第2.5話 後日談とネットの反応


 土曜日、久々に家族と朝食をとった。誰かが死んだとしても世界は通常通り動いていく。それは私にとっては残酷でとても冷たいものだった。


「咲子、お洋服届くって。お母さん、買い物に出ちゃうから受け取ってくれる?」

「うん、ありがとう」

「いいの、大学生になったらどうせ買わないといけないんだし。少し早くなっただけよ」

 母は、私が洋服が欲しいと言ったら何も聞かずに買ってくれた。多分、そんなに安くないものなのに。多分、母は私が麻奈美のあとを追いかけるとかそういう心配をしていたから、私が前向きになって嬉しかったんだと思う。

「ありがとう、お母さん」


***


 父と母が買い物にでてすぐ、段ボール1箱分の洋服が届いた。通販サイトで私が選んだもので最近の流行りというよりは、落ち着いた女子大学生風の雰囲気だ。ブラウス何種類かにスカート数枚。

 どうして私が洋服を欲しかったか。

 それは、つい先日「ある席の話」というページについたコメントのせいだった。


【女子高生S・Mの怪談】

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ピカピカと光る赤い文字をタップすると「あの席の話」のページが表示される。


@shimaenaga_daisuki77

めっちゃ怖いです!怖い話好きなので更新を楽しみにしています!


 SNSにコメントをもらえた時のような嬉しさと、自分が書いたものに対する賞賛の言葉に胸が躍った。他の投稿に比べると閲覧数もブックマーク数も私が出したものは全然だし、ランキングにだって入れているわけでもなかった。 

 なのに、この人は自分の投稿を読んで「怖い」と感じてくれているんだ。それがとても嬉しかった。


 きっと、SNSで顔を晒してたくさんのいいねをもらうことに命をかけている人たちが多いのはこういう承認欲求がどんどん大きくなるからなんだろうな。なんて考えていた時、私は気がついてしまったのだ。


「しまえなが……シマエナガ?」


 シマエナガというのは、白くて可愛らしい顔の小鳥だ。一時期、ネット上でバズってイラストや動画がよく流れていたし、ぬいぐるみなどのグッズ化もされている人気鳥だ。

 麻奈美はシマエナガが大好きでことあるごとにシマエナガのグッズを買っては私に自慢げに見せてくれていた。だからこそ、私はこのコメントを「麻奈美が書いた」んじゃないかと思っているのだ。

 私は幽霊が視える。けれど、ネット上の書き込みについてはそれが幽霊がやったものなのか、生きている人間なのかというのは判断がつかない。

 けれど、このshimaenaga_daisuki77という文字列はどうしても麻奈美を連想してしまうほど共通点がありすぎた。


「シマエナガ、麻奈美の誕生日は7月7日」


 もしも、幽霊がネットに干渉できるとしたら……きっと麻奈美は。


 ふわっと背中を触られたような気がして、私は振り返った。「麻奈美なの?」と問いかけてみてもそこには誰もない。自分の部屋のクローゼットの扉があるだけだった。

 麻奈美はどうして私の前に出てきてくれないんだろう。やっぱり、不慮の事故とかそういうのではなかったから、私が悲しんでいるのを知っていて顔を出しづらいんだろうか。


「いいのに、会いたいよ。麻奈美」


 でもいいのだ。これからは怖い話を見つけるために予備校だけじゃなくいろんな人ととにかく話してみて怪談話を集めるのだ。そのために、新しい洋服を買ったのだし。まずは予備校で話したことのない子にアクションをとってみよう。それから、アルバイトも少しずつ始めてみようか。そうだ、小中学校の同級生とも繋がれるようにSNSもやってみようか。


 その時、スマホのバイブが通知を知らせる。私は机の上に置いていたスマホを手に取ってみると通知バナーには小説投稿サイトの文字。

 不思議に思って開いてみると


【女子高生S・Mの怪談】

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 まるでタイミングでも測ったかのようにshimaenaga_daisuki77さんからのコメントだった。


@shimaenaga_daisuki77

 連続してすみません。感想を書き忘れてしまいました。

 今回、作者さんがみた女の幽霊はR君のような人が好きだったとかそういう執着する何かがあったのかもですね。

 私は幽霊を視ることはできないんですが、視えたらどんなに不思議だろうって作者さんが羨ましいです。


「やっぱり……」

 スマホをぎゅっと抱きしめて、ベッドに身を沈める。

 私の中でこのshimaenaga_daisuki77というアカウントが、ますます麻奈美が幽霊となって書き込んでいるように視えて嬉しかったのだ。

 さっそく、私はコメントに返信をする。


@s_m_kaidan

 コメントありがとうございます。

 幽霊が視えることはとても怖いですが、私の体験や見聞きしたことが皆さんの楽しみになったら嬉しいです。


 今夜はどの話を投稿しようか。シマエナガさんはどんなお話が好きなんだろうかと考えるだけで心が躍った。麻奈美と毎日電話をするときも、彼女がより怖がってくれるような怖い話を選んでいたし、彼女と一緒に心霊スポットに行くのだってすごくすごく楽しかった。

 その時の感覚にすごく似ている。麻奈美はまた私を助けてくれているのだ。絶望していた私にまた……生きる希望をくれたのだから。


「ただいま」

「ただいま〜、おーい咲子。お昼買ってきたぞ」


 今行くと返事をして階段を降りると、週末の買い出しを終えた両親がテーブルにパックのお寿司やら菓子パンやらを広げていた。多分、私好きなものを食べられるようにあえていろいろ買ってきてくれたんだと思う。


「美味しそう」

「咲子から選んでいいぞ」

「ありがとうお父さん。お母さんは?」

「お母さんは余ったのでいいわよ」


 母は冷蔵庫に買ってきた食材を入れながら答えた。父はカップ麺を食べる人のために電気ケトルに水を入れている。テーブルの上にはちょっとお高めのパックのお寿司、菓子パン、カップラーメン、それからお惣菜のオードブルが置かれている。

 両親の優しさに感謝しつつも、今日は動いていないからかあまりお腹は減っていなかった。

 だから私は菓子パンに手をのばす。チョコチップメロンパン。オードブルのお惣菜とも相性が良さそうだしサイズも小腹を満たすのにはぴったりだ。

「私はこれかな」

「じゃあお父さんはカップ麺かな」

 ちょっとお高めのお寿司を食べたいくせに母のために痩せ我慢をする父に母はクスッと笑いつつも「はいはい」と準備を始める。


 私は菓子パンを持って食卓に着くと、手に取ったチョコチップメロンパンを眺めた。どこのスーパーにも置いてあるこれは、そう。R君と一緒に働いていたスーパーでも取り扱っていた。

 投稿サイトにはドラッグストアとフェイクを入れていたが、実際の舞台は大きめのスーパーでR君と私は夏休みではなく、私が高校1年生の時の冬休みにだけバイトが被っただけの仲だ。

 R君は結構ふくよかなタイプでがっちりしているし脂肪もついている感じ。清潔感があって元気な人だからそれなりにモテていただろうし、本人も自信があるのかどんな人とでも仲良くなれるようなチャラい感じがある人だった。

 ただ、冬休みが終わる頃にはげっそりと痩せて別人のようになり、まるであの背中に憑いた女に生気を吸われてしまっているみたいで恐ろしかったことを覚えている。

 冬休みが終わった後、短期のバイトを終えてしまったがスーパーの店長と短期バイト組のグループチャットは残っていて、昨年、つまり私が高校2年生の冬も短期でアルバイトをしないかとお誘いがあった。

 私は受験が近いこともあってお断りしたが、その時にグループチャットでR君が

【俺、冬休みは前のバイト先のラーメン屋で就職することになって。すんません】

 と返信していて、私はあれほど嫌がっていたのにと不思議に思いこっそりショッピングモールに足を運んだ。

 その時は母も一緒にいて、フードコートでご飯を食べることになり働いている彼をチラッとみると……ラーメン店は結構行列になっていてR君は店頭で多くの客に

 ガリガリになりながらも働く彼の後ろに、あの女がおぶさっていた。R君が接客する客に恐ろしい表情を向けながら、1人また1人と憎悪をぶつけていく。


 それをみて私は、あの女の幽霊がどうしてR君に引っ付いているのかがなんとなくわかった。もしかしたら彼女は自分を死に追いやったショッピングモールの全てを恨んでいて、R君という媒体を介して呪いをかけようとしているんじゃないかって。

 だからこそR君を弱らせて支配し、彼をこのショッピングモールで働くように仕向けたんだろう。

 人当たりが良いR君に憑いていれば多くのショッピングモールにくる客に憎悪を向けられる。人を媒介して呪いを撒き散らす。

 だから、人当たりが良く友達が多い人にはそういうナニカが憑いていることが多いのだ。



「咲子、コーンスープとコンソメスープどっちがいい?」

 父の声に呼び戻されて私はパッとキッチンの方を見る。電気ケトルを持った父がカップラーメンにお湯を注いだついでに私と母の汁物も用意してくれようとしていた。

「私はコンソメスープがいい」

「お母さんはおすましかなぁ。あったかしら?」


 私はチョコチップメロンパンの封を開けてかぶりついた。甘くてジャリジャリした食感がどこか懐かしくて美味しかった。

 




 

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