<11・Battle>

 はっきり言って、考えることが多すぎて頭がパンクしてしまいそうだった。

 この世界はなんなのか?

 現代日本を生きていた小森朝香は死んだのか?

 ゲームの中に飛び込んでしまった、ゲームとまったく同じ異世界に転移してしまった転生してしまった、なんてことが偶然起きるだなんて思っていない。いくら朝香の元の世界で、その手の異世界転生ファンタジーが大流行していたとしても、だ。現実はライトノベルやゲームとは違う。実際にそれらしき世界に転移したというなら、必ず意味や理由があるものだと思っていた。

 そう、何らかの目的で、誰かがあのゲームを模した世界を作り、実験的に人を投げ込んでみたとか。自分はたまたまそれに選ばれてしまってここに居る、なんて方が同じぶっとびぶりでも理解はできようというものだ。例えそれがどれほど理不尽で、非現実的なものであったとしても、である。

 もしそうならば、その“誰か”の目的はなんなのか?という疑問が生じる。そして自分はその目的とやらを達成すれば、元の日本に帰ることができるのかも言うことも。

 諦めてしまえば楽なのにと人は言うかもしれない。好きなゲームの世界で思う存分、推しに愛される夢のような時間を過ごせばいいのに、と。しかし朝香は、そのような発想に至ることなど到底無理なのだった。自分は小森朝香。酒好きでオタクでミスばっかりしてるしょうもないOL。でも家族がいて友達がいて、けして辛いばかりの人生ではない。平凡でも、たくさんの幸せを見つけてこられたという自負がある。


――闇の決闘王の続きを一生見られなくなるなんてマジでありえないし、璃子とオタク会出来なくなるのも有り得ないし、母さんの誕生日プレゼントまだ買ってないし、お父さんは私がいないと絶対お母さんに甘えたダメ人間になるだろうし、私がこのまま会いに行かなかったら実家のマロ吉は絶対悲しむし!


 マロ吉というのは、実家で買っているコーギーだ。一人暮らしをするようになって会いに行ける頻度は減ってしまったが、それでも正月に顔を見せるたび短い手足をバタバタさせて飛びついてきてくれるし、ものすごくお尻を降って歓迎してくれるのだ。

 夢と希望に溢れた異世界、ではないかもしれない。

 でも退屈だから、なんて言葉で捨てるにはあまりに――大切なものが、朝香には多すぎるのだ。それを全てひっくるめて小森朝香なのである。ゆえに、自分が死んでしまったことが確定するまでは、けして諦めるつもりなどないのだった。例え、誰かがこのゲームじみた世界に手を加えて、コーデリアになった朝香の邪魔をしようとしていたとしてもである。

 だからこそ。


「今日は、魔法を使った模擬戦闘を行う予定ですが……」


 冷気を使う初期魔法を朝香に教えたところで、フィリップは口籠った。


「お嬢様は、回復魔法をまだ会得されていないのですよね。……この試練をクリアするのは、かなり厳しいと思いますが、それでも挑戦なさいますか?」

「……大丈夫」


 そう。だからこそ自分は、生き延びるために全力を尽くすのだ。

 生きてこそ、知ることができる。考えることができる。そして、自分の意志で未来を選択することができるのだ。

 朝香は理解していた。ゲームのシナリオ通り、今からフィリップと行う魔法の模擬戦闘。彼が召喚するモンスターを倒すことで物語が先に進むのだが、本来この戦いは回復魔法ナシではかなり厳しいのである。ゲームでプレイした時は、ダメージを受けた端から回復することで持久戦に持ち込み、どうにか勝った記憶があった。ロイヤル・ウィザードというゲームの、序盤の難所としても知られているほどだ。

 だが、ここで試練を避けると新しい魔法が手に入らないし、何よりシナリオが進まない。勿論これはゲームではなく“ゲームを模した異世界”だと予想されるので、試練を回避しても日常が進むことは予想されるが――それで、これ以降の戦闘イベントがクリアできるとは到底思えないのも事実なのだった。

 何より、シナリオを外れてしまえばしまうほど、予測できないことが増えてくる。今は選択肢を増やすためにも、可能な限りシナリオに沿って動きたいのが朝香の本心だった。


「やるわ、私。ここで逃げたら、立派な魔法使いになんてなれないもの」


 ゆえに朝香はコーデリアとして、この戦いに挑むのである。

 生き残って、この世界の謎を解き、元の世界へ帰る方法を見つける。そしてもしできることならば、最後の最後でジュリアンが死んでしまう結末を回避したい。それを成し遂げられるのは、朝香本人ただ一人であるはずだ。


「……わかりました」


 そんな朝香の思惑など、当然フィリップは知る由もないが。彼は自分なりに納得したようで、自らの魔導書を開いたのだった。


「この講義室にある机や椅子、壁や床、天井には全て結界を貼ります。結界を解くと同時に破損したものは全て元通りになりますので、気にせず戦ってください」

「ええ」

「それでは、いきますよ。“幼き嵐、万象の翼、太陽と風の下に来やれ!召喚サモン・小幼竜リトルドラゴン”!」


 彼がスペルを唱えると同時に、講義室の真ん中に小さな嵐が吹き荒れた。並んでいた椅子が吹き飛び、壁の方へと飛んでいく。

 竜巻の中から姿を現したのは、リトルドラゴンだ。ドラゴン種の幼生。強力な魔力や技を持つドラゴンとしてはまだまだ未熟だが、それでも一部の下級魔法しか使えない朝香=コーデリアにとっては充分脅威となる相手だった。本来なら、回復魔法もなしに挑むのはかなり無謀な行為である。


――でも。こちらにアドバンテージがないわけじゃない。


 あくまで普通のオタクでOL。運動神経も平均的だし、当然何かと命懸けで戦った経験があるわけではない。恐怖がないなんて嘘でも言えなかった。それでも立っていられるのは半ば“何が何でも生き残って帰ってやるぞ”という意地と、“見慣れたゲームのモンスターで怖さが半減しているから”という理由でしかないのである。

 そう、もしこれが初見のモンスターなら。攻略本も見ておらず、ゲーム上で戦った経験もなかったら。本当に何もできずにぺしゃんこにされて終わっていたことだろう。


――弱点や行動パターンはがっつり頭に入ってる!……回復魔法頼りの攻撃ができないなら、知識を生かしてダメージを受けないようにしながら立ち回るしかない!


 そして、もう一つ。ゲームとは違う点を、どううまく利用できるか。それにかかっていると言っても過言ではないだろう。

 つまり。ターン制でお互いに交互に攻撃や防御を選んでいくゲームとは違い、実戦はリアルタイムで動き続ける必要があるということ。そして、頭と体を動かし続けなければいけない反面、選択の幅もゲームより大幅に増えていそうだということだ。


「グオオオオオオオオオ!」


 リトルドラゴンが咆哮する。やるだけやってみるしかない。朝香は素早く講義室の机を蹴り飛ばし、その後ろに隠れた。次の瞬間、小さな竜巻がバリケードにぶつかり、ビリビリと空気を震わせる。威力が小さいのでひっくり返した机で防げたが、生身で受けたら吹き飛ばされていたのは間違いないだろう。


「ほう……?」


 ドラゴンを召喚した本人であるフィリップが、驚いたように声を漏らした。そりゃそうだろうな、と朝香は思う。今のは完全に、“ドラゴンが吠えたら翼で竜巻を起こして飛ばしてくる”のが分かっていた人間の行動なのだから。


――どーやってリトルドラゴンの技を知っていたのかとか、そういうのを誤魔化すのは後で考える!


 これで一つ、いや二つはっきりした。

 リトルドラゴンの行動パターンは、自分が知っているものと同じと見て間違いない。首を逸して吼えたら竜巻が来る。しかも、初手で飛ばしてきた。ゲームと同じだ。ならば、この後の攻撃パターンも同じと見て良さそうだ。竜巻で遠距離攻撃、足を踏み鳴らした後で突進して頭突き、それから爪でひっかき攻撃――そして再び竜巻。そのループを延々と繰り返すはずである。

 もう一つ、わかったこと。それは、ゲームと違って、自分の機転次第で攻撃を防いだり回避することもできるということ。ゲームではターン制で、嫌でも向こうの攻撃が飛んでくる手番がある上、そうなったら低い回避率に頼らなければ避けられない。が、今の状況ならやり方次第で、向こうの攻撃を全てノーダメに防ぎつつ、反撃に転じることもできそうだ。


――回復魔法は貰えなかったけど、攻撃魔法は現在持ってるものでシナリオ通り。初級の風魔法、焔魔法、氷魔法の三種。それで倒せるようにシステム上はなってる。なら。


 あとはどれだけ少ない手番で、効率よく魔法を当てられるか。

 幸いここでも朝香のゲーム知識が生きてくる。つまり、リトルドラゴンの弱点をメタ情報で知っている、ということだ。


――弱点は、リトルドラゴンの翼!!


 リトルドラゴンはまだ幼生ゆえ、翼が育っていない。ゆえに飛ぶことはできないものの、その翼はまさにドラゴンの象徴であり、命の源であることに変わりはないのである。だが、真正面から相対していては背中を狙うのは難しい。向こうにも意思はあるのだし、当然回避してくるだろう。

 ならば。


「どーしたのちっちゃなドラゴンちゃん!かかってきなさいよぉ!このへっぽこちびちび太郎ちゃん!!」


 朝香は竜巻が収まると同時にひょっこりとバリケードから顔を出して、わざとらしくモンスターを煽った。我ながら小学生レベルの煽り文句しか思い浮かばなかったが、まあドラゴンが怒ったように足を踏み鳴らし始めたので良しとしよう。

 あの行動は、まさに突進が来る前兆だ。朝香がバリケードから真横に飛び出すと同時に、さっきまで盾にしていたその机にドラゴンが思い切り突っ込んできた。必殺の頭突き攻撃。ダメージ値的には、竜巻よりもえげつない数字を叩き出すはずである。

 が、それも当たらなければ意味はない。リトルドラゴンはそのまま怒ったように、バリケードに向けて引っかき攻撃を始める。背後に回った朝香に気づいていない――まさに大チャンスだ。


――リトルドラゴンの弱点属性は……今ついさっき教えてもらった、氷魔法!


 これで決める。クリティカルを出して、一撃で勝負を終わらせてくれよう。


「氷の礫よ、偽りの仮面を打ち砕け!“小吹雪リトルブリザード”!」


 いくつもの小さな氷の礫が、リトルドラゴンの弱点たる翼に向けて降り注いだ。


「ギャァァァァァァァァァァァァァァ!!」


 急所に弱点属性を受けて、リトルドラゴンが絶叫する。まさに、一撃必殺の威力。黒い霧のようになって消えていくドラゴンに、朝香はよっしゃぁ!とガッツポーズをする。


――よし、わかってきたぞ。この世界での戦い方が!


 安堵に胸をなでおろしながらも、朝香は思ったのだ。

 怖いことはたくさんある。でも、きっとなんとなかなるはずだ。

 勇気を持って立ち向かえば、きっと結果は裏切らない。自分が諦めない限り、必ず道は見えるのだと。

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