<21・Counterattack>

 もはや、言い逃れはできないはずだ。

 “ミリア”として不自然な行動の数々。違和感のある言動。本人ならば絶対に覚えているであろうはずのことを証言できなかったこと。――そして、和製英語が通じたこと。

 朝香の宣言に、彼女は。


「……あーあ」


 はあ、とミリア――否、輪転の魔女はため息をついた。


「これでも、英語の成績は良い方だったんだけどな。そんなことで決定打になるとは思ってもみなかった。ドジ踏んだな。手紙のことも、いつもの流れだと思ってつい流しちゃったし」

「やっと認めたか」

「まあね?流石にこれ以上誤魔化す方法思いつかないし、考えるだけで超めんどくさいしさ。いいよ、認めてあげるわよ。あたしが輪転の魔女。あんたと同じ、転生者だってことをね」


 にいい、と唇の両端を吊りあげる少女。不思議なものだ、と朝香はどこか他人事のように思った。顔も声も、ミリア本人なのに。その歪んだ笑みは、断じて本人ではありえない。まさに魔女。否、本来は魔女と呼ぶにはむしろ魔女に失礼かもしれない。

 彼女が何故、魔女の称号を名乗ったかは大体予想がついていることだ。


「大層な称号だよね。……簡易魔法書がなければ、魔法も使えないくせにさ。そんなに魔女に、特別な人間になりたかったの」


 嘲るように言ってやれば、彼女は“うるさいわね”と吐き捨ててくる。


「あんたにはわからないよ、コーデリア。ああ、絶対にわからない。死んで転生したと思ったら、大好きなロイヤル・ウィザードの世界じゃない?超テンション上がるでしょ?なのになんで、あたしはただのサブキャラのメイドで、あんたは主人公のコーデリアなわけ?どうして推しのジュリアンと結ばれるのも、魔法が使えるのもあたしじゃなくてあんたなのよ!」

「それが本音ってわけ?」

「だってそうじゃない!あんたが転生者じゃなかったら、あたしだって多少我慢しようと思った!でも、あたしはこの世界の創造主に全部聞いちゃったんだからしょうがないでしょ?あんたが転生者だと聞いて、どれほどあたしが悔しい思いをしたかわかる?想像の世界で、いっつもジュリアンの恋人は“あたし自身”だった!二次創作ならいくらでも、コーデリアを振って“あたし”を好きになるジュリアンを創造できた!なのにこの世界のジュリアンは、コーデリアのことしか見ない……その中身が全く別の他人に成り代わられてることも知らずにね!」

「で、それが許せなかったと」

「当たり前でしょ!コーデリアと結ばれるのを、モブ女の目線で見なくちゃいけないってだけで解釈違いなのに、そのコーデリアが転生者の成り代わりなんだから!あんたがそこにいて許されるなら、そのポジションはあたしだって良かったじゃない!なんであんたなの?なんであたしじゃないの?なんでジュリアンに無条件で愛されて、優しさを向けられるのがあんたなの?なんであんたが、あんたが、あんたが、あんたが!!」


 あまりにも身勝手な理屈だった。段々、頭痛がしてくるほどには。

 確かに。ライトノベルなどでよくある、大好きなゲームの世界に転生しましたというアレ。大抵の登場人物は、自分の妄想を叶えるのに適したポジションに転生する。よく悪役令嬢に転生しましたというのが流行としてあるが、結局転生する悪役令嬢はどの女性も美人揃い。でもって、断罪を回避しようと頑張ったら、何故か隣国の王子やらなんやら別のイケメンに溺愛されて、“こんなのシナリオになかった!”なんて頬を染めながらのたまうことが多い。要するに、美人に生まれ変わった挙句本人にとってご都合展開のハッピーエンドが待っているケースが大半なわけだ。

 だが、それがまず難しいポジションに転生してしまったとなればどうか。

 メイドのミリアは可愛らしい顔はしているものの、ゲームの中での扱いはサブキャラで、サブの中でもけして出番が多い方ではない(そもそもメイドは数が多いので、この世界で朝香が話していないキャラもまだまだ存在しているほどだ)。でもって、そこの女が“推し”だと抜かしているジュリアンは、作中唯一といっていい“既にゲームの公式CPが成立しているキャラ”でもある。ジュリアンとコーデリアは婚約者という関係で、元は政略結婚だったものの今では相思相愛!というところからそもそも話が始まっている。どうあがいても、他の人間が溺愛される余地などないのだ。それこそ、キャラクターの誰かの設定を変えたり、魔法でも使って意思を捻じ曲げでもしない限りは。

 この世界に転生してしまった以上、己に都合のいい二次創作の世界に逃げ込むこともできない。ジュリアン推しの夢女子ならば、コーデリアとの“公式CP”を見せつけられるのは地雷以外の何物でもなかっただろう。しかもそれが、自分と同じく転生者が成り代わっている存在だと知ってしまったら尚更嫉妬するのもわからないではない。何故自分がそのポジションではないのだ、代わってくれ。そう思ってしまうことを、朝香とて否定する気はないのだ。

 でも。


「そんなザマで、ジュリアン推しだなんて名乗って欲しくないんだけど」


 朝香は夢小説が苦手だが、それ以上に地雷なものがある。

 キャラの過度な改悪と、キャラヘイト&ヘイト創作というやつだ。

 何故ならそこに、愛を感じないから。愛があれば何をしてもいいということにはけしてならないのはわかっているが、それでもファンである以上――作品とそこに生きるキャラクターを愛するのは大前提なのである。


「私に対して、嫉妬向けるのはわかる。転生者の“私”を憎むのも。だから、コーデリア……本人に罪はないけど……とにかく私に対してアレコレするってだけならまだ許したよ。でもね。……あんた、推しが大事なら、なんで推しの幸せを願わないの?私は、やり方を見つけたらこの体はコーデリアに返すつもりだったよ。だって知ってるから。ジュリアンが愛しているのは“私が成り代わったコーデリア”じゃなくて、“本物のコーデリア”だってことは」


 朝香は腐女子だ。本当なら、ジュリアンと別の男キャラ(ギルバートとかケネスとか)の恋愛で妄想したいタイプである。でも、仮にそういう妄想をしても、ジュリアンがコーデリアを無下に扱う二次創作何て読みたくないし書きたくもないと思うのだ。何故なら、ジュリアンが一番大切なのはコーデリアであり、どんな形であれコーデリアを愛する彼にこそ魅力があると知っているからである(そのテの世界では、コーデリアのことを妹のように愛している、とかに設定変更して楽しむことがあるのは否定しないが)。それを全てひっくるめて、彼というキャラクターなのだ。

 何より。本当にそのキャラを愛しているなら、そのキャラの幸せを願うのは至極当然のことではないか。


「あんたが言ってるのはね。アイドルが奥さん貰って、怒り狂って叩いたりストーカーする過激ファンと同じ。大好きなアイドルが結婚したなら、何故その結婚を祝福してあげないの?その人が選んだ人を信じないの?その人の幸せを願わないの?……叩いて、炎上させて、苦しめて、追いかけまわして。それが、そのアイドルを愛するファンがすることなわけ?……あんたがやってるのはまさにそういうことだよ。ジュリアンが好きなら、何でそのジュリアンの幸せと本当の気持ちを蔑ろにするんだよ」


 そのジュリアンの意思を、洗脳の魔法で書き替えて、愛する人と破局させる。

 というか恐らくそれだけじゃなく、“ミリア”を愛するように布石も打っていたことだろう。今思い返してみると、確かにジュリアンは“他にもっと相応しい人がいる”ということを繰り返していた。ミリアのことが好きだと思い込まされたせいでコーデリアへの想いを上書きされたのかもしれない。いずれにせよ、彼の人としての尊厳を踏みにじっているとしか思えない。


「あんたが好きなのはジュリアンじゃない。“妄想に溢れた夢小説の世界で、都合よくあたしだけを溺愛してくれるジュリアン様”でしょ。だから本当のジュリアンの心が受け入れられず、本人が不幸になるのがわかっていながら意思を書き換えて蹂躙した。そもそも私もあんたもこの世界じゃ“キャラに成り代わった異物”であって、“それそのもの”が本人に心から愛されるわけないじゃない」

「……うるさい」

「ジュリアンのことだけじゃない。あんたは、成り代わった本人であるミリアが可哀相だと思わないの。恩あるこの屋敷の家族に酷いことさせられて、暴言じみた言葉まで吐かされて。他のメイドや執事たちだってそう。みんなみんな、あんたがやったことのせいで自分の意思を奪われて、疑心暗鬼になってる!人の心がないのはあんたの方でしょうが!ジュリアンどころか、ゲームのファンとしても、人間としても失格だよ」

「うるさい……っ!」

「輪転の魔女?偉そうな称号名乗っても、あんたの本質は転生してくる前の平凡な女と何も変わってないよ。特別な存在になんかなれやしない。ただ誰かに嫉妬して、誰かを傷つけて、マウント取って都合の良い世界作って神様気取りになってるだけの哀れな奴だ。ああここまでくるとね、いっそ同情するほどだっつの!」

「うるさい!!」


 派手に煽ってやれば、ミリアは頭をがしがしと掻きむしって絶叫した。


「うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい!!都合よくヒロインの立場に成り代われたからって、調子こいてマウント取ってくんなっ!!」


 血走った目で、朝香をぎろりと睨んだ。そしてそのメイド服のポケットから取り出したのは、メモ帳サイズの小さな“簡易魔法書”である。


「ジュリアンはね、あたしと結ばれた方が幸せになれるの!あたしの世界ではそれが正しいの!コーデリア、あんたは悪役令嬢、正ヒロインなんかじゃない!正ヒロインはこのあたし、あたし、あたし!!あんたなんか、婚約破棄されて追放されて、落ちぶれてどっかで断罪されるのがお似合いなんだからっ!」


 唾を吐きながら喚く姿は、ミリアの姿をもってしてでもあまりにも醜い。反吐が出るほどに。


「……私が悪役令嬢だってなら、それでもいいよ。好きに解釈すれば?」


 挑発したのは、彼女が簡易魔法書を持っていることを確認するため。そして真実をはっきりと訊き出す為だったが、どうやら成功したようだ。

 彼女は、この世界に関しても創造主に関しても、朝香より情報を持っていそうである。叩きのめして、それを聴き出さないという手はない。自分はこの魔女をこの世界から追放して安寧を取り戻し、そして自分もまた元の世界に戻ることこそ望みであるのだから。


「でもね。あんたが思っているよりもジュリアンは強かった……コーデリアへの想いも。人の心まで、何もかも思い通りになると思うな。人間ナメてんじゃねえぞ、このクソ魔女!」


 朝香は吠える。そして、自らも魔導書を取り出した。




「来いよ、その腐った根性叩き直してやる!」




 悪役令嬢、今まさに反撃す。

 さあ、運命の敵同士、対決と行こうではないか。

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