悪魔王女のお返し断捨離作戦
「フハハ、次に我が降臨する時を震えながら待つがよい!」
「玲奈ちゃん大変。玲奈ちゃんのファンから届いた贈り物が多すぎて、もう事務所に入り切らないみたい。社長から何とかしてくれって電話があったわ」
「ククク、愚民どもが我の…じゃなかった。そ、そんなに来てるんですか?」
「わたしもびっくりよぉ。とりあえず事務所に向かいましょう」
タクシーで事務所に戻ると、受付から廊下まであらゆる場所が贈り物の詰まったダンボール箱で埋め尽くされていた。
「あらあら。しばらく来ないうちにとんでもない状態になってるわねぇ」
バレンタインに「食べた者がゾンビ化するチョコレート」を世界中に配布してしまって以来、地獄の悪魔王女アイドル玲奈の人気はうなぎ登りになって贈り物が一気に増えたらしい。玲奈と志代は連日テレビやラジオへの出演で忙しく、しばらく事務所に戻っていなかった。
「こ、これは早急に何とかしないといけませんね…。それにしても贈り物って何をくれるものなのかしら?」
玲奈が手近な段ボールを開いて中身を確認する。
「ヒッ」
一番上の包みを開くと、頭蓋骨の模型が転がり出てきた。粘り気のある赤い液体が塗りたくられている。
「え…こわ…。どういう意味…?」
他の包みも開けてみると、出てくるのは何か分からない生き物のホルマリン漬けが入った瓶やら、ゴスロリ風のドレスやらムチやら下着やら怪しげなものばかり。悪魔王女に喜んでもらおうというファンの気持ちが伺えるセレクションである。
「さすが玲奈ちゃんのファンは分かってるわねぇ。どう?持って帰れそう?」
志代が別の段ボール開けて中身をチェックしながら聞く。
「…絶対無理です…」
「そうよねぇ…」
悪魔王女キャラで売っているが、素の玲奈は可愛いもの好きの大人しめ女子である。家に持ち帰るどころかすぐに処分してしまいたいものばかりであった。
とはいえおいそれと捨てるわけにもいかない。有名アイドルの所属事務所から出たゴミは逐一チェックされている。自分たちが送ったプレゼントが捨てられているなんてファンに知られたりしたら一大スキャンダルを招いてしまう。
玲奈は即決した。
「送り主に送り返しましょう」
「それが良いわね。玲奈ちゃんからのお礼のお手紙でも添えておけば喜んでくれるかもしれないわ。名付けて『お返し断捨離作戦』ね!」
そうと決まれば、と志代がスタッフにテキパキと指示を出し始めた。
「玲奈ちゃんは手紙の文面を考えてちょうだい」
「わかりました!」
玲奈はノートを広げて文章を書き始める。
「この度は心のこもったプレゼントをありがとうございます…」
「どこの悪魔王女がそんなバカ丁寧な手紙を書くのよ!キャラ!キャラを忘れないで!」
「…そうでした」
改めて文面を考える玲奈。
「貢がれし贄より滴る血は河となり我が城の門へと届いた!その血は救いの雨となり忠義の仔羊に再び降り注ぐであろう!」
書いた自分でも意味がよく分からないが、それっぽい文章になった。志代も満足したようである。玲奈が書いた文はおどろおどろしい字で真っ赤な便箋にプリントされ、漆黒の封筒に入れられて品物と一緒に送られた。
翌朝。
「玲奈様から贈り物が届いたぞおおぉぉぉ!!」
朝起きてSNSを確認すると、信者(玲奈のファン)たちが大いに盛り上がっていた。
「めちゃくちゃ喜んでますね…。そんなに手紙が嬉しかったんでしょうか…?」
玲奈が不思議に思いながら事務所に顔を出すと、すっかりきれいになった部屋で志代とスタッフが頭を抱えていた。返送する際に手違いで順番がずれて、品物が送り主とは別の宛先に送られてしまったらしい。
「大変!でもなぜか皆さん怒るどころか喜んでますね…?」
「悪魔王女が選んでくれた自分宛てのプレゼントだと思ってるのよ。それっぽい品ばかりだったし。ほら、自慢大会が始まってる」
志代がスマホをスクロールすると、SNSの画面上を悪魔王女からの贈り物の写真が喜びのコメントとともに大量に流れていく。見覚えのある頭蓋骨の模型が愛おしそうに抱きしめられている写真がちらっと見えた気がした。
「じ、自分のファンの気持ちが理解できない…」
玲奈はガクリとうなだれた。
そして数日後。
仕事が早めに終わったので玲奈が志代と事務所に戻ると、今度入り口の外まで大量の段ボールで溢れていた。社長が入口の扉と段ボールに挟まれて死にそうになっている。
返送した品が玲奈からの贈り物だと勘違いされてしまったことで、「玲奈様に贈り物をすればお返しが返ってくる」という期待が広がってしまった。それにより、今まで以上に贈り物が届くようになってしまったのだ。
玲奈と志代はため息をつき、今度こそ持ち主に返送しようと段ボールの整理を始めた。
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