三日月ファストパスは一度通ったら戻れない

「お二人で旅行ですか~?海に行かれるなら三日月浜が景色が良くておすすめですよ~」


洋平と美佳がサービスエリアの土産物コーナーを見て回っていると、店員のおばちゃんが声をかけてきた。


3月上旬。週末を利用した一泊二日旅行の帰り道。

まだ時間があるのでどこか観光してから帰りたいね、と二人で話していたところだった。


「良いところを探してたところなんです。三日月浜はここから近いんですか?」


「はい、すぐそこですよ!こちらの地図をお持ちください。ちょっと道路から離れているので、ここの駐車場に車を停めると良いですよ。」


地図に印をつけて渡してくれる。


「ありがとうございます。行ってみます。」


礼を言い、早速向かうことにした。


「あ、そうだ。駐車場の近くの三日月ファストパスは通っちゃだめですよ!戻れなくなるから!絶対ですよ!」


戻れなくなる?何だか変わった注意のしかただな、と思いつつ「わかりましたー」と返事をして建物を出た。




高速を下りてやや入り組んだ道を通り、おばちゃんに教えてもらった駐車場に着いた。

他に停まっている車はない。入口にゲートがあり、監視カメラがいくつか設置されている。入口には係員が常駐している小屋があった。


浜辺の駐車場にしてはオーバーなくらいセキュリティがしっかりしている。


「何日も停めていくお客さんが多いもんでね。盗難対策ですわ。」


係員のおじいさんが教えてくれた。


キャンプで宿泊する人が多いのかな?美佳と話しながら駐車場を出る。


浜はまわりを岩場と林で囲まれているようで、岩場を回り込む歩道を通っていくらしい。結構長く歩くことになりそうだ。


空は曇っていて気温が低い。

ちょっと面倒になってきたな、と洋平が考えていると美佳が何かを見つけた。


「あれ、あそこにあるのトンネルじゃない?」


岩場に隠れるように作られたトンネルがあった。

入口まで近づいてみると、向こう側に砂浜が見える。

長い歩道を歩いていくよりも断然近そうだ。


「あ、でもここっておばちゃんが通っちゃいけないって言ってたところかも…」


美佳が指差す方を見ると、そこには「三日月ファストパス」と書かれた看板が立っていた。おばちゃんが「戻れなくなる」と言っていたトンネルだ。




ちょっと悩んだ末、洋平と美佳はトンネルを通ることにした。

中は明るく、特に危ない様子もなかったのでおばちゃんの冗談だったと判断したのだ。


最初は恐る恐る足を踏み入れた二人。特に何も起こる気配はない。

砂浜に近づくにつれ、3月にしては暖かい風が前方から吹いてきた。


そして何事もなく砂浜に到着した二人。


「何も…起こらなかったね?」


いつの間にか天気が良くなっており、砂浜に暖かい日差しが降り注いでいた。さっきまでの寒さが嘘のようにぽかぽかしている。


三日月浜はその名の通り三日月のような形をしており、松林が砂浜と海を囲むように広がっている。おばちゃんがおすすめしたとおり景色が良い。


他に人影はなく、二人でゆったり過ごすことができた。




再び三日月ファストパスを通って駐車場に戻ると、係員のおじさんが小屋の窓を開けて声をかけてきた。


「君たち、ファストパスを通っただろう?」


駐車場からトンネルは見えないはずだけど、なぜ分かったのだろう?


「はい、通りましたけど…」


おじさんは納得したようにうなずき、


「事故ったら大変だから、車を動かす前にスマホを確認しとけよー。」


と言って窓を締めてしまった。


どういう意味だ?と思いながら車に戻り、スマホを開く。




「え?な…え?」


会社や友人から大量のメッセージと着信が入っていた。


「いやー!なにこれ!」


美佳のスマホも同じ状況だったらしい。


遊んでいる間に何か大きな事件が起こったのかもしれない。

取り急ぎ会社の上司に電話をかけた。


「すみません、旅先で気づくのが着信に気づくのが遅れました。何かありましたでしょうか?」


「洋平くん?無事なの?うんまあ、無事ならよかったけどもね。1ヶ月も無断欠勤しておいてまだ旅先とは、どういうことかな?会社に来たくなくなっちゃったのかな?」


「…は?一ヶ月?え?」


「何か悩みがあるのなら相談に乗るし、休んでもよいのだけど、せめて連絡は欲しかったな。私のせい?私が良くない上司だったのかな…?」


話しているうちに上司が落ち込み始めたが洋平はそれどころではない。


隣では美佳が両親と電話で言い争っている。

一ヶ月も連絡なしでどこに行ってたんだ、と父親が怒っている声が聞こえた。


たった2日間の旅行なのに、まるで1ヶ月の間行方不明だったかのような状況になっている。

一体全体何が起こっているんだと首を傾げながらカーナビの日付に目を止め、洋平は驚愕した。


そこには「4月3日」と表示されていた。


今日の朝日付を確認した時は確かに3月10日だったはず。

いつのまにかほぼ一ヶ月が過ぎている。




二人が車の中で騒いでいるのを背中で聞きつつ、駐車場係員の一雄は三日月ファストパスの入口へと向かう。


「なんで注意書きがあるのに通っちゃうのかねぇ。」


三日月ファストパスの入口にはちゃんと注意事項を書いた立て看板が立ててあるのだ。


・このトンネル内には時空のゆがみが発生しており、通った者の時間が次の月の三日まで飛びます(たとえば1月20日に通ると、2月3日に飛びます)

・引き返しても時間は戻りません

・原理は不明なのでお答えできません。

・上記を確認した上でそれでも通る場合は自己責任でお願いします。




「あ」


一雄がトンネルの入口に到着すると、風で飛ばされたのか看板が林の方でひっくり返っていた。


「…これじゃ気づかないか…。」


一雄は立て看板を拾って元の場所に戻した。

さて、あの二人にどう説明したものか…。


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