突然の猫ミーム

「今日もがんばったね…」


土曜日の午後。膝の上で丸くなっているルナの背中をそっと撫でて労う。


ルナとの出会いは一ヶ月ほど前。


大学の授業を終え、午後の公園。お気に入りのベンチでコーヒーを飲んでいた。公園の隣にはペットショップがあり、ベンチに座るとウィンドウ越しにかわいいネコちゃんやワンちゃんを眺めることができるのだ。


子猫たちがじゃれ合う姿に癒やされながら、ほう…とため息をつく。


ああ、猫が飼いたい。毎日癒やされたい。今住んでいるアパートがペット禁止じゃなければ今すぐにでも飼うのに…。大家さんに交渉してみようかな。いや子猫くらいなら飼ってもバレないのでは?


猫愛が暴走して立ち上がりかけたところで、ブルッとスマホが震えた。


メッセージでも来たのかと画面を見るが、特に通知は来ていない。…なんで震えたんだ?とよく見ると画面がおかしい。


アイコンが全部ネコの顔の形になっている。そして背景が三毛猫模様になっている。いつの間にかスマホが猫好き仕様になってしまっている。


固まって画面を凝視していると、画面の端からひょっこりと黒猫が顔を出した。画面上をウロウロしてアイコンをつついたり、たまにこちらを見てニャンニャン言ってる。かわいい。いやなんだこの突然の猫ミーム。


ネコが飼いた過ぎて幻が見えるようになったのかもしれない。一旦落ち着こうとスマホを置き、目を閉じる。



よし落ち着いた。


目を開ける。さっきまで画面上をうろついていた黒猫が目の前に座ってこちらを見ていた。


「えぇ」


しばらく見つめ合う黒猫と私。


…金色の目がくりくりしていてかわいい。


思わずしゃがんで手を出してみると、クンクンと匂いを嗅いでから頬でスリスリしてきた。まぎれもない猫の感触。か、かわいすぎる…。


ひとしきり夢中で撫で回したところで我に返ってベンチに座り直す。黒猫も満足げに私の足元に寝転んでゆったりしている。


スマホを見ると、さっきと変わらず猫好き仕様のままだった。この黒猫が私のスマホから出てきたのなら私の猫ってことで良いのかな?不思議現象の謎は一旦忘れよう。


黒猫をお持ち帰りして良いものかと葛藤していると、すぐ後ろから声をかけられた。


「そこのあなた、ちょっといいです…ぐへぇっ!」


急に声をかけられてビクッとすると同時に黒猫が姿を消し、後ろの人がみぞおちを殴られたかのようなうめき声を上げる。


慌てて振り向くと、そこには深く帽子を被りサングラスとマスクをした怪しい女性がお腹を押さえて片膝をついている。その近くには何事もなかったかのように黒猫が座っている。


「い、いきなり攻撃してくるとはやるわね…」


よろよろと立ち上がった女性が私に話しかける。


「いや、何もしてないですけど…」


んん?という顔をしてから私の目を覗き込む女性。


「なるほど、さっき目覚めたところなのね?ちょっと座って話しましょう」


「えー…」


知らない怪しい女性に近づくのを躊躇っていると、


「怪しい者じゃないから!」


と腕を引かれてベンチに座らされた。


「私はスカーレット・ライゼ。ヒーローのインストラクターをしているわ」


「ヒーロー??」


やっぱり怪しい。


「そう、あなたのようにヒーローとして目覚めた人をサポートするのが主な仕事ね」


「いえ、私目覚めてませんので。では。」


人違いね。帰ろうと立ち上がったら手を掴まれた。


「ちょっと待ちなさい!その黒猫が証拠よ。それはあなたの能力によって生み出された猫なのよ」


「この子が?」


「そう、その証拠にその猫は普通の人には見えていないわ」


そんなバカな。


そう思って地面に寝転ぶ黒猫を見ていると、確かに道行く人達は誰も見向きもしていなかった。あんなにかわいい黒猫が寝転んでいたら10人中10人が立ち止まって撫でまわしてもおかしくない。見えてないなら納得である。


するとそこに自転車が猛スピードで走ってきた。やはり姿が見えていないのか、止める間もなく自転車が黒猫にぶつかる。


あぶない!


だが黒猫はビクともせず、自転車の方が岩にでもぶつかったかのように放物線を描いて吹っ飛んでいった。


「そして強い」


「強い」


なるほど普通の猫じゃなさそう。


「この子を私が生み出して、操っているわけですか?」


「生み出したのは間違いなくあなただけど、操っているわけではないわね。あの黒猫は勝手に動いてる。あなたはまあ…飼い主みたいなものね」


「飼い主…」


「まあ猫って言うことを聞くものじゃないじゃない?」


「他の人には見えない猫の飼い主。…それってどの辺がヒーローなんですか?」


「ま、まあいろんなヒーローがいるのよ。私のレーダーに引っかかったのだからヒーローであるのは間違いないわ!」


スカーレットさんはヒーローを感知する能力を持っているらしい。


他にもヒーローやその役割について色々と教えてもらった。


「ではこれから同じヒーロー同士よろしくね。ヒーローになると悪の組織が襲ってくるようになるから気をつけて。猫ちゃんが守ってくれる…と思う。多分。…ダメだったら連絡して」


連絡先と一緒に不安になる言葉を残し、スカーレットさんは去っていった。


それが黒猫のルナとの出会い。


膝の上で寝ている姿も撫でた時のふわふわの毛並みも本物の猫そっくり。エサも食べるし布団に潜り込んでくるし、何度言ってもソファで爪を研いでボロボロにする。他の人からは姿が見えないので大家さんにも見咎められない。猫を飼いたかった私にとって最高のパートナーである。


でも私達はヒーロー。悪の組織が襲ってきた時にこんな愛くるしい猫ちゃんがどう戦えるというのか。そう心配していたのだけど…。


「昨日だけで10人も倒してるじゃない!新記録よ!」


スカーレットさんからメッセージが届く。


スカーレットさんの言う通りルナは強いみたい。何をどうやって倒しているのか分からないが、朝起きるとボロボロになった怪人やら構成員やらが玄関前に寝かされている。まるで猫が飼い主のためにネズミを捕まえて置いておくように。


私の仕事はスカーレットさんに連絡して彼らの回収をお願いするだけである。


おかげでヒーローとしての評価がどんどん上がっており、期待の若手として注目されているらしい。


いいのかしら、こんなので。


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