第1.5話 後日談とネットの反応
自分でもこんなにすらすらと文章が書けるものかと驚いた。高校1年生の時に同じクラスだったAちゃんから聞いた怖い話を掲載用に少し変更しながら小説投稿サイトの第1話として投稿した。
一応、フィクションとしているがこれは実際に私、神子森咲子がこの耳に聞き視たお話である。
1話を公開した後、私はスマホをベッドに置いて立ち上がった。すると、ドアの前に気配がして、母が食事を運んできてくれたのだと気がついた。
「咲子?」
母の優しい声がドア越しにする。私はそっとドアを開く。
「お母さん、私明日から学校に行ってみようと思う」
「大丈夫なの? 無理しなくてもいいのよ」
「うん。きっと麻奈美もそうしてほしいって思ってるはずだから」
「無理はしないでね。まずは保健室からって先生もおっしゃってたし」
「そうする」
「お腹減ってるでしょう? お母さん、雑炊作ったから食べる?」
私はなんだか体が軽くなったような気がした。
毎晩のように彼女と電話していた習慣が、彼女の死をきっかけに無くなった。けれど、小説投稿サイトに投稿することで、この話を麻奈美が読んで喜んでくれるかもしれないと思うといつもの私に戻っていくような気がしたのだ。
母から受け取った雑炊を食べたあと、学校へ行く準備をすませてベットへと入った。
「麻奈美、落ち着いたらまた会おうね」
幽霊がどんな原理で、どんな理由でそこにいるのかは私にはわからない。明確に視えるものとぼやけて見えないもの、悪そうなものと無害そうなもの。
麻奈美は今どこにいるだろうか。成仏が本当にできるならもうどこにもいないだろうか。
いいや、彼女は死にたくなんかなかったはずだ。だからきっと、まだこの世のどこかにいるはずだ。だから、私がいつものように学校へ行って、麻奈美に話すように怪談話を投稿していれば……きっといつか。
***
私が学校に行くと、いつも以上にみんなが優しくしてくれた。麻奈美が見つかった教室は閉鎖されて、クラスは空き部屋を急遽教室にすることで対応したようだった。
そのおかげか、思ったよりも苦しくならずに登校することができた。
「神子森ちゃん、一緒にランチどう?」
と私に声をかけてくれたのは学級委員で3人以上の班を作る時には一緒になることが多かった
「うん、ありがとう」
「そうだ。神子森ちゃんがお休みだった分のノートコピー。はい、これみんなで集めて作ったんだ。ほら、私たち今年受験でしょ? もうすぐテストもあるし」
「ありがとう……」
5月、天気は雨だ。少しだけ開けた窓からは埃っぽい雨とアスファルトの匂いを含んだ風が入ってくる。
クリーム色のカーテンの奥に黒い影が視えた。ぼんやりとしているが、大きさ的に人のナニカだろう。もしかすると、普段は使われることのなかった空き教室に突如として30名近くの人間が出入りしているのだ。
元々ここにいたナニカは戸惑っているのかもしれない。
「どうしたの? 寒い?」
窓の方をみていた私を心配して莉子が言った。
「ううん、なんでもない。食べよう」
机を彼女たちの方に動かしてその優しさに心から感謝する。莉子と一緒にいたのは
2人が私に気を遣って話をしてくれているのを感じつつ、私はできるだけ気を遣わせないように会話を進めていく。母の作ったお弁当を食べるのは1ヶ月ぶり。麻奈美が死んで以来だ。
母は「冷凍食品ばかりでごめんね」なんていうけれど、私はこれが大好きだ。
友人たちとのランチを終えて、私は机の位置を戻した。こうして、辛い時に寄り添ってくれる友人がいて私はとても幸せだ。
「咲子ちゃん。予備校のノートも復活できそうになったら渡すね。他校の子たちも咲子ちゃんのこと心配してたよ」
美月はおっとりした口調で優しく言った。予備校のこと、すっかり忘れていたけどそっちもしっかりと通わないと。
「あ、ありがとう」
「これからは、毎日私たちと食べようね」
莉子と美月の優しさに心から感謝しながら私は予鈴に合わせて教科書を取りに外のロッカーへと向かった。
——予備校。
私は昨日、小説投稿サイトに投稿したAちゃんの怪談を思い出した。
Aちゃんこと
本当は遠方からの通学になる予定だったが、事件を受けて家族ともども学校の近くであるこの辺に引っ越してきたと彼女は話してくれた。
確か、青木みなと仲良くなったのは麻奈美がきっかけだった。麻奈美が「怖い話好きだ」と言ったことで話が広がって、私が霊媒体質だということを知った彼女はあの体験談を教えてくれたのだ。
あの話を聞いた後、青木みなはしばらく予備校を休んだ。私は、彼女の体にまとわりついていたナニカと彼女の話からしてとても心配していたが数週間後彼女は再び予備校に通うようになった。
「ありがとう。私、あの後すぐにお祓いに行ったんだよね」
そう報告してくれた彼女の二の腕はつるんとしていて、飼育小屋みたいな香りもしなくなっていた。私は、心底安心して勇気を出して彼女に視えたものを伝えてよかったな。と思ったことをよく覚えている。
けれど、高校2年生の夏。
青木みなは予備校を辞めた。他校だったし、連絡先を交換するほどの仲ではなかったから突然のことに驚いた。彼女は女子校に通っていることもあって予備校では男の子たちからすごい人気だったし、頭もよく将来は6大学に入ってアナウンサーになるんだと話していて、誰もが「この子は本当に夢を叶えるだろうな」と思えるような実力の子だった。
そんな彼女が、予備校を辞めた日に彼女と同じ女子校の子たちがコソコソ話しているのを聞いた。
「みなちゃんがまさかね」
「なんだっけ、アルツハイマー……? もうクラスメイトのこと覚えてないんだって」
「それって治るの?」
「ううん、治らないみたいだよ。みなちゃん、忘れっぽくなってさ『3歩歩いたら忘れちゃう、私ニワトリかも〜』なんて言ってたけど、まさか病気だなんてね」
「神様なんていないのかもね」
彼女からあの体験談を聞いていた私はゾッとした。ウサギのように目を真っ赤にされ耳を縫われて死んだC君。ニワトリのように腹の中に大量の卵を詰め込まれて発狂したD子。青木みなはお祓いをするのが遅かったから……病気になってしまったのだろうか。いや、もしかしたらB君も生きているとは限らないのだ。
***
無事、学校の授業が終わり私は母の車の後部座席に乗ってスマホを触っていた。学校の許可を得て、しばらくは親の送迎での登下校となっている。
【女子高生S・Mの怪談】
(お知らせ)3人がブックマークしました。
昨夜、投稿した第1話の閲覧回数は20回。そのうちブックマークをして更新を待ってくれているのは3人。コメントやいいねはまだなかった。
もちろん、レビューはなし。
こういうのはSNSと一緒で、まだ投稿の少ないアカウントは見てもらいにくいのかもしれない。もう少し続けてみれば見てくれる人も増えるのかもしれない。
けれど、よく考えてみれば20人が読んだということはクラスの過半数以上が読んだのと同じ。数字にされると少なく感じるが、実際の人数を想像すると結構多くの人が見ていると実感できる。
「咲子、学校どうだった?」
バックミラーの母は心配そうに私をチラリと見る。
「うん、友達が優しくしてくれた。予備校ももう少ししたら頑張ってみる」
安心したのか母がふっとため息をつく。いつもは曲がらない道で彼女はウィンカーを点灯させた。
「お母さん?」
「コーヒーショップ、行こうか。お母さん、今月の新作飲んでみたかったの」
「うん」
私が笑顔になると、母は嬉しそうに鼻歌を歌った。私はその後ろで、今夜麻奈美のためにどんな怪談を投稿しようかと必死で考えていた。
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