第3.5話 後日談とネットの反応


 私は先日公開した話を思い出して眠れずにいた。あのマッチングアプリの話、実は男女が逆なのである。N先輩は男の先輩で、J君は本当は女性である。

 さらには、投稿サイトには「J君は死んでいるかもしれない」と書いたが、実際に私がN先輩の家で見たのは生霊だった。つまり、Jさんは生きているのだ。

 だから、少しフェイクを多くしておかないともしもJさんがこれを見てしまったら……。


 正直、私は死んだ幽霊よりも生きている人間や生霊の方が怖いと思っている。あの日、N先輩の家に数人でお邪魔して東京観光の足を休めていた時に見たJさんの生首の表情は今でも脳裏に焼き付いている。

 私たち後輩2人を呪殺そうとでもするような強い視線に、何やら罵声でも浴びせているように動く口……その生首は部屋の中でN先輩がよく視線を置く場所に存在していた。

 テレビの画面、ノートPCの前、スマホスタンド。洗面所の鏡に風呂場の浴槽のふち。N先輩をうっとりと眺めたり、私たちを睨んだりするその様子はあまりにも恐ろしかった。


「うう、怖いけど寝よう」


 私はあの時の思い出をかき消すように目を閉じて眠りについた。



***



「その服、かわいいね」


 土曜日の午後、予備校で講義を受けていた私に声をかけてきたのは、隣町の高校に通っている花澤莉奈はなざわりなだった。

 花澤さんはどちらかというと派手な子で、あまり話したことはなかった


「ありがとう」

「神子森さんって志望校どこだっけ?」

「MARCHかなぁ」

「そっかぁ、私はその辺も厳しいかもなんだよね〜。あと、親がうるさくってさ。これ食べる?」

 花澤さんはスティック型のチョコを一本わたしに寄越してにっこりと微笑む。

「ありがとう。親御さん厳しいの?」

「うーん、うちの母親さ看護師なんだけど私にも看護学校か大学の看護科に行けっていうんだよねぇ。けど、私は普通の文学部とかキラキラした感じの大学生になりたいのにさぁ」

「そっかぁ、確かに看護学生って大変だって聞くもんね」

 甘いチョコスティックを食べながら彼女の話を聞く。予備校の子たちは麻奈美が死んだことを知らない子も多い。だから、変に気をつかわれないし、私もなんとなく話しやすいと感じた。

「大変なのはいいんだけどさ、母親の話聞いてて看護師になろうなんて思えないよ。マジで」

「そうなの? やっぱり命の現場だしね」

「違う違う、こっちがやばいらしいよ。まぁ年を重ねるにつれて慣れちゃって余裕だって言ってたけど」

 彼女は両手を前に小さく突き出して、手の甲を左右に揺らした。多分、幽霊だと言いたいんだろう。

「私、怖い話好きだからちょっと興味あるかも」

 純粋に、麻奈美が知らない話をあのサイトに投稿したいという気持ちと、それとは真反対で新しい友達を作らないと行けないという気持ちが混ざり合って複雑な気分だ。

 けれど、私の言葉に花澤さんはなんだか嬉しそうににっこりと笑った。

「マジ? じゃあこの講義終わったら夜ご飯一緒に食べようよ。うちの母親から聞いた話教えたげよっか」

「うん、同じビルにあるイタゼリアとかどう?」

「おっけい。じゃあ数学頑張りますかぁ」

 

***


 予備校の授業が終わって、21時を迎えるとビルの近くの道は送迎の親たちの車で軽い渋滞になる。私も、母が迎えにきてくれているはずなのでいつもの白い軽自動車を探した。

「おかえり」

 車内のガソリンとちょっとほこりっぽい香りの中でそう言われると、家に帰ったわけでもないのに安心した。

「ただいま」

 母は私が助手席に座ってシートベルトをしたのを確認してからゆっくりアクセルを踏んだ。送迎待ちの渋滞をゆっくりと抜けて、大通りに入ってから車はいつものスピードに戻る。

「塾、どうだった?」

「うん。少し勉強は遅れちゃってたけど大丈夫」

「夕ご飯は? コンビニで軽く食べた?」

「ううん、隣町の高校に通ってる花澤さんって女の子と一緒にイタゼリアでドリアとピザ食べた」

 母の横顔が嬉しそうに微笑む。

「そっか。夕食代、お小遣いとは別で渡そうか?」

「ううん、おこづかいからで足りなくなったら都度お願いしてもいい?」

「えぇ、じゃあそうしましょうね」


 夜の道路はあまり好きではない。

 横断歩道の端っこでしゃがんでいる一昔前の服を着た小学生、道路の真ん中で倒れているお年寄り。多分、私にしか見えていないそれらがあまりにも多いからだ。

 赤信号の横断歩道を何度も往復するなにかが見えて、私はスマホを取り出した。



【女子高生S・Mの怪談】

(お知らせ)新着コメント1件


 通知には投稿サイトから1件。

 麻奈美……じゃなくてシマエナガさんからのコメントかもしれない。昨夜投稿したマッチングアプリの話を読んでくれたんだろうか。

 私はドキドキしながら小説投稿サイトにログインをして赤く点滅する通知マークをタップした。案の定、新しくコメントきているのは昨日公開した「第3話 マッチングアプリの話」だった。


@shimaenaga_daisuki77

更新ありがとうございます!

とても怖かったです。J君の生首はN先輩がよく目線を置く場所……にあったとか?ひぇ〜、考える余地がある怪談ってどんどん怖くなっていきますね。


「どうしたの? 嬉しそうな顔して」

 信号待ちの母に声をかけられて私思わずスマホをぎゅっと抱きしめた。

「別に」

「あら、男の子?」

「ううん、でも嬉しいことがあったかも」

「そう、よかった」

 

 信号が青に変わり、母はゆっくりとアクセルを踏んだ。私たちの車の目の前には列をなす老人がいたが、母には見えていないようだった。私はぶつかりそうになった瞬間、ぎゅっと目をつぶったがなんの衝撃もなく車は前進する。

 何事もなく車は走り続け、気がつけばもう家の近くまでやってきている。


 やっぱり、夜の道路は嫌いだ。


 家の駐車場に着くと、やっとホッとできた。家の周りでそういうものを見たことはなく、今日も何もいない。車から降りて、重たいスクールバックを背負って玄関へと向かう。

 ただいまと言いながら玄関に上がると奥から父が「おかえり」と返してくれる。彼はもう晩酌を始めていて、キッチンには分のお魚の煮付けがラップされていた。


「咲子、先にお風呂入る? 夜ご飯は食べてきたのよね。」

「うん、お風呂先に入るね。もしスープとか残ってたら部屋で飲んでもいい?」

「いいけど、まだ勉強するの?」

「うーん、ちょっとスマホでも見ながらゆっくりしようかなって思ってさ」

 母はまた嬉しそうな笑顔を浮かべる。

「わかった。お味噌汁があるから温めておくね」

「ありがとうお母さん」


 私は風呂へ入る準備をしながら、今日花澤さんから聞いた怪談話をどんなふうに投稿しようかと考え始めるのだった。

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