デジタルゾンビバレンタイン
『フハハハ、貴様ら全員生ける屍になるがよいわ!』
2月14日、バレンタインデーの18時を過ぎた頃。恋人たちが愛の言葉を交わすその裏側で、恐るべき呪いがばらまかれた。
ある悪魔が生み出したその呪いは各地に潜む悪魔崇拝者たちのもとへと届き、彼らを甘い香りで惑わせる。虜になってしまった崇拝者たちは理性を奪われ、本能のままに動く生ける屍へと変わってしまった。
そうして生まれた数万におよぶ呪われた崇拝者たちは、バレンタインの賑わいに導かれるように街へと歩き始める。
「えー、それが今のこの騒ぎの発端だと言うわけですか?」
そう言って俺は応接室のテレビをつける。そこには街を逃げ惑う人々と、彼らにフラフラと追いすがる集団が映っていた。リポーターの興奮した声が響く。
『ゾンビです!ゾンビが各地に現れて人々を襲っています!すぐに避難してください!絶対に外に出ないようにしてください!』
まるでホラー映画のような光景だ。数時間前に「ゾンビに追われている」という最初の通報があって以来、警察は前例のない事態の対応に追われている。ここ渋山署もつい先程までてんやわんやの大騒ぎであった。
俺はため息をついてテレビを消した。訪問者を一目見ようと代わる代わる部屋を覗いている署員たちを追い払い、ドアを閉める。
応接室のソファに座っているのは、人気アイドルの伊田珠 玲奈(いたたま れな)と、そのマネージャーである御未踏 志代(おみとう しよ)の二人である。
志代が玲奈を隠すようにして二人は渋山署を訪れた。たまたまその場にいた俺が事情を聞いたところ、この騒動は玲奈がばらまいた呪いが原因である、と話し始めたのだ。
「悪魔とか呪いとか、ちょっと非現実的でよく分からなかったのですが…」
「そうですわね、うっかりしておりました。現実的に説明しますとこういう事情なのです」
あらためて志代が説明してくれたところによると、このアポカリプスとでも呼べそうな状況は玲奈が作ったチョコレートが原因らしい。
理系アイドルであり、地獄の悪魔王女アイドルでもある玲奈はアイドル仲間とのパーティー用に"ゾンビになれるチョコレート"を開発した。実際は食べると顔面と腕が麻痺してあたかもゾンビになったかのような動きになるだけのチョコレートであり、T-ウィルスが入っているわけではない。
チョコレートの出来に満足した玲奈はチョコレートをスキャンし、SNSに投稿した。今どきのSNSではスキャンした飲食物を投稿すると、読者が専用プリンターでその飲食物をプリントして実物として食べることができるらしい。
そうして仲間内でそのチョコレートを食べ、ゾンビになって楽しもうと思ったのだが、なんと誤ってグループのルームではなく公開ルームに投稿してしまった。
日頃から崇拝している悪魔王女アイドルから届いたバレンタインチョコにファンは狂喜乱舞し、すぐにプリントしてガリリと食べてしまった。
その結果玲奈のフォロワー数十万人が(疑似)ゾンビと化すことになった。さらに悪いことに、この熱心な崇拝者たちは悪魔王女によって生み出されたゾンビとしての役割を果たそうと街に出て人々を襲い始めた。
襲うと言っても身体がほぼ麻痺しているのでウボァーと叫びながらヨタヨタと追いかけ回すぐらいしかできないのだが、逆にそれがゾンビ感を増し、人々が逃げ惑い、大混乱になっているというのが現在の状況である。
「なるほど…不幸な事故というべきなのかどうなのか…」
「我の大きすぎる力が地獄の門を開いてしまったわ…と申しております」
…反省…してるんだよね?
目の前の玲奈を見るが、いまいち表情が読めない。顔全体の皮膚が垂れ下がり、開けっ放しの口からとめどなく溢れてくるよだれをハンカチで拭きつつ、時折ウボァーとかアウーと声を発している。パーティーに向けて真っ先にチョコを食べていたので、彼女もまたゾンビ状態なのだ。これはファンには見せられない顔だな…。
こんな状態だが、なぜか志代には玲奈が言いたいことが分かるらしい。
「玲奈さんがファンの皆さんに家に帰るように呼びかけるのが一番良さそうですが、この状態だと難しそうですね…。このチョコの効果はどれくらい続くのでしょう?」
「光に世界を明け渡せども、闇は再び帰ってくる。その時に地獄の門は閉じるであろう!」
「志代さん?」
「…24時間だそうです」
誰か事情聴取変わってくれないかな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます