つあるのだ。それは、一番最初にシナリオがおかしくなった、ポイントがどこであったのかということ。てっきり、白魔法の魔導書が盗まれたところからだと思っていたが、実際は違う。

 それより前に、シナリオにはないイベントが起きていた。あの時はパニックになっていて見落としただけで。


「中に入ってる私はともかく、コーデリアはドジっ子属性こそあれど結構真面目なキャラなんだよね。……それこそ、お父様の大事な講義に遅刻するなんて本来あるはずない。なのに、私は転生してきてすぐ遅刻した。パニックになってトロトロしてた私が悪いのは確かだけど、それだけが原因じゃない。何が問題だったかわかる?わからないはずないよね、アンタはその場にいたんだから」


 遅刻するイベントも、叱られるイベントもないはずなのに発生したのは。

 朝香が慣れないドレスを着るのに手間取ったからだ。が、貴族のコーデリアの場合、ドレスを着るのに他人の手を借りるのはおかしなことではない。実際あの時も当たり前のように手伝って貰ったはずだ。にも関わらず遅れたのは、手伝ってくれた人間の手際が悪かったからに他ならない。

 ある人物が、異様に手間取ったのだ。何年もこの屋敷にメイドとして雇われているはずなのに、コルセット一つ閉められなくてオロオロしていた。まるで、こんなもの初めて見たとでも言わんばかりに。

 いや、あの手のものは見たことはあっても使い方が完璧かどうかは別だろう。なんせ、現代の女性がコルセットを用いる機会など滅多にないのだから。


「シェリーが来てくれなかったら、ドレス着るどころじゃなかった。おかしいでしょ、いくらあんたがドジキャラでもさ」

「……そ、れは」

「しかも、あんたが何年も務めてるメイドにしてはおかしな行動や言動をしたの、この時だけじゃないよ」


 もう一つおかしかったこと。それはこの魔女に、話を聞いた時のことだ。

 彼女との会話ははっきりと覚えている。ゴミ捨ては大変だろうと気遣った朝香に、彼女はこう話したのだった。




『これが私のお仕事ですから。メイドとして生まれた以上、仕方ないことです。ゴミ捨てもお掃除も、メイドのお仕事ですもの』

『身分の差って、嫌なものね。貴族が偉いわけじゃないのに』

『階級ってそういうものですし、私達は雇われている立場ですから。どうしようもないです』

『どうしようもない、か』




 彼女は、メイド達の中でも忠誠心が強いほうだと評価されていた。アダムに対して恩義を感じていて、その恩を返すために働いていると。しかし、本当にそう思っているならこの会話にはやや違和感がある。まるで、メイドだから嫌な仕事でも仕方ないと言いたげだ。好き好んで雇われているわけでもないとでも言うような。


「ゴミ捨てに行こうとするあんたと遭遇した時のあんたの言動。今から思うと、メイドだから嫌な仕事も仕方ないみたいな口ぶりだったね。忠誠心が高いと他のメイドから評価されるあんたらしくもなかった」

「そ、それは、言葉の綾で」

「しかも、何年も繰り返してるはずのゴミ捨て場の場所を間違えそうになってた。一回そういう現場を見ただけなら偶然って言えるかもしれない。でも、あんたの場合はドレスの着付の件も合わせて二回目。流石にドジで片付けるのは無理があるでしょ」


 ここまで来ると、誤魔化すのは難しいと気付き始めたのか。目の前の輪転の魔女――ミリアの目は明らかに泳ぎ始めていた。

 コーデリアと、特に仲良しのメイドの少女。できることなら朝香とて疑いたくはなかったのである。でも、こうまで違和感のある行動や言動を繰り返されたらどうしようもない。


「ロイヤル・ウィザードの登場人物の中に、私と同じように転生してきて成り代わった現代日本の人間がいる。その人間が輪転の魔女を名乗って簡易魔法書を使い、今回の騒ぎを起こしてる。……別の人間が、ミリアのガワだけ被って演じてるなら、そりゃミリアにできることができなくても仕方ないし……ミリア本人ならしない言動をしてもなんらおかしくはないよね?」

「お、お嬢様!」


 ミリアは青ざめて、声を張り上げた。


「何を仰ってるのか、私には全然わかりません!私が紛れもなく、お嬢様に長年仕えたミリアです。本物です!……あんまりじゃないですか、ご自分がメイドの私達をいじめたことをお認めにならないばかりか、よりにもよって私を偽物扱い、犯人扱いするなんて!人の心がないんですか!?」


 よくもまあ、いけしゃあしゃあとそんなことが言えたものだと呆れてしまう。同時に、あまりにも本物のミリアが可哀想になった。本物の彼女ならきっと、こんなにも露骨にコーデリアをいじめの加害者扱いなんてしない。疑心暗鬼になることこそあれ、ウィルビー家への恩を忘れたりなどしないはずなのに。

 転生と、成り代わり。なんて罪深いことだろう。コーデリアになってしまった朝香自身にもズキズキと突き刺さる。一人の心を殺して、人格を乗っ取って、その名誉を同じ顔で貶めるだなんて。


「あんたが本物のミリアなら、ミリアが知っていることを知らないはずがない。例えば……ミリアがメイドとして、孤児院からこの屋敷に来たきっかけ、もかさ」


 シャーロットが話してくれた情報が、ここで役に立つ。ミリア本人なら知っていて然り。だが、あの話はシャーロットに聞くまで、このゲームが大好きな朝香も知らなかったことだ。多分ゲームの表に出なかった裏設定なのだろう。ファンブックにも、攻略本にも書かれていなかったその話を、本人ではない“転生者”が知っているはずがない。




『シェリーさんは言わずもがな、ミリアもその次くらいに忠誠心が強いメイドだったかと。そういえば、ミリアが前に話してくれたっけ。……旦那様がメイドとして引き取る子を探していた時、たまたま旦那様が落としたハンカチを見つけて拾ったのがきっかけだったって。それを見て、旦那様が褒めてくれたのが嬉しくて、そのままこの家に来て。なんだか運命感じちゃったとかなんとか!』




「ミリア。あんたはどんなことがきっかけで、この孤児院に来た?その出来事はあんたのアイデンティティにも等しいはず。忘れたとは言わせない」

「そ、そんなこと言われても!ものすごく前のことじゃないですか、お、覚えてなくたって」

「答えられない。それがあんたの解答でいいんだね?」


 シャーロットの物言い通りなら、それはミリアが運命を感じるほどの出来事であったはず。幼児の頃の記憶ならいざ知らず、ミリアが引き取られたのは初等部相当の年齢だ。記憶もはっきりしているだろう。覚えてない、はさすがに無理がある。


「まだ認める気がない?……なら、トドメの一撃をくれてやるよ」


 声をなくしたように黙り込むミリアに、朝香は追撃することを決めた。

 実は、これだけ材料が揃っていてもどこかで“間違いかもしれない”という意識はあったのである。――本当の意味で確信を得たのは、ついさっきのことなのだ。


「さっき、私と交わした会話は覚えてるよね。ついさっきのことだ、これこそ忘れたなんて言わせないから」




『どうしても、外のほうがいいと思ったから。……あ、今日は手紙を出してきてくれてありがとうね。ガソリンスタンド横の道、通れなかったんじゃない?』

『……まあ、そうですね。でも、もう一本裏手の道を通れば良かっただけなので』

『あちらの道は細くて歩きにくかったでしょ?』

『問題ないですよ。舗装されてないわけじゃないですから』




「その会話にもトラップがあったんだけど、気づかなかったみたいだね」

「……?何がおかしいっていうんですか。この家には自動車はないけど、貴族によってはガソリン車を使ってたりもするでしょう?ガソリンスタンドはところどころにあるし、お嬢様に言われた手紙を出してきたのも本当で」

「“ガソリンスタンド”」


 思わず、朝香は唇の端を持ち上げた。


「知ってたミリア?その言葉、和製英語なんだよね」

「え」

「私も英語は苦手だからさぁ。テレビにたまたま見ていて知ってただけなんだけど。……こうもあっさり引っかかると思ってなかったわ。ガソリンスタンドなんて言葉ね、英語圏の人には通じねーの。英語ではガスステーションって言うから。……もう、言いたいことはわかるよね?」


 朝香の和製英語がはっきりと通じていた。

 自分の口でも繰り返した。

 確定的だ。その言葉がわかるのは彼女が英語圏設定の“ロイヤル・ウィザード”の登場人物ではなく――成り代わった、元日本人だからこそ。


「お前が、輪転の魔女だ」


 朝香はその眼前を指差し、高らかに宣言したのだった。

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