<18・Knight>

 本当なら、そろそろ政府の人間が尋ねてきてひと悶着起こす時期だったはずである。

 しかしウィルビー家は相変わらず、家の中だけでギスギスし続けている有様だ。これも、転生者が裏で手を回しているのだろうか、と朝香は思う。シナリオを知っている人間が、さらに“人を自由に洗脳できる魔法”なんてものを手にしてしまったのである。いくらでも動きようはあるだろう。その人間からすれば、朝香=コーデリアを追い出すか、抹殺してしまうまで外部から余計な茶々が入るのは避けたいはずである。


――もはや、物語が原型留めてないレベルだな。


 朝香も朝香で、コーデリア本人がしなかった行動や言動をいくつもしてしまっている自覚がある。今目の前にいる――“銀翼の騎士”もそう。科学派の兵士を模して召喚されたモンスターは、朝香がフィリップに頼んで講義室に呼んで貰ったものだ。理由は単純明快。対人戦を鍛えるためである。

 恐らく、もう朝香がモンスターと戦う機会は殆どあるまい。というか、あるとしたら人間と戦う機会の方だろう。最終的に転生者を見つけたら、そのまま戦闘になる可能性が高いと踏んでいた。ここまで手間暇かけて朝香を追い込んできた相手である。ちょっと糾弾したくらいで自分の罪を認めて退くとは到底思えなかった。


――しっかり調べて貰ったところによれば、洗脳ブレイン・コントロールの魔法は一回につき一人ずつしかかけられない。そして一人を操れる期間は一週間程度。主に本人の意識の中に、特定の命令を仕込むというやり方で行われる。


 本当に娘を信じていいのか。モニカも状況が状況なだけに、大いに悩んでいたところだろう。それでも信じる選択に傾いているのは、血が繋がった我が子を信じたい親心と、あの簡易魔導書の魔法ならば朝香が無実でもこの状況を作り出すことが可能だと理解しているからに違いない。ゆえに、情報は与えてくれた。きちんと調べた結果、あの簡易魔導書の使用回数制限が予想よりも少し多い“十三回”であったこと。それと、完全に自分の傀儡にするというより、特定の命令を最優先に動くように操るものであるということを。

 例えば。“コーデリアの言動全てが、メイド達を下僕として扱うような悪意のあるものに聞こえるようになる”という命令をかければ。本人は気づかぬうちに認識を捻じ曲げられ、朝香にとって都合の悪いように動くことになるだろう。大丈夫?と心配で声をかければ“見下している”ように聞こえ、紅茶でもどう?と勧めれば毒が入っているに違いないと疑うようになるという寸法だ。

 もしくは、“自分達に危害を加える人間はすべてコーデリアに見える”なんて命令を受ければ、ミリアのように自分を突き落した人間がコーデリアに見えても仕方がない。それこそ、酷い労働を命じた人間が別にいても、それらがすべてコーデリアでしか思えなくなるということも充分にある話だろう。そうなった場合、証言者を責めることはできない。悪いのはそのように洗脳した“輪転の魔女”とやらなのだから。


――そいつを見つけて倒せば、多分魔法の効力は切れる。最終手段はもうそれしかない。説得して、魔法を解除するような人間とは思えないしね。


 そのためには、魔法をもっと使いこなさなければいけない。

 今の自分が持っているのは、初級の氷魔法と炎魔法、風魔法。それからたった今教えてもらった土属性の魔法だ。土属性魔法は本来地面を隆起させたり地割れを起こしたりするものだが、初級では地面にちょっと穴を開けたり地震を起こすくらいのことしかできない。が、それでも十分と言えば十分だった。やり方次第では、いくらでも相手を翻弄できそうである。手は多いに越したことはないのだから。


「コーデリア様、行きますよ」

「ええ、遠慮なく来て!」


 フィリップの合図とともに、銀翼の騎士が槍を構えて突っ込んできた。銀色の甲冑に、鉄製の翼が生えたデザインの人型モンスターだ。槍を構えて突進するのが最大の脅威であり、しかも羽根が生えているので短時間なら空をも飛べる。空中で切り返すことも可能。魔法攻撃はしてこないものの、甲冑を見に纏っているだけあって防御力も高い。――だからこそ、いい訓練になろうというものだ。

 このモンスターを倒せたら、対人戦闘にも充分に経験値として活かすことができるだろう。


「くっ」


 やはり、リトルドラゴンより突進の威力がある。朝香が立てた机のバリケードを軽々とふっとばしてきた。直線に並ばれたら即アウトだろう。そして、回避するならばギリギリまで見極めて避けなければ、空中で切り返してコースを変えてくるという厄介な特性がある。にわか仕込みの筋トレと体力作りが役に立てばいいけど、と思いながら朝香はバリケードに突っ込んだ甲冑の後ろに回った。


「炎の矢よ、断罪の牙もて放て!“小炎魔リトルファイア”!」


 だが、隙がないわけではない。リトルドラゴンと同じように、一度完全に壁やバリケードに突っ込んでしまうと、再度攻撃に移るまで時間がかかるのだ。その隙に関しては、リトルドラゴンよりも大きいかもしれない。長大な槍を思いきり壁や机にめりこませてしまうので、引き抜くまで少々手間がかかるのだ(それだけに直撃を食らったら一発でお陀仏なわけだが)。

 騎士の背中に小さな炎をいくつも飛ばす。ダメージは期待していなかった。小さな炎では精々、鋼の鎧を熱々に熱することくらいしかできまい。

 が、それが狙いといえば狙いなのだ。どのみちあの硬い防御では、朝香=コーデリアが扱えるレベルの短剣で攻撃したところでほぼノーダメージなのは目に見えているのだから。ゆえに。


「シイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!」


 独特な機械音のような声を上げて、騎士が振り返り再度槍を構える。朝香はその隙に再び講義室の机を持ち上げ、間にバリケードとして置いた。すぐに騎士がバリケードを打ち砕きながら突っ込んでくる。――壊されるのにバリケードにする意味があるか?と思うかもしれない。が、あるのだこれが。バリケードを立てることで騎士の突進してくるスピードがやや遅くなり、その間に回避行動が可能になるからである。数秒のラグは、戦闘において非常に大きい。

 再度轟音を立てて壁に突っ込む騎士。再度朝香はその背中に回る。元々コーデリアというキャラは体力がある方ではないし、それは朝香も同じである。既に息が上がってきている。これで決めなければなるまい。


「氷の礫よ、偽りの仮面を打ち砕け!“小吹雪リトルブリザード”!」


 先ほど熱々に熱した騎士の背中に、今度は立て続けに氷魔法を放った。どれほど頑丈な物体でも関係ない。熱々に熱せられた状態で急激に冷やされることになれば、何が起きるかは明白だ。熱疲労で脆くなった鎧に、亀裂が入るのが見えた。チャンスだ。


「どりゃあああああああ!」


 乱暴だろうと、お嬢様らしからぬ行動だろうと関係ない。そんなプライドなど、守りたい人達の命や魂に比べたらゴミのようなものだ。

 朝香は椅子を振り上げ、力いっぱい投げつけた。硬い鉄製の椅子である。罅が入った背中にもろに攻撃を受けた騎士は、金属音のようなものを立てて砕けていった。


「よ、よしっ!勝った!」

「おめでとうございます、お嬢様」


 思わず素のガッツポーズを決める朝香。疲れてへたりこんだところにフィリップが寄ってきて、手を差し伸べられることになる。


「ありがとう、フィリップ。……本当に助かるわ。この状況でまだ、私を信じて訓練に付き合ってくれたんだもの」


 その手を握って立ち上がり、礼を言えば。フィリップは苦笑して、とんでもありませんよ、と答えた。


「私は長年、お嬢様を見てきていますから。……簡易魔法書の件もうかがっておりますし、恐らくお嬢様が罠にハメられたのであろうということは予想がつきます。……ただ一つだけ、お尋ねしたいことが」

「なあに?」

「連日の戦闘訓練。お嬢様からは、並々ならぬ気迫を感じます。命を賭けてでも、何かを成し遂げたいという強い意志を。……お嬢様が成し遂げたい志とは、一体何なのですか?」


 回復魔法は結局取得できていないまま。まだ初級魔法も使えない状況で、明らかに通常相手にすることがないようなモンスターでの訓練を頼んでいる状況。フィリップでなくても気迫は伝わったことだろう。


「……私は、どうしても許せないの」


 彼が結界魔法を解除していくのを横目で見ながら、朝香は呟く。


「私を悪者にしようとしている誰かがいるのも辛いけど、それ以上に。簡易魔法書の力を使って、人の意思を書き換えて平気でいる人間が、この屋敷の中に潜んでいるかもしれない。それが一番腹立たしい。どんな環境でも、どんな場所でも、人の心だけは自由であるべきものでしょ。それを、自分の目的のために捻じ曲げて平気な人下がいる。あり得ない、としか言いようがないわ」


 輪転の魔女とやらは、朝香=コーデリアがヒロインの立場であり、推しのジュリアンに愛されているのがどうしても許せないのだろう。オタクとして、その気持ちに一定の理解はできる。特に夢女子ならば、同担拒否という言葉もあるほどだ。推しが自分以外を愛するなんてあってはならないことだと思うのも当然だろう。だが。

 仮にそう思っても。コーデリアをヒロインの地位から突き落としても。それで何故、己がそのポジションに収まることができると思うのかはさっぱりわからないのである。仮にコーデリアと破局したとて、何故婚約者がいなくなっただけでジュリアンが自分を選ぶなんて思うのか。彼の心は、ゲームの賞品でもなければ、早い者勝ちのバーゲン商品でもないというのに。

 何より、どんな動機があったとて。無関係の人の“心”を踏みにじっていい理由になど、なろうはずもない。


「だから、いざという時は私が自ら鉄槌を下すつもりでいるの。……ウィルビー家の跡取りとして。そして、一人の人間として」

「お嬢様……」

「だからこそ、戦闘訓練をすると同時に、早く犯人を見つけたい。私は家族や大切な召使い達がこのような酷いことをするとは思えないの。だから、彼等彼女らの中に、スパイが変装した偽物が紛れているんじゃないかと踏んでいる。でも、それが誰なのか皆目見当もつかなくて……フィリップだったら、どうやってその相手を突き止めるかしら?」


 転生者が成り代わっている、なんてことは言えない。それでも一応、偽物が変装しているのでは?と考えるなら筋も通っているはずだ。仲間と家族を信じたいコーデリアの立場から考えても自然な発想だろう。


「そうですね、私なら……」


 フィリップは少し考えた後、言った。


「やはり、普段の言動を観察するでしょうか」

「おかしなことを言わないかどうかって?」

「それもありますが。……知っているはずのことを知らない、知らないはずのことを知っている。やはりそういう発言をするように誘導尋問にかけますかね。あとは、本人なら通常考えるはずもないようなことを言う、とか。……お嬢様、そういう相手に心当たりはありませんか?」

「考えるはずもないようなことを、言う……」


 記憶力はいい方ではないが、好きなことに関してはやたらめったら詳しく覚えていられるオタク脳という自覚はある。朝香はこの世界に来てからのことを詳細に思い返した。輪転の魔女がどのタイミングでこの世界に来たのかはわからない。ただ、それこそ自分よりも早いタイミングで転生してきていた可能性もあるくらいだろう。随分と準備が良かったようだから、十二分にあり得ることだ。

 ならば、自分が出逢った最初の最初から、おかしな言動や行動をしていた可能性がある。一つ一つ思い返してみて、朝香はふとひっかかりを覚えた。


――あれ?よく考えたら……あの人のあの発言。ちょっとおかしくなかったっけ?ていうか、あの行動も。


 もしかして、既にヒントは出揃っていたのだろうか。まだ違和感、の範囲だが、その違和感が出た箇所が複数あるともなれば話は別だろう。


――これは、本人に確かめる必要があるかも。だって、洗脳によるものとは考えにくいし……。確かめる方法といえば……。


 ぐるぐると頭を回していた時、講義室の扉がノックされた。リトルドラゴンの試練をやった時と同じように、シェリーがひょっこりと顔を出す。その表情は、あの時よりも暗かったが。


「コーデリアお嬢様。……ジュリアン様から、お電話が。急遽お会いしたいとのことですが」

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