行列のできるリモコン
『接続エラー発生』
気がつくとユミは道端に座り込んでおり、手に持ったスマホにはエラーメッセージが表示されていた。
「イゴーロ」との接続が不安定になり、その影響で座り込んでしまったらしい。
『至急再接続してください』
繰り返しメッセージが表示されるが、やり方も分からない。
ふらつきながらどうにか立ち上がり、近くのベンチに腰掛けた。身体を自分で動かすのも随分ひさしぶりだ。イゴーロを装着して以来、これまで意識して身体を操作する必要がなかった。
イゴーロは数年前に各通信会社が共同して提供を始めたサービスである。スマホアプリでレシピを設定すると、首裏に埋め込んだ身体リモートコントロールデバイスが身体を勝手に動かしてそのレシピに沿った行動をこなしてくれる。「家事」のレシピを使えばプロのハウスキーパーのような動きで掃除ができるようになり、「運動」のレシピを使えばオリンピック選手と同じフォームで走ることができる。
面倒な作業や難しい動きを自動的にプロ並の品質で終わらせることができるということで爆発的に広まり、今や日常必要になるあらゆる行動がレシピ化され、自動化されている。
目の前を自分と同じ制服を着た男女が次々と通り過ぎ、校門に入っていく。どうやら高校への通学途中で倒れてしまったらしい。それにしても、とユミは不満げに生徒の列を見やった。
同じ学校の生徒が座り込んだのに、誰も心配したり声をかけたりしてくれないのは冷たすぎるんじゃないかしら?
先程から誰もユミの方を見向きもせず、全員が同じような、いや全く同じ美しい歩き方で1列になってキビキビと校門に向かって進んでいく。
生徒の列を睨んでいると、見知った顔がやってきた。同じ学年の生徒で、幼馴染でもあるタカシだ。
ベンチに座るユミの姿は目に入っているはずだが、無表情のまま歩いてくる。手を振って声をかけても何の反応もなく、そのまま通り過ぎていこうとした。
「ちょっとタカシ!無視すんな!」
ユミは思わず立ち上がり、タカシの頭をひっぱたいた。思いの外強い力で叩いてしまったからか、タカシがふらついて手に持っていたスマホを落とす。
と同時にタカシの体から力が抜け、膝から崩れ落ちた。
「え…ご、ごめん…大丈夫?」
そんなに強く叩いたかしら…とユミが謝る。
「え…おお…ユミか…あれ、どうなってるんだ?」
ぼんやりとしていたタカシの目の焦点がゆっくりとユミを捉え、無表情だった顔にとまどったような表情が浮かぶ。
「わたしのこと無視して通り過ぎようとするから叩いちゃった。見えてなかったの?大丈夫?」
「ああ、ちょっとボーッとしてたみたいだ。ユミこそこんなところでどうしたんだ?具合でも悪いのか?」
自分よりユミを心配する顔を見て、いつものタカシだと安心する。
「なんかイゴーロの調子が悪いみたいで、接続できないのよ。今身体の動かし方を思い出そうとしてたところ」
「はは、ほんとだ、俺も身体が動かないと思ったらスマホを落としたから接続が切れてたからか。じゃあ一緒に教室までついて行ってやるよ」
やっぱりタカシは優しい。通りかかってくれたのがタカシでよかった。
「俺のスマホは…あったあっ」
足元のスマホを拾った瞬間。タカシが言葉を切り、表情が消える。そしてそのままキビキビとした動きで立ち上がり、校門に向かう列に加わって歩き始めた。
「ちょ、ちょっとタカシ?!何の冗談?ちょっと待ってよ!」
幼馴染の急な変わり様に驚いたユミは慌てて立ち上がり、タカシを追いかける。
「ちょっと聞こえてる?!」
もう一度叩いてやろうかとタカシの背に走り寄った。
『再接続しました』
ユミが持っていたスマホのエラーメッセージが消えた。同時にユミの表情も消える。そして何事もなかったかのようにキビキビとして動きでタカシの後ろに並び、校門へと吸い込まれていった。
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