<16・Monica>
屋敷に戻ったところで、朝香は呼び止められた。
「コーデリア、ちょっといい?」
コーデリアの母であるモニカである。金髪は同じであるものの、顔立ちはさほど似ていない母は、まるで品定めするように朝香を上から下まで見た。何を考えているのかわからないが、あまりいい気分はしない。――どうにも、屋敷の中がざわついていると感じるから尚更に。
「どうしたんですか、お母様。というか、使用人達が妙に騒がしいような気がするのですけど」
「ええ、その件も含めてなのよ。……ちょっと応接室の方まで行きましょうか。あまり他の人に聴かれたい話でもないから」
「はあ……」
ああ、これは絶対よくない話だ。というか、今日は予想外のイベントばかりが起きている。殆どが、本来のシナリオでは起きなかった事件ばかりだ。まあ、朝香自体、本来のコーデリアがやらなかった“メイド達とギルバートへの聞き込み”をやっているのも事実なのだけれど。
彼女に連れられて、一階の応接室の方へと向かう。途中、メイドのシャーロットとすれ違ったが、やはり彼女も様子がおかしい。明らかにさっき話した時よりよそよそしいというか、どこか戸惑ったような視線を向けてくるのだ。自分がギルバートと話している短時間の間に、一体何があったというのだろう。
普段は外部のお客さんを持て成すために使っている応接室は、広くはないものの、豪華な調度品を使っている。ふかふかの茶色のソファーは他の部屋と変わらないが、何より目立つのは四隅の鎧だ。かつての戦争で戦った魔法戦士の姿を模したものらしく、頭から足先まで金ピカの派手な試用であり、しかも全員が魔導書を模した本を持っている。この部屋そのものはゲームでも登場したものなので見たことがあった。そのたびに、あんまり趣味が良くないな、と感じていたのを覚えている。
「コーデリア、私は貴女が冷酷な人間だとは思っていないわ。だから、確認しておきたいのよ」
母はやや深刻な表情で朝香に告げた。
「貴女にとって、執事やメイドのみんなはどういう存在?」
「え?……そりゃあ、我々の生活を支えてくれる、家族も同然の存在と思っていますが」
「嘘偽りはないわね?」
「え、ええ」
「そう」
彼女はじっと朝香の目を見た後、やがてほっとしたように息を吐いた。
「だったら尚更わからないわ。そんな貴女が、あんなことするわけがないし……」
そして、モニカの口から語られたのは驚きの事実だった。
屋敷に勤務する召使い達のシフトは、全てモニカがメイド長のシェリーと執事頭のフィリップに指示を出した上、彼等に勤務管理を任せている。大まかに家族の希望を出した上で、実際のシフト表そのものはシェリーとフィリップで作るという形態だ。他の貴族の家がどうかはわからないが、我が家は従業員が多いこともあって信頼する彼等にほぼそのまま任せているのである。
が。そのシェリー宛に今回、家族から細かな指示が入ったのだ。シェリーの部屋に、家族だけが使う高級な封書に入った手紙とシフトの指示書が置かれていたという。正確にいつシェリーの部屋に置かれたのかはわからない。何故なら彼女はついさっきまで、ミリアと一緒に買い物に出ていて不在だったからだ(朝香がギルバートに話を聞いている間に帰ってきたということらしい)。
で、ここからが本題。
その手紙と指示書の内容が、端的に言ってものすごい無茶なものだったというのだ。全てのメイドと執事に、早朝から深夜まで重労働を強要するようなもの、睡眠や食事の時間を削って常に仕事をしろと命令しようなものだったという。しかもそれを命じる理由が、“私が優しくしてやっているのをいいことに、どいつもこいつも付け上がっている。これくらい仕事をしてきっちり私達の恩に報いる努力をしろ。文句があるやつはクビにしてやる(意訳)”という、要するに意味不明でとにかく理不尽なものだったのである。そりゃ、指示書を見たシェリーも他のメイド達もなんじゃこりゃ、となるわけだ。
もしその手紙を見たのがシェリー一人であったなら、彼女は恐らく他の召使い達には話さず、直接モニカに相談したことだろう。が、たまたまミリアが一緒にいたのがいけなかった。彼女は混乱のまま、他のメイド――よりにもよってニコールに相談してしまったらしい。で。ニコールの口から、その話が他のメイドや執事に一気に広まってしまたっというのだ。
「ってことは」
頭痛を覚えながら、朝香は言った。
「その封書。私の名前だったんですね?お母様」
「……ええ、そうよ」
「そんなもの書くわけないです。誰かが私の名前を騙って手紙を置いたんでしょう」
「そうね。私もそう思うんだけど……」
モニカは口ごもった。
「あの便箋は、家族だけが共通で使っている高級なものよ。メイドや執事たちが簡単に手に入るものじゃないの。……そして手紙が置かれたであろう時間帯に、家にいた家族は私と貴女、それからケネスだけ。でもってシェリーいわく手紙は女性の字だったというから、多分ケネスもないわ。というか、ケネスもそんな性格ではないしね」
合点が行った。その上で、モニカ自身は自分が犯人ではないことを知っている。しかもコーデリアの名前が書いてあったとなれば、コーデリアに一定の疑いがかかるのはどうしようもないだろう。
しかも、モニカが疑念を抱く理由はそれだけではないらしく。
「もう一つ聞いてしまったのよ。……メイドのネルがね、貴女に命令されて、夜中の風呂掃除を連日で強要されていたというじゃない。って、話してくれたのはネルではなくて、ネルと親しいニコールの方なんだけど。私としては何かの間違いだとは思うのだけど、それでこういう一件があると多少疑わざるをえなかったのよね」
やっぱりそういうことだったか、と朝香はため息をつく他なかった。ネルが睡眠不足で倒れるほどの重労働を強制しておきながら心配する振りをするなんて!とニコールの視線がそういう意味だったのだろう。が、当然朝香にはそんなことをした記憶などない。さきほども述べたが、朝香=コーデリアにとって従業員たちはみんな家族も同然の大切な存在だ。彼等彼女らをモノのように使い潰すような命令など出すはずがないではないか。
「まったく身に覚えがありません。夜中に風呂掃除を強要するって、そんなことをして私にメリットはありますか?」
「ニコールは、ネルの日頃の行いが悪いから罰としてそういうことを強要しているのでは?ということを言っていたわ」
「いじめじゃないですか、そんなの。ありえません、絶対にしません。お母様まで私を疑っているんですか」
つい語尾がきつくなってしまった。明らかに、何者かが自分を陥れようとしている。この屋敷の中にいる、家族か召使いたちの誰か。その中に、コーデリアを“いじめを行う悪役令嬢”に仕立て上げたい誰かが居る、というのはもはや確定的であるようだ。
その場合、残念ながら執事たちやケネスも容疑者から外れない。本当に手紙が女性の字であったとしても、転生者が自称通り“魔女”であるなら、女性の文字が書けてもなんらおかしくはないからだ。
「ネルは、本当に私に面と向かってそのような命令をされたと言っているんです?それとも、手紙などで指示を受けたのですか?もし手紙ならば、私を騙った何者かである可能性があるとは思いませんか」
朝香の言葉に、その通りね、と疲れた顔でモニカは頷く。
「まだそこまで詳しく話を聞けていないの。……とにかくネル本人から、ちゃんと聴取をしてみようと思うわ。私も、貴女がそんな酷いことをする人間だなんて思ってないし、思いたくもないもの。同時に、貴女を殺そうとした犯人や魔導書を汚損した犯人もわかっていない。全て同一人物である可能性もあるわよね」
「私もそう思います。何の目的で私をピンポイントで狙うかわかりませんが」
「まあ、貴女はこの家の跡継ぎだもの。万が一のことがあったら、我が家の損害は計り知れないわ。科学派の者達にならいくらでも動機はあるでしょうよ」
まあ、彼女の視点から見ればそういう発想になるだろうなと思う。まさか異世界からの転生者が、自分たちの身内の誰かに成り代わっているだなんて考えもしないはずだ。しかもしれが、科学派うんぬんとは無関係に朝香=コーデリアを貶めるため、であるなどと。
――そうやって考えてみると、ネルかニコールが少し疑わしくなってくる、のか?
ネルならば、いくらでも自作自演が可能だろう。コーデリアに命令されました、と言ってわざわざ深夜の業務を行えば、簡単に朝香の不審を招くことが可能だ。本来のネルにそんな自演行為をする理由などないから、いくらコーデリアに人望があってもある程度説得力が増すのである。
同時に、コーデリアが悪者である、的な情報を積極的に吹聴しているように見えるニコールもだいぶ怪しい。それこそ、手紙でネルを操って追い詰め、それをコーデリアの仕業に仕向けることも可能だからだ。本来のネルにもニコールにもそんな動機はないが、中身が別人の転生者に成り代わられているのならまったく関係ないのである。
――そして、犯人が転生者なら、便箋の件も解決で来ちゃいそうなんだよね。だって、家族の部屋の構造も、私物の場所も大体わかってそうだもん。隙をついて便箋一枚盗むくらい簡単にできそう。
というか、朝香も自分の部屋を確認したほうがよさそうである。盗まれたのは、コーデリアの部屋に保管されていた封筒と便箋かもしれないからだ。
「……実は話はこれだけじゃないの」
そして。モニカは暗い顔で、さらにとんでもないことを告げて来たのである。
「また、地下の書庫から魔導書が盗まれたみたいなの。巡回を徹底してもらっていたのに、やられたわ」
「は!?」
「しかも、今度盗まれたのは正確には魔導書じゃなくて……簡易魔法書、の方ね。どういうことかわかる?」
「それって……!」
朝香は青ざめる。魔導書と簡易魔法書には、決定的な違いがある。血の気が引く思いの朝香に、モニカは呻くように告げたのだった。
「……あれが家の外に持ち出されたら、本当に大変なことになる。こんなこと、ウィルビー家の歴史でも前代未聞だわ……!」
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